予想外の寄り道
とりあえず、途中で捕縛した盗賊たちを街に連れて行く人たちと、盗賊のアジトへ行く人たちと人を割くこととなったのだけど。
「ちょっと多いな」
「証言が必要なら、一人二人でいいだろう」
ここで、捕縛しちゃった盗賊たちの人数が多いことから、シンセイの従者たちは、選別しようと剣を抜き放つのだ。
「こいつは絶対に生かしておけ」
「こいつは、馬で引きずるからな」
アタシを短剣で脅した盗賊だけは、生きたままにしろ、と竜種シンセイと獣神の化身ラセンから命じられる。でも、生きたまま酷い目にあわされるから、その盗賊、見るからに死にそうな顔をしている。助かってないよね。
「ダメだよ。生きて、きちんと裁判にかけないと」
「どうせ、処刑ですよ。だったら、ここで殺しても、結果は同じです」
「運ぶのが大変なら、街から役人を呼んできて」
「お優しいことで」
面倒事に顔を突っ込むアタシに、シンセイの従者たちは忌々しい、みたいに睨んでくる。
「お前たち、マイナは、優しいから、そう言ってるんだ。大人しく従え」
「しかし」
「もう、獣人のくせに、面倒臭いな!!」
いらっとした。だって、獣人のくせに、妙に口ばっかり煩いのだ。アタシが知ってる獣人は、もっと白黒はっきりした、気持ちいい人たちだ。
アタシは言ってしまって、はたと気づく。たぶん、アタシは酷いことを言ってしまったのだ。
シンセイは竜種でありながらも、隠された。王族で、王位継承権だってある。だけど、シンセイの番は人族と神が定めている。だから、王族としては、臭い物に蓋をするように、シンセイを僻地へ幽閉したのだ。獣人の国の王族の番が人族だなんて、恥でしかないのだ。
そんな難しい立場のシンセイの従者とかになった人たちである。爪はじきだったり、何か曰くのある獣人たちなのだ。
「お前ら、マイナの命令には従え。俺はな、頭がバカだから、よく、失敗するんだ。マイナは人族だから、頭がいい。俺が失敗しても、全て、マイナが解決してくれる。今回のことだって、マイナがそうしろ、ということは、それが正しいんだ」
「サガン様はあんなに賢かったのに」
過去を思い出して、ガランはラセンの開き直りを嘆いた。獣人とか、人族とか、そこは、実は関係ないんだな。ラセンは、深く物事を考えないだけだ。アタシたちの父サガンは、とても出来た獣人だとガランは話してくれた。
「皆さんがアタシのお願いに従いたくなくても、我慢してください。これは、神の導きです」
「はっ!! 人の神の子孫だから、とでも言いたいのか」
「アタシとラセンは、特別です。こうやって旅をしていると、何かしら巻き込まれるのですよ。今回もそうです」
盗賊に襲われた、という単純な話ではないのだ。
疑うように見てくるシンセイの従者たち。こういう問題事に首を突っ込んだとしても、彼らはろくな目に遭わない過去ばかりなのだろう。
しかし、このまま放置してはいけないのだ。行きでは、アタシとラセンは素通りしたのだ。それが、王都に向かう途中で盗賊に襲われたのだ。
神獣に乗っていたから、というだけの理由で、見逃されたとは限らない。アタシと神獣の化身ラセンは、意味のある存在なのだ。巻き込まれるということは、意味がある。
まるで信じていないシンセイの従者たち。ど田舎にいたから、アタシとラセンのやらかしを知らないんだよね。
「どうせ、盗賊のアジトは占拠しちゃったから、人手は必要です。アタシの影に近くの街まで運ばれたいなら、運んであげるよ」
アタシはにっこりと笑って言ってやる。出来ないことはないんだ、それ。
ただ、五体満足で目的地に到着するとは限らない。アタシもラセンのことは悪く言えない。力が強い分、制御が難しいのだ。
得体の知れない黒魔法に、さすがにシンセイの従者たちは強く遠慮した。
盗賊のアジトに行ってみれば、静かなものである。黒魔法によって捕縛された盗賊たちは、地面に転がされるも、無駄に暴れていた。黒い得体の知れない何かに動きを封じられているだけだ。
そんな盗賊たちを横目に、アタシは被害者たちの元へと向かう。
「どこの盗賊も、同じことするんだなー」
アタシにとっては、見慣れた光景である。ほら、盗賊って、やること決まっているから。
略奪するか、酒を飲むか、あとは娯楽である。
下っ端の盗賊たちは、見張りさせられたり、面倒臭い下働きをさせられているのだが、上のほうに立つ盗賊たちは、酒を飲んで娯楽である。娯楽というと、まあ、色々とある。
盗賊に襲われた被害者たちは、牢のような所に閉じ込められているだけでなく、盗賊たちの娯楽に付き合わされていた。
娯楽に付き合わされる、というと、下働きから、憂さ晴らしに暴力を受けて、見目麗しい若い女とかは慰み者である。
アタシの黒魔法は、一応、被害者は襲わないでいた。だけど、被害者、目の前で人外なことをされたので、身を寄せ合って、震えていたのだ。
シンセイの従者たちは、護衛も混ざっている。身なりから、助けが来たと見えたのだろう。被害者たちは笑顔を見せて、寄って来た。
「やっと、助けに来てくれたんですね!!」
「助けを呼びに逃がした子どもは、どうしていますか?」
「妻も、行ったんです!!」
これはまた、答え辛い話だ。アタシたち、ただ、偶然、通りかかっただけだ。
「逃がしたのは、いつ頃ですか?」
「………」
表情をなくす面々。ずっと、こういう所に閉じ込められ、酷い目にあわされているのだ。時間の経過なんてわからない。
だいたい、盗賊に落ちるような奴らだ。まともに三食、この被害者たちに飲み食いさせるはずがない。場所だって薄暗いのだ。昼か夜かわからないから、途中で時間が狂っているだろう。
いつ、助けを呼ぶために、子どもや女をこっそりと逃がしたのか? 皆、一生懸命、考えるも、答えは出てこない。
「アタシたち、旅の途中で、たまたま、盗賊に遭遇してしまいました。今、近くの街に、使いを出していますから、もうすぐ、役人たちが来てくれますよ」
「そうですか」
「入れ違いになっているかもしれませんね。街に、まだ、到達していないかもしれません。領主に相談しましょう」
「………はい」
下手な慰めは言わない。アタシは今、最大限、言ってあげられることを言うだけだ。
牢に行けば、酷いものだ。傷だらけの男女に、慰み者でおかしくなった若い女たちがいた。盗賊なので、略奪物もそれなりにあるかな、なんて見てみたのだけど、金に変えてしまったのか、それらしきものが見当たらない。
「うーん、きな臭い」
「マイナ様」
「わかってる」
こういう事によく巻き込まれるから、アタシの鼻はよくきくのだ。悪い方向にだけど。これ以上、深追いさせたくないガランは、アタシを注意する。
わかっているのだ。こんなこと、大なり小なり、どこにでもある。人族の国でも、獣人の国でも、あるのだ。辺境の防衛をしていると、そういう輩と防衛のために戦うことだってある。
竜種シンセイは世間知らずだから、見たままを現状として受け止める。それをアタシにやろうとしていた盗賊たちに怒りを見せている。
シンセイの従者たちもまた、世間知らずだ。シンセイと一緒にど田舎に幽閉されたのだ。シンセイとそう歳の変わらない獣人もいれば、それなりの年長者もいるが、王都では鼻つまみにされていたので、シンセイと同じように、見たままを受け止めるのだ。
獣神の化身ラセンは、考えてもいない。見たまま、あるがままである。盗賊がいるのも、あるがまま、被害者が酷い目にあうのも、あるがままである。獣神の化身は、信仰の象徴だ。だから、こういう下界のことには、口を出さないように教育される。
だけど、辺境伯一族は、そうではない。紙に残された過去を全て読破し、頭に入れるのだ。領地の中にいながら、世界の動きを読む能力を磨かれる。そこに、アタシはラセンと一緒に外の世界を闊歩しているから、経験もあるのだ。
しばらく待っていれば、物々しい集団がやってくる。だけど、シンセイの従者たちはいない。
領主が保有する軍隊だろう。彼らは、何故か、アタシたちに剣を向ける。
「貴様たち、領主様がお呼びだ。大人しくついて来てもらおう」
一番、偉そうにふんぞり返っている獣人がアタシたちに命じる。
だけど、誰も動かない。
「ラセン、神獣、召喚して」
「わかった」
アタシがお願いすれば、獣神の化身ラセンは喜んで、持っている神獣を全て、目の前に召喚した。
アタシたちを制圧出来る以上の軍隊を連れてきたのだが、それ以上の戦力を目の前にして、偉そうな獣人は腰を抜かした。
「お前、誰に命じてるの? ここにいるのは、獣神の化身よ」
アタシはラセンの首から奴隷の首輪を外してやる。途端、ラセンは獣神の化身になった。
獣神の化身は、その姿だけで信仰の象徴になっているわけではない。獣人にとって、獣神の化身の存在自体が、とんでもない威圧となるのだ。
途端、目の前にいる獣人たちは、武器を捨て、ひれ伏した。
「で、どういうことか、説明してくれる?」
「っ!?」
「私のマイナが質問している。答えろ!!」
竜種シンセイが、竜人となって、一番偉そうだった獣人の首をつかみ、片手で持ち上げた。
竜種は王族である。目の前に、王族までいる事実に、一番偉そうだった獣人は、観念した。
あの通りを常に盗賊が襲っているということであれば、それなりに戦利品が残っているはずなのだ。
なのに、盗賊のアジトを目でも、黒魔法でも調べてみたけど、それらしいものは見当たらない。さっさと売ってしまったのかもしれない。だけど、盗賊には女だっている。身に着ける物とか、残したがるものだ。
だけど、盗賊の女たちは、装身具とか身に着けていなかった。食べるか飲むか、そういうものばかりがアジトに残っているだけなのだ。
こういう時、金に代える手段を持っているものだ。そうしないと、食べたり飲んだり、服とかを手に入れられない。盗賊単独で、営めるはずがないのだ。
だから、盗賊には、表向きは普通の人の協力者が存在するものだ。
アタシは、そこのところを危ぶんだ。助けを呼ばせるために、女子どもを逃がした、と残った被害者たちは話していた。きっと、そういうのは、ずっとやっているのだろう。だけど、ここに盗賊の被害があるなんて、アタシは知らない。知っていたら、まず、ここを通ることはないのだ。ほら、獣神の化身ラセンが同行しているから、国と神殿が、そんな危ない旅程を許可しない。一応、アタシとラセンの旅は、許可制である。
なのに、盗賊にアタシは襲われた。
国が把握していない盗賊の被害が出ている。一応、国は盗賊の被害を訴えられれば、すぐに軍を差し向けるのだ。それをされていない盗賊は、被害が新しいか、もしくは、訴える者が出ていないか、である。
そして、アタシたちがいつもの通り、役人を呼びに使いを出せば、使いは同行しておらず、領主の軍隊がやってきた。つまり、そういうことである。
アタシたちは、獣神の化身が保有する神獣に乗せてもらって、近くの街まで移動である。領主の軍隊はガクブルしながら、後ろを着いてくる。逃げられないように、アタシが黒魔法をかけたのだ。逃げたら、足が消える。実際、軽く見て逃げた兵士は、足をなくして、今、引きずられている。街に到着すれば、神獣を連れた獣神の化身ラセンがいるのだから、もう、獣人たちはひれ伏した。
アタシは、神獣から降りて、一番偉そうにしていた獣人に命じた。
「領主を呼んできて」
「そ、それは」
「マイナが呼んでこいと命じてるだろう!!」
「私のマイナの命令をきけないのか!!」
獣神の化身と王族である竜種二人がかりで、一番偉そうにしていた獣人につかみかかった。こういう時ばっかり、二人は仲良しだな。
だけど、そんなことしなくても、領主のほうからやってきた。
デブデブの領主だ。必死に走ってきて、全身が汗だくである。見るからに、醜い領主は、見てわかる権力者であるラセンとシンセイの前にひれ伏した。
「獣神の化身様に、竜種様、どうしった御用でこちらに」
あ、領主、何もわかっていない。
たぶん、街に役人を呼びに行ったシンセイの従者たちは、盗賊の被害だけ訴えて、そのまま、どこかに閉じ込められたのかもしれない。シンセイの従者がどこの誰の従者か、領主は確認すらしなかったのだろう。
ラセンとシンセイは、一番偉そうにしていた獣人を領主の横に投げ捨てる。それに恐怖して震える領主。
「私の従者たちはどうした?」
「?」
「襲ってきた盗賊を捕らえたから、人手を頼んだんだ」
「っ!?」
やってしまったことに、領主はやっと気づいた。表情が強張った。
顔をあげずに黙り込む領主。それも、しばらくして、気持ち悪い笑顔を顔に貼り付けて、顔をあげた。
「そのような話、こちらには届いていません。お前、王族の使者はどうした!?」
領主は横でボロボロになっている一番偉そうにしていた獣人の頭を殴った。
「そ、そんな、我々は言われた通りに」
「こいつが何かやったようです。おい、使者たちを探すんだ!!」
「動かないでください」
アタシがそれを止める。
見た目、ただの人族であるアタシに言われて、途端、領主は蔑むようにアタシを見た。
「貴様、立っているとは、無礼だぞ!!」
よりによって、アタシの腕をつかんで、無理矢理、膝をつかせようとする領主。
「貴様、俺の妹に汚い手を!!」
「私だって、触るのを我慢しているというのに!!」
途端、領主は、怒りに震える獣神の化身と竜種に胸倉をつかまれ、そのまま持ち上げられる。
「ラセン、シンセイ、離してください!!」
「まさか、マイナ、こいつのこと」
「私のマイナ、こんな男に優しさを」
何を勘違いしてるのやら、この二人。
「腕が疲れるでしょう。さっさと離して」
どう見たって、このデブ領主を持ち上げるのは、重労働でしかない。疲れることをするラセンのシンセイのために言ったことだ。
途端、ラセンとシンセイは笑顔である。
「こんな奴、片手で軽い軽い!!」
「マイナという番を見つけた私にとって、こんなもの、大したことありません!!」
「あ、うん、そうなんだね」
圧が強いな。普段はラセン一人だけど、今はシンセイと二人だ。これ、単純に二倍と思ってはいけない。十倍ぐらいに圧が強くなっているね。
獣人の求愛行動って、こう、行動力なんだよね。ともかく押して押して押しまくる。ラセンのは妹大好きなだけだけど、シンセイのは、完全な求愛行動である。
アタシはちょっと痛い腕をさすりながらも、ラセンとシンセイに酷い目にあわされている領主に目を向ける。もう、領主もアタシに妙なことしたりしないだろう。ただ、目はやっぱり、人族と蔑んでいるけど。
「動かない動かない。まずは、案内を立てましょう。ここで動いた獣人は、国家反逆罪で処刑です」
「たかが、人族の小娘の分際で!!」
「アタシは見た目は人族ですが、先代の獣神の化身サガンの娘です」
「っ!?」
最初は、見た目で街にいる獣人たちはアタシを蔑んでいたが、その血筋が、獣神の化身に連なっていると言われて、真っ青になって震えることとなった。アタシを悪く言った獣人は、もう、蒼白を通り越して、真っ白な顔となっている。ついでに、ラセンとシンセイが動いて、胸倉つかんで、アタシの前に出された獣人は、なんと、下半身を濡らしていた。やだ、汚っ!!
「案内は一人でいいです。すぐに、我々を案内してください。それ以外は、動いたら、こうなりますよ」
そして、アタシの黒魔法によって、両足を失った獣人が表に出されることとなった。両足を失い、道中、引きずられていたので、獣人の姿は酷いものだった。
口で脅すだけではない。光がある所には、影があるのだ。もう、この街はアタシに支配されている。ひれ伏した獣人たちは、逆らったら、足がなくなるのだ。
街の、それなりに年老いた役人が前に出てきた。何か一物を持っている感じの獣人だ。年老いた役人の案内で、アタシたちは、使いとして出したシンセイの従者たちの元に連れて行かれた。
その先は、アタシの予想通り、牢屋だった。アタシたちが来て、牢屋に閉じ込められた従者たちは、表情を明るくした。
「怪我とかありませんか?」
「ありません」
「どうして、ここに閉じ込められたのですか?」
「知らないですよ!! 普通に、盗賊の被害を訴えたら、問答無用で、ここに入れられました。一体、どうなってるんですか!?」
牢屋から出された従者たちは、年老いた役人を責めるように睨んだ。
「そんなふうに責めないであげてください。彼らは、上に命じられて、やらされているだけですよ。本当に悪いのは、命じた者たちです」
「しかし」
「もうそろそろ、天罰も下ります」
「?」
アタシの所業を知らない牢屋に閉じ込められていた従者たちは首を傾げました。
アタシたちが牢屋から外に出ると、あちこちで、とんでもない悲鳴があがりました。
「動くなと言ったのに」
アタシの忠告を守らない獣人たちは、黒魔法によって、足を失っていました。それを間近で見ていた獣人たちは悲鳴をあげ、ひれ伏しています。そうしないと、自らの足も消えると思ったのでしょうね。
牢屋に閉じ込められていた従者たちを連れて、領主の元に戻ってみれば、こちらも大変なことになっていました。
「動くなと言ったのに、動いたのですね」
「ひ、ひぃいいいいい!!」
領主は手だけで、どうには這って、アタシから離れようとします。そうするしかないでしょう。
領主はアタシの忠告を無視して動いたのです。領主の両足は影に飲まれてなくなっていました。
「素晴らしい」
とんでもない光景となっているというのに、竜種シンセイはうっとりと、それらを見ています。
「私のマイナに逆らう者たちは全て、天罰にあって当然だ」
天罰じゃないけどね。これ、黒魔法だから。
黒魔法は、賭ける物が大きければ大きいほど威力が大きいです。アタシは黒魔法で命を賭けます。この賭け、勝てれば、相手は五体満足なのですが、だいたい、負けるんですよね。
命は不平等です。辺境伯の血筋は人の神の血筋です。血筋のある程度保つように継代しているので、最強なんです。それは、命もです。
黒魔法で、アタシが命を賭けると、相手は絶対に負けます。負けた時は、それなりのものを失うのです。
この街では、アタシに逆らった者たちは、全て、足を失いました。
恐怖に震える領主をアタシは見下ろしました。
「全て、洗いざらい、話してください。嘘ついたら、次は、腕を失いますよ」
こうして、領主の悪行が、表沙汰となりました。
調子に乗って、二話更新です。このまま、きりのいい所まで書きたいのですが、続きを考えていません。頑張ろう。