書籍化記念番外編・遠出
本編終了後の二人です。
その日は朝からぽかぽかとよい天気で、空がとても青かった。お昼寝が捗りそうな気温だからか、読みたい本があるのにさっきから瞼が重い。ああでもそうだな、こんなにいい天気なら――。
「旅に出たい……」
「待ってくれ」
「え?」
私は返事が返ってきたことに驚いて、ぱちりと目を開けた。どうやらソファで本を読もうとしていたのに、半分眠っていたらしい。
「あ、あれ、エヴァン。クライヴさんに会いに行ってたんじゃ……」
「さっき帰ってきた。それよりも旅ってなんだ、どういうことだ。俺は今更お前をこの巣穴から出すつもりなんてないぞ、何だ、何が不満だ。欲しいものでもあるのか、それとも――」
「落ち着いてください!」
無表情でまくし立てるエヴァンの口を、両手でばちりと叩いてやる。思ったより強くなってしまったけれど、どうせ彼からすれば毛玉が当たったくらいにしか感じないのだからいいのだ。
「誰も出て行くなんて言ってないでしょう?」
「なら、旅ってなんだ」
「寝ぼけていただけです。だって私、エヴァンと旅する気まんまんだったんですからね」
「? ……どういうことだ?」
とりあず落ち着いたエヴァンを隣に座らせて、彼の手を取る。竜人であることの自負とそれに伴う実力と自信を持つエヴァンは、それなのに私のことになるといつだって大騒ぎだ。けれど最近ではその対処法も少しずつ分かってきた。
「エヴァンは私に卒業式の直前に『俺の故郷に来てみるか?』って言ったんですよ、覚えてますか?」
「ああ……」
「で、『標高が高くて少し辺鄙な所』とも言ったでしょう?」
「そうだな」
「だから私、暫くは二人旅になるんだって思ってたんですよ。エヴァンは何も教えてくれませんでしたけど、どういう旅路になるのかなって楽しみにしてたんですからね」
「それは何だ。つまり、移動したいということか? それなら新しい場所に巣穴を移動させることはできるが……」
「うーん、それはどうでしょう……。さっきのは本当に寝ぼけていただけなんです。エヴァンがこの巣穴が好きなのは知ってますし、私もここ気に入ってますし、そもそもヴァイオレッタと会う時ここにいた方が何かと都合いいですし……」
目的地に着いている以上、もう旅は必要ない。そもそもこの巣穴は快適で、これを手放してまで新しい巣穴を探しに行くのはちょっと違う。ヴァイオレッタたちもこの巣穴の近くにわざわざ自分たちの巣穴を移動させてくれたのに、ここから移動してしまってはその意味がなくなってしまう。
「では、どうすれば」
「いえあの、だからそう深刻そうに考えないでください。悪い癖ですよ」
「だが……」
「だが、じゃありません。……あ、じゃあ、お出かけしましょう!」
「お出かけ?」
「旅でも旅行でもないですけど、天気がいいですし海に行きたいです。天気がいい日は海に行くんだって、今読んでる本の主人公が言ってました」
「そういうものか……?」
「さあ? でもいいじゃないですか、天気がいいですし。……駄目です?」
「駄目ではないが……」
「じゃあ行きましょう、おやつも持っていきましょうね。あ、エヴァン、水筒に珈琲入れてください」
「わ、分かった」
そうと決まればと手早く準備を済ませ、私たちは海に出かけた。遠出だが、エヴァンの転移魔法でひとっ飛びなのでありがたみは薄い。薄いけど、海なんて滅多に来ないのでやっぱりはしゃいでしまう。
「海ですよ、エヴァン!」
連れて来てもらえた海は、とにかく青かった。白い砂浜と青い海がとても綺麗で、潮風と暖かな太陽が爽やかだ。
「まあそうだな、海だな……」
「……あまりにも反応が薄くないですか」
「逆に何故海でそこまで喜べるのかが分からん」
「珍しいんですよ。私の田舎は山の麓でしたし、学園も山の中だったじゃないですか。海なんて何かの授業で二、三回来たくらいですからね」
「……なら、海の中にでも入ってみるか?」
言われて、私は海を見た。綺麗な海で、確かに泳いでしまいたい気分にはなる。けれどいくら今日が暖かいとはいえ、今はまだ夏ではない。気軽に海に入れる気温でもなければ、水着だって持ってきてはいない。
「エヴァン、人間はこのくらいの気温では海には入らないんですよ」
「馬鹿にしているのか、さすがにそのくらいは知っている。そうじゃなくて……」
「え?」
エヴァンは荷物を置いて私の手を取ると、結界魔法に似た魔法を展開させ歩き出した。そこでやっと彼が何をしたかったのか理解した私は、それに黙ってついて行く。
「わ……」
少し歩くと、私たちは海の中に入っていた。勿論濡れてはいない。エヴァンが作った空気の塊が、結界のように私たちを守っているからだ。透明度の高い海の中は、上からではよく見えなかった色とりどりの魚や珊瑚、海藻などがたくさんあった。
「海が珍しいというなら、こういうのの方がもっと珍しいんじゃないのか?」
「ええ、すごく。すごく綺麗です。ありがとう、エヴァン」
振り返るとエヴァンは無言で笑い返してくれた。彼の笑顔には未だにどきりとする。私は頬が赤くなるのを悟られたくなくて、すぐに視線を前に戻した。
それからも暫く海中散歩を楽しんで、私たちは海から上がり砂浜でおやつを食べることにした。私のドーナツにはチョコがかかっていて、エヴァンのはプレーンだ。海の中での散歩は濡れていなくとも少し冷えていたらしく、温かい珈琲が美味しい。
「すごい色の蛇とかあんなに大きな亀とか初めて見ました。熱帯魚も種類がいっぱいあるんですね」
「よかったな」
「ええ、いきなりでしたけどちょっとした小旅行でしたね」
「シャノン」
「はい?」
「礼なら、キスでいいぞ?」
エヴァンは真顔でそう言った。私はぎゅうと口を閉じ、眉間に皺を寄せて小さく丸まってからはあと息を吐いた。結婚してからのエヴァンは、よくこういうことを言いだすが、私はこれも未だに慣れない。
「シャノン?」
「……そういうのは帰ってからです」
「帰るか」
「おやつ食べてから!」
「ふ、ははっ、早く食べてくれ」
既にドーナツを食べ終えているエヴァンは、笑いながら私を膝に抱えて楽しそうだ。私が照れているのが面白いらしい。いつかこの状態を逆転させてやるのだと誓いながら、私はせめてもの抵抗だとゆっくりドーナツを食べた。
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