7・それから
卒業をして巣穴に連れて来られて、初めはどうなることかと思っていたものの、人生というものは意外とどうにかなるものらしかった。
「シャノン、もうそのへんにしておけ」
「え、あ、あ! 帰ってきてたんですか? 待ってください、あとちょっと! あとちょっとだけ!」
「駄目だ」
「本当にあとちょっとだけですから!」
「駄目だ。そう言って前もそのあと延々とやり続けただろうが」
エヴァンは無慈悲にも、私の目の前から道具一式を取り上げた。ああ、ひどい。今夜中に緋色の魔鉱石に月明かりを浴びせたかったのに。
最近、私は魔法薬作りをしている。エヴァンに頼めば、実家でも学園でも手に入らなかったような希少性の高い魔法植物や魔鉱石が扱えるので楽しくて仕方ない。私の祖母も生前珍しい魔法植物が手に入ると、一日中作業台の前から離れなかったことがあった。私はきっと彼女の血を色濃く受け継いだのだろう。
しかし、これらの魔法薬は別に誰かに頼まれて作っているわけではない。そして、特に収入になるからと作っているわけでもない。では、何故かと問われると、とてつもなく暇だったからだ。初めこそエヴァンのご両親に挨拶に行ったり、私の母に結婚の報告をしたり、ヴァイオレッタとクライヴさんの仲裁をしたりと忙しくしていたが、それも一ヶ月もすれば落ち着いてしまった。
「あーあ……」
「大体、こんなにたくさん魔法薬を作ってどうするつもりだ」
「……特に使わないので、理事長先生にあげましょう」
「お前な……」
「だって、作りたいだけなんですもの。使用用途はあんまり考えていません」
「はあ……」
「……エヴァンが忙しいのが悪いんだと思うんですよ」
そうだ、私は悪くない。エヴァンが忙しくしているのが悪いのだ。
竜人というものは、竜王から課せられた仕事がそれなりに多くあるらしかった。この世界の維持が基本的な彼らの仕事で、魔力が枯渇してる場所はないか、異常な力を持った何かが世界を壊しにかかっていないかなどを見回らないといけないらしい。
信じられないことに、この世界は何度か壊れかけたことがあるらしく、その度にやり直しをしてきたそうだ。古代遺跡からたまに出土して騒ぎになるような、明らかに年代に見合わない魔道具や美術品などは、その時の壊れてなくなってしまった文明のものだという。世界が壊れかけるその度に人も動物も植物も何もかもが消えかけ、竜人たちは何度も魔力を与え世界を直していった。
世界が壊れかける理由は様々だが、そのほとんどに人間がかかわっていた。そうであるので竜人たちは現在、人間の監視も行っている。それを手助けするのが、世界聖竜王教会だ。ちなみに、理事長先生も教会の教徒だ。
表向きは創造主たる竜王陛下への感謝と平和に日々を生きる素晴らしさを説き、世界各国で福祉や教育などを行っている世界聖竜王教会だが、その裏では竜人たちに各地の情報をもたらしているのだ。彼らはその見返りに、竜人たちから魔力をもらっている。魔力は専用の魔道具に貯めることができ、それがあれば魔力の少ない人でも魔道具を作ったり使ったりすることができるので、国によっては多額の金銭と交換できるところもある。つまり、世界聖竜王教会は宗教団体の仮面を被った、スパイ集団であるというのだ。私は熱心な信徒ではないけれど、その説明を受けた時はなんとなくショックを受けた。
それでも基本はやはり宗教団体なので、崇拝している竜王の子孫である竜人たちには従順だ。一週間に一度届く大量の貢物には驚いたけれど、竜人たちにはあれが普通のことらしい。
「ヴァイオレッタはクライヴさんに付いていってるから日中いないですし、エヴァンももちろんいないですし。暇なんです」
ヴァイオレッタとクライヴさんは初めの頃に喧嘩ばかりしていた癖に、今では一緒に見回りに行っているのだから不思議だ。ヴァイオレッタは元々歴史に興味があったので、見回りついでに遺跡巡りもしているらしい。
でも、私は連れて行ってはもらえない。……攻撃魔法が下手だからだ。いや、ヴァイオレッタが上手だというだけで、私だって壊滅的に下手というわけではない。けれど当たり前みたいにエヴァンもクライヴさんも苦手魔法なんてないのだから、私の不得手さが際立つ。防御魔法ならきっとヴァイオレッタより私の方が上手だけれど、見回りに行かなければいけないような地域では攻撃魔法が必要なのだ。
「だが、シャノン。お前、引きこもり生活を楽しんでるんだろう」
「……否定はしません!」
学者みたいにこつこつと魔法薬の研究をするのは楽しい。だから一緒に行けないのは別にいいのだ。でも、それで文句を言われたくはない。これを取り上げられてしまうと、私は本当にやることがなくなってしまう。
「俺も好き好んで危険な地域に連れて行きたくはないから、それはいい。だが、適宜休憩をしろ。人間の体は休みなく動けるようにはできていないし、お前は体力がない」
「で、でも、座り仕事ですし……」
「だからなんだ。座っているなら半日以上休憩なしでいいと?」
「お昼休憩はしてますし、さすがにそんなに座りっぱなしじゃないです。大体、エヴァンだって半日も巣穴を空けないでしょう?」
「では、今日は何を食べた?」
「スコーンです」
「へえ、もうなかったはずだがな。作ったのか?」
「んー……」
間違えた。
「……クッキーは、食べました」
「知っているか、シャノン? クッキーは菓子だ」
「知ってます……」
「ついでに言うなら、スコーンも昼食にするなら微妙だからな」
「ごめんなさい……」
大人が子どもに言い聞かせるように諭されると、何とも言えない気分になる。全面的に私が悪いのだけれど。
「……使用人を雇うべきか、いや、母さんに言ってそういう魔道具を作ってもらうか」
「そういう魔道具ってなんですか!?」
現在この巣穴にある魔道具は、全てエヴァンの母君の自作である。ふわふわしたような可愛らしい見た目と声に反して、魔道具にかける情熱がすごいのだ。ああいう人を天才というのだと思う。
全自動調理器とか全自動洗濯乾燥機とか全自動掃除機とか、こんなに便利な魔道具があっていいのかと疑いたくなる程度には便利な魔道具ばかり。この巣穴は標高の高い草も生えないような場所にあるが、水やお湯だって魔道具のおかげで使いたい放題だ。ほかにもたくさんの魔道具があって、機能的なものからよく分からない面白いものまで選り取り見取りだった。世界中の本が集まることで有名な図書館の本を直接取り寄せできる魔道具は、私のお気に入りである。
ちなみに、エヴァンの父君は石像のように動かない人だった。義母いわく、緊張で動けなくなるとのこと。ご挨拶に伺った際は、最後の最後でやっと一言『息子を頼む』とだけ言って義母に笑われていた。……竜人にもいろいろとあるらしい。
「シャノンの監視用魔道具だ」
「あ、そういう……。……でも、人は雇わなくて大丈夫ですよ。巣穴に他人が入るの嫌なんでしょう?」
竜人は、十歳になると自分の家、つまり巣穴を持つのだそうだ。そしてその巣穴には、自分と花嫁以外をあまり入れない。親でさえも立ち入らないし、巣穴を持った子どもも親の巣穴にはほとんど寄り付かないらしい。竜人同士や花嫁たちが会ったりするにもどちらかの巣穴ではなく、わざわざ別の場所で会うくらいなのだから相当だろう。
昔は貴族のように人を雇うことをする竜人もいたらしいが、それはその時の花嫁が貴族の娘だったらしく使用人がほしいと懇願したからだそうだ。今は魔道具が発達しているし、使用人が必要になることもないのでそうしている竜人はいない。それに私だって、生活スペースに他人がいるのはきっと慣れないと思う。
エヴァンは私の言葉に頷かず、少し唸った。
「だが、人を雇うのが一番確実な気もする。シャノンの健康には代えられない」
「今後はちゃんと気を付けますから」
「……」
「本当に気を付けます! 私のせいで、エヴァンに嫌な思いはしてほしくないんです……」
「それは信用をしていいのか?」
「してください!」
エヴァンにじっと見つめられるのにも、最近やっと少し慣れてきた。視線を外さずに、見つめ返す。暫くの無言ののち、エヴァンはまたため息を吐いた。
「はあ、約束は破るなよ」
「はい、任せてください」
「監視用の魔道具は作ってもらうからな」
「それは、ええ、甘んじて受け入れます」
ぐりぐりと額を擦りつけられて少し痛いけれど、やっとエヴァンが笑ってくれたのでよしとしよう。
「遅くなりましたけど、おかえりなさい。ご飯にしましょう」
「ん、ただいま」
ぎゅうと抱きしめられると恥ずかしいよりも嬉しいのが勝るようになったのは、いつからだろう。エヴァンの胸に頬を預けると、とても幸せな気持ちになれた。でも……。
「……エヴァン」
「もう少し」
なかなか放してくれないのは困る。匂いを嗅ぐのも止めてほしい。さっき怒らせたばかりなので強く言えないが、帰ってくる度にこれなのでそろそろどうにかならないだろうか。
「クッキーも焼いたんですよ、シナモンとナッツのやつ」
「ん」
「エーヴァーンー」
「……」
「もう……」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、今度は私がため息を吐く。まったくもって困った夫だ。嫌でないのが、さらに困る。
「明日だって西の方を見に行くんでしょう? 早く休まないと……」
「あっちはもういい。今日で片付いた」
「そうなんですか、じゃあ、暫くはゆっくりできるんです?」
「ああ、やっと籠れる。というのに、お前ときたら……」
「まあまあ、とにかくご飯にしましょうよ、ね?」
「そうだな、とりあえず夕食を食べてからだ」
「? あ、ちょっと、重い! 重いです!」
「俺も我慢してるんだから、お前も我慢しろ」
「何を!?」
エヴァンは私に体重をかけて、何故かまたため息を吐いた。本当に、じゃれ合いの好きな夫を持つと苦労をする。……まあ、楽しいからいいか。
伝説の存在みたいな人との結婚だったから、結婚当初はかなり身構えてしまっていたけれど、結局、エヴァンはエヴァンだった。優しくてたまに意地悪で、でも対等でいてくれる。竜人という人とは別格の存在であるのに、私をきちんと尊重して大切にしてくれている。竜人だの花嫁だの世界だのと、難しいことを考えてしまうこともある。けれど、私がエヴァンを好きだという気持ちは強制されたものではないのだから、私も彼を大切にしていこうと思う。きっと本当はそれだけでいい。これが普通の結婚ではないのは承知しているが、幸せだからいいのだ。
ちなみにこのあと、竜人にとっての籠るという言葉の意味を正確に理解していなかった私が大変な目に遭うのだが、それもいつかは笑い話になるのだと思う。
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