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3・卒業式三日前と二日前

 部屋を掃除して本を読んで卒業式の手順を確認までしても、どうしても時間が余る。今まで授業を受けていた時間がいかに長かったのかを思い知るけれど、だからといってどうすることもできない。


 ヴァイオレッタは、もう昨日泣いたことなんて覚えていないかのように振る舞っていた。彼女は元来快活な人だ。無理をしているのかもしれないけれど、から元気が必要な時もあるだろうと特に触れないでおいた。……この判断が正しいのか分からない。彼女に寄り添って慰めるべきなのかもしれないとも考えたけれど、それを彼女が望んでいるようには思えなかったから。



「……」



 そっと、ガラス玉の入った小袋を取り出して、そのまま無言で内ポケットに戻す。駄目だ。小さな部屋で一人ぼんやりしていると、暇なのと卒業への喪失感でどうにかなってしまう。


 よいしょ、と立ち上がって転移魔法を使った。


―――


 ふ、と森に降り立つと昨日とは違って明かりが点いている。



「エヴァン、貴方今日、卒業式のパフォーマンスの練習なんじゃ……」

「サボった」

「ええ……」



 練習でいない筈のエヴァンが、木のベンチでごろりと寝転がっていた。彼がサボったということは、相方であるサラは今一人で練習をしているということだろうか。



「大体そう何度も練習が必要なものじゃない。俺が炎を巻き上げて、奴がその周りに光を纏わせるだけの子ども騙しだ」

「……彼女、それが難しいって言ってましたよ?」



 サラは今日も早くからエヴァンとの練習を自慢しつつ、「あれ本当に難しいの。でも、アタシ以外に出来る人なんていないだろうから、頑張るから応援してね!」と声高に囀っていた。女子寮内だったが、私は部屋にいたのによく聞こえた。つまり、とても煩かった。



「それはそうだろう。あの女は魔法を操るのが全般的に下手だ」

「そこまででは」

「あるだろう。あの程度を難しいと言って憚らないのだから、笑いを堪える方が大変なくらいだ」



 エヴァンにそう言われてしまえば、もう誰も何も言えないだろう。エヴァンは規格外なのだ。……ただ彼の言う通り、サラは繊細な魔法を使うのは苦手だ。生徒の中でも魔力は多い方なのは確かなのだけれど、その制御が大雑把でよく備品を壊していた。彼女はそれを「皆みたいに魔力が少なくないから大変なの……。皆は魔力が少なくて羨ましいなっ」と言って、訓練もろくにしていなかったけれど。



「この学園にもまともな奴はいるのに、大体はあの女を恐れている。人間は面倒なことばかり考えるどうしようもない生き物だ」

「えっと、ごめんなさい……」

「シャノンのことじゃない。お前は恐れているというよりは、面倒から逃げているだけだろう」

「……まあ」

「面倒ごとを回避するのは、悪いことじゃない」



 ちょっとした謎理論だけれど、どうやら私は許されたらしい。学生時代最後に喧嘩なんてしたくなかったから、よかった。



「シャノン、膝」

「膝って」

「ベンチが硬い。膝」



 横柄にそう言い放つエヴァンに少し呆れつつ、寝転んでいる彼に近づく。さっきの謎理論のように彼は私を結構優遇してくれているけれど、私だってそうなのだ。



「はい、じゃあちょっとどいてください」

「ん」

「どうぞ」

「ん」



 木のベンチの端に座ると、エヴァンは私の膝に頭を置いた。そのまま彼は目を瞑り昼寝を始めるので、私はいつも本を読んだり編み物をしたり簡単な魔法の練習をしながらぼうっとする。さっきとは違って一人ではないから、どことなく不安な気持ちもなく落ち着くことができた。


 ……ちょっと言い訳をさせてほしい。いや、誰に言うでもないのだけれど。これは、ちょっとした冗談から始まったことなのだ。木のベンチで寝転ぶエヴァンに、私が「首とか痛くないんですか、膝を貸しましょうか?」なんて言ってしまったのだけれど、普通本気じゃないって分かるでしょう? 普通、「じゃあ貸せ」なんて言われると思わないでしょう?


 言った手前「やっぱり嫌です」なんてできなくて、そのまま膝枕をしたのだけれどエヴァンはどうやらこれが気に入ってしまったらしい。昼寝をする時はほとんど必ず「貸せ」と言われるようになって、気づけばもう慣れていた。



「……ううん」



 けれど、そう。たまに考えることがある。これは、もしかしなくても変なことなんじゃないかって。私とエヴァンはいわゆる“お付き合い”なんてものはしていない。我々は友だちなのだ。友だち同士で、膝の貸し借りってするんだろうか。いやでも、女子同士ならするんだよね……。


 ただ私たちはやっぱり異性だし、この学園を卒業と同時に世間でも成人って認められるし、こういうのはそろそろ止めた方が……。でも昨日、ハグされた時に「慣れろ」って言われたし、もしかするとエヴァンの故郷ではこういうスキンシップは普通なのかもしれない。


 ……じゃあ、まあいいか!


 考えることが面倒になった私は、自分に都合のいい解釈をしてポケットに入れていた小さな文庫本を取り出した。エヴァンは一度寝ると暫く起きないから、暇つぶしは大事なのだ。


―――卒業式二日前


「聞いてよ、皆! エヴァンったら酷いのよ!」



 私はその叫び声でたたき起こされた。時計の針はまだ朝の五時を指している。授業があった日でさえ、こんな時間に起きることは滅多になかったのに。



「なに……?」



 寝ぼけながら、少しだけ聞き耳を立てる。そんなことをしなくても扉の向こうから飛び込んでくる音は、よく聞こえる大きさだったけれど。



「昨日、アタシは一生懸命一人で練習してたのよ!? なのにエヴァンは顔も出してくれなかったの! 酷いでしょう!?」



 ……。そういえば、そうだった。昨日、エヴァンは卒業式のパフォーマンス練習をサボっていたのだった。しかも私はそれを知っていて、練習に行くよう促しもしなかったのだ。


 あのサラが、自分との予定をすっぽかされるなんて屈辱に耐えられる訳がないのだ。すっかり忘れていた、と思いながら私はそっと部屋に結界を張った。音を遮断するだけのとても簡単な魔法だ。そして何も聞かなかったことにしてベッドに潜り込んだ。


 それにしても、サラは元気だな。きっと女子寮内の談話スペースで叫んでいるんだろうけど、五時からあれだけの元気があるのはいいことかもしれない。迷惑ではあるけれど。そんなことを呑気に考えながら、私は二度寝を楽しんだ。


―――


 コンコンコン、と扉を叩く音でじわりと頭が覚醒する。防音の結界は寝ている間に解けてしまったようだ。まあそんなにしっかり魔法をかけた訳じゃないから仕方がない。さっきと同じように時計を見ると、もう針は十二時を指していた。全然さっきではなかったことを自覚して、それでも寝すぎた時特有ののたのたした動きで扉に向かう。



「どちら様ですか……?」

「わたしよ、ヴァイオレッタ。何、シャノン、貴女寝ていたの?」

「おはようございます、ヴァイオレッタ……」

「こんにちは、よ! あの騒ぎでよく寝られていたわね……」



 自室の扉を開けるとげんなりした顔のヴァイオレッタが立っていた。友人相手だからってパジャマで出るのはまずかっただろうか。でも、まだ眠くて頭が回らない……。



「お昼一緒に食べない? 寮から脱出したくって……」

「……まさか、彼女まだ談話スペースに?」

「そのまさか、なの」



 とりあえずヴァイオレッタを自室に招き、着替えることにした。



「もう散々。朝の早くからきゃんきゃん叫んで、何の騒ぎだって起きだした子たちは皆サラと親衛隊に捕まってるの。今はやっと叫び声が聞こえなくなったけど、関わりたくない子たちはさっさと転移魔法で出てるわ。あんまりゆっくりしてたら私たちも捕まるわよ」

「急ぎますから、待って!」

「はいはい」



 制服に着替えて、顔を洗って、リップだけをつけた。授業はないが学内では基本的に制服で過ごすことになっている。髪とかは適当だが、もうこれでいい。あの団体に捕まるよりは十分マシだ。



「お待たせしました! さ、行きま――」

「ねえ! いるんでしょう!? ちょっと出て来なさいよ!」



 準備ができた! という時に、扉がバンバンと叩かれた。この声はサラではないけれど、彼女のとりまきの一人だ。化粧が派手で言動がキツく、サラ同様に関わりたくない人。知らないふりをしてもいいのだけれど、もうこちらの話し声を聞かれてしまったのだろう。


 このまま転移魔法を使ってもいいが、「何で無視をしたの!?」と被害者ヅラをされ、悪口を吹聴され、挙句更に絡まれてしまう。今はもう後少しで卒業だから心配もないが、授業があった時にはサラ贔屓の教員に告げ口をされることもあった。彼女らの団体は本当に厄介だったのだ。


 ヴァイオレッタの方を見ると、顔の中心に皺を寄せながら何とも言えない顔をしていた。私は外に聞こえないように小声で彼女に話しかける。



「きっと私が出ていけば納得するでしょうから、ヴァイオレッタは転移魔法を使って」

「こんな時にシャノンを置いていく程、落ちぶれてはいないの」

「か、かっこいい……」

「そうよ。わたし、格好いいの」



 ヴァイオレッタに小さく拍手を送っていると、また扉がどん! と叩かれる。……ここ、次はまた新入生の子が使うのだからそんなに乱暴にしないでほしい。仕方がないと決意して、扉を開けた。



「何の御用です?」

「サラが呼んでるのよ、いつまで寝てるのだらしないわね!」

「はあ……」

「何その返事! 早く来なさい!」



 サラもだけれど、彼女の周りの人も本当に不思議だ。どうしてそんなに強気で、自分が偉いのだと振る舞えるのだろう。しかし、断るのも面倒だとヴァイオレッタと目配せをした。……まあ、私たちのこういう態度が彼女たちを助長させてしまったのだろうなあ、と少し反省しながら談話スペースに向かった。


 そしてそのことを後悔した。



「シャノン!」

「あっはは! おはようーシャノンちゃん、起きられたでしょう?」



 一瞬、何があったのか分からなかった。まず顔に冷たさを感じて、そのままその感覚は全身に広がる。水をかけられたのだ。



「何すんのよ、サラ!」

「ええー? ヴァイオレッタちゃん、こわーい。シャノンちゃんがお寝坊だったから起こしてあげただけじゃないの、ひどーい」



 ううん、こんな咄嗟の時に反応ができないなんて、やっぱり一人旅は危なかったかもしれない。エヴァンについて行くことにしてよかった。これはただの水だけれど、もっと悪いことを考えている人が襲ってきた時に対応ができないことが証明されてしまった。彼との旅の間にこういうことにも瞬時に対抗できるように鍛えよう。


 手の先を振って水滴を飛ばしながら今後のことを考えていると、ヴァイオレッタがヒートアップしてきた。



「ふざけんじゃないわよ! 朝の五時から騒ぎ散らかして、この迷惑女! その上に人に水をかけるなんて無礼許されると思っているの!?」

「ひどいひどい! ヴァイオレッタちゃんはアタシが朝から泣いてたのに無視してたの!?」



 わっと泣きまねをするサラの周りに彼女の支持者が集まって、わあわあと騒ぎ立てる。ああ、煩い。私は怒りに震えるヴァイオレッタの肩をそっと掴んだ。



「こんにちは、サラさん」



 できるだけにっこりと微笑んで、そのまま魔法を展開させる。室内で水遊びがしたいなんて奇特な人だなあと蔑みながら。



「きゃあ!?」

「よかったですね、水遊びがしたかったんですよね。じゃないと人に水かけるなんて、しかもこんな大勢の前で、そんなことしませんもんね。満足しました? でも、私、水遊びなら夏の川辺や海でしたいから今後は別の方を誘ってくださいね。やりたいって言ってくれる人、貴女のまわりに沢山いるでしょう? ああ、私みたいにしたくない人を誘わないでくださいね。……もう学校生活も終わりなんだから、最後の最後で煩わせないで」



 びしょ濡れになって呆然とするサラとそのとりまきたちを置いて、転移魔法を使う。同じく吃驚して固まっていたヴァイオレッタも掴んで、一緒に職員室まで飛んだ。


 職員室に着くと、私は信用がおける歴史学の先生に向かって「サラが談話スペースで水をかけてきたのでやり返しました。私は被害者だと主張します。それでも私が悪いと仰るなら、せめて喧嘩両成敗でお願いします」と叫んだ。


 職員室は騒然としたが、歴史学の先生だけは大爆笑だった。


 私は学園では、目立たないよう目立たないように生活をしてきた。だから、サラも苛立ちのはけ口にしようとしたのだろう。嫌味を言われたり陰でクスクス笑われていることは知っていたけれど、水をかけられるようなことをされたのは初めてだった。今まで目立たなすぎて、サラの目にはたまにしか入っていなかったみたいだけれど、最近は卒業だからと彼女を適当にあしらう人も増えてきたからその役目が回ってきてしまったらしい。


 多分、サラは今まではここまで醜悪なことはやってきてはいなかった。彼女は味方も多いが敵も多い人だったから、味方にちやほやされる時間と敵とやり合う時間でいっぱいいっぱいだったのだろう。だからこそ、皆彼女を放置していた。


 しかし、今日のはサラが悪い。私は寝起きで、朝ご飯も昼ご飯も食べていないのだ。こんなイライラしやすい人間に喧嘩を売るなんて頭が悪いにも程がある。彼女の事情なんて知らない。彼女のご実家の影響力で、私の卒業が駄目になったってもう構わない。……いや、やっぱりちょっとは構うけど。ううん、短気を起こし過ぎたかもしれない。


 ちょっとドキドキしながら私はヴァイオレッタと遅めの昼食を食べた。勿論、ちゃんと全身乾かしてある。いやあ、魔法って便利だなあ。



「……シャ、シャノン?」

「どうしました、ヴァイオレッタ?」

「いや、うん、大丈夫かなって……」



 いつもはきはきしているヴァイオレッタの声が、何故かとても小さい。もしかして私を気遣ってくれているのだろうか。



「大丈夫ですよ、すぐに乾かしたし。先生すごく笑ってましたけど『こっちでちゃんと対応する』って言ってくれてましたし」

「そ、そっかあ……。普段、大人しい子が怒ると怖いってこういうことなんだあ……」

「? 何か、言いました?」



 そっか、の後の言葉がどうしても聞き取れず聞き返したら、ヴァイオレッタは手と顔をぶんぶんと振った。



「ううん! 全然? 今日の日替わりランチ美味しいなって!」

「え、そうなんですか? 私も日替わりにすればよかったかなあ」

「……ふふ、シャノンは食いしん坊だなあ。エビフライを一口あげよう」

「わあ! ありがとう、ヴァイオレッタ! じゃあプチトマトをあげます」

「プチトマトはいらない」

「スライスオニオン」

「スライスオニオンもいらない」

「レタス……」

「わたしが加熱してない野菜苦手だって知ってるでしょう、嫌がらせ?」

「美味しいのに。じゃあ、チキンソテーをあげます」

「大丈夫よ、シャノンが食べて。っていうか、もうお腹いっぱいなのよね」

「もっと食べていいんですよ」

「お腹いっぱいって今言ったよね?」



 むにり、と頬をつままれて「ごめんなさい」と返す。ヴァイオレッタと友だちになってから、よくやっていたやりとりだ。ああ、本当に後二日でお別れなのかな。今までずっと一緒にいたのに。これが大人になるってことなのかな。


 ……あ、今回の水かけ騒動の件で、退学か除籍になる可能性もあるのだった。ああ、悔やまれる。本当に退学か除籍になったら、バレないようにサラに呪いでもかけようかな、と随分物騒なことを考えながら貰ったエビフライを頬張った。



読んでいただき、ありがとうございます。

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