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「逆立ちなんてしとるでない、意味のないことをしとらんでこっちにくるんじゃ」
部屋のすみで奇行をとばしているとおじさんに注意されてしまった。
仕方ないので戻ってくる。
「はぁ、でもこれはあれですね。こういう状況なので、もうあなたのことを神様だと信じざるを得ないかもしれませんね」
「納得してくれたかの。まぁ別に信じなくとも儂の話を聞いてくれるだけで十分ではあるのじゃがの」
ということなので、一旦大人しくして話を聞くことにした。
「まずお主をここに呼び出したのは儂じゃ。先程も言ったように、本来ならお主は眠ったままじゃったし、こうして再び意識を持つこともなかった。しかしこうしてわざわざ呼び出したのは、一つお主に頼みたいことがあってのことなんじゃ」
「頼みたいことですか?」
神様が俺に? 神からしたら下等な存在であろう人間に、何を頼むことがあるというのだろうか。
「うむ、実はじゃな。地球とは離れた別世界の話にはなるんじゃが、そこにはお主らと同じような人間族と、それとは別に魔族と呼ばれる種族が暮らしておっての。その魔族と人間族は日々対立を深めておるんじゃが、ついこの間長い歴史の中でも特筆すべき出来事がおきてたんじゃ。それというのも、魔族の中で、強力無比な力を持つ桁違いの存在が誕生しての。これが最強すぎて、ただちに魔族全体を統一し、魔王に君臨した後、人間族を滅ぼそうと画策し始めたのじゃ。このままこの存在を放っておけば、人間族はいずれ全滅してしまう。で、このままだとまずいということで、お主に白羽の矢を立てたのじゃ」
「ほえー」
なんだか凄いことになってるらしい。
ただ全然話を聞いていなかったので、よくわからないというのが本音だった。
だってしょうがないじゃないか。なんか長いし、途中であくびがでて聞こえてくる話が一旦途切れちゃったんだから。
ああ、でもそんな言い訳言ってられないよな。どうしよう、こうなったらもう一度言ってくださいって素直に頼もうかな。でも流石に今の内容を聞いてないとなると、何してたんだって怒れるかな。
……いや、ここはもう開き直ろう。変に取り繕ったって、あとあとツケがくるだけだ。全然聞いてませんでしたと、素直に白状するんだ! それしかない!
「あの、すみません!」
「ふむ、なんじゃ?」
「今の話、全く聞いていなかったので、もう一度お願いします!」
俺は土下座をしながら頼み込んだ。
今の俺は、もはやミジンコ以下の小さな存在となり、惨めに地面に傅いて己の価値を示すが如く縮こまることくらいしかできない。それが今の俺にできる精一杯の姿勢なのだ。
「聞いておらんかったというのは、どの辺をかの」
「まぁお察しの通り全部です。最初の方はちょっと聞いていたかもしれませんが、その記憶も全部吹き飛んでしまいました! こんなやつヤバいですよね。いっそのこと人思いに殺してくれちゃっても構いません!」
「なにをそこまで攻めておるのじゃ。ちょっとばかし聞いとらんかったからといってそこまで怒りはせんわい。儂にとっての数分など、世界のキラメキのほんの一部にすぎないのじゃからの」
「え、じゃあもしかして、もう一度説明してくださるということですか?」
「ふむ、聞いとらんというのならそうするしかあるまい」
「ありがとうございます! この御恩一生忘れません!」
あぁ、良かった。なんてやさしい神様なんだ。これが意地の悪い神様だったら、俺はもうとっくに死んでてもおかしくはなかったな。マジでこの神様でラッキーだった、一生ついていきます。
その後、再び神様は同じ内容を説明してくれたのだが、その時も他のことが頭をちらついてしまって、ちゃんと聞くことができなかった。先程よりはところどころ拾えたが、それも断片的なもので、一瞬で全部忘れていってしまう。
その後も頼み込んで、何回か説明してもらったが、その全てで話を理解することができず、なんとも悲しい感じになってしまった。
「きええええええええ!!」
そして何十回目かでさしもの神様もキレてしまい、指先から光線を放ってきた。
光線は見事俺にヒットし、びりびりびりと物凄い電流が全身にほとばしる。
「もう無理じゃ! お主は適当な場所で適当な能力で生きるがよい! せめてもの配慮で派遣予定だった世界にだけは転生させてやるからの。死なぬだけ感謝するがいいわい!」
その言葉を聞いたのを最後に、俺の意識はだんだんと遠のいていった。
「ピヨピヨピヨピヨぴよぴよ」
ん……なんだ、小鳥のさえずりが聞こえる。
なんだろう、地面がツンツンしてこそばゆい。ここは、えっと……
俺は寝ぼけなまこで、体を起こした。
周囲は草原だった。
俺が起きたことで近くを歩いていた小鳥がサっと飛び立ってゆく。
マジで一瞬何が起きているのか分からなかったが、少し経つと思考がだんだんと冷静になっていく。
そしてこうなる前の、一瞬前の記憶を思い出した。
「えーっと……俺、異世界に来ちゃったのか?」
本当に転生してしまったらしかった。
えぇ、俺これからどうなっちゃうの?