第二十一話「思い出は思い出のままで」4
ようやく役者を含めたリハーサルの準備が整い、最初から順々にシーンの確認が行われる。
時間が押しているのもあり、ほとんど止めずに時間合わせをしていくということで、ミスをして中断させないよう緊張感いっぱいで演技をする。
思ったよりもずっと足音や声が反響して、驚かされながらも演技に集中する。
リハーサルをすると改めてみんなの実力の高さがよくわかる。
演技に対する熱心さ、集中力、しっかり今日に合わせて調整してきている。
特に私が勝手に目の敵にしている黒沢研二の演技はさすが映画やドラマで活躍している俳優というだけあって動きに無駄がなく、役に入りきった演技でみんなを惹きつけるほどに目立っていた。
私もアメリカ暮らしの時はドラマやCMに出演しているのをよく見ていたけど、日本語も元々日本人の血を引いているからなのか違和感がなく、どこにも隙がないのがまた末恐ろしいところだった。
「もっと、俺に身を任せてもいいんだよ、稗田さんはまだ初心者なんだから」
甘ったるいイケメン声で“初心者”なんて言われるとゾワゾワっとしてしまう、油断ならない恐ろしさだ。
「結構です、遠慮させていただきますので、あまり近づかないでください」
私は虫唾が走ると言ってやりたいほどだったが、周りの目もあるので控えめに遠慮しておいた。
「そんなに照れなくても。今までの人は気持ちよく身を任せて、上手に演技してくれたよ、演技する上で信頼関係は何より大事だからね」
「照れてません! どうしてあなたと共演を共にしないといけないのか……」
わざとこんな物言いをしているだろうと思い私は憤慨した。
周りの女生徒たちが羨ましそうにこちらを見ているのがなお鬱陶しかった。
こっちは演技の邪魔をされてる心地で迷惑極まりないというのに……。
そんな私の心情を察しない黒沢研二は言葉を続けた。
「それは運命だろう。稗田さんも気付いているはず」
「そういう風に考えないようにしてるので、余計に気分が悪くなるから言わないでくださいっ!」
私は相変わらずな調子の黒沢研二を睨みつけたが、もちろん動じる様子はなかった。
「つれないね。そうやってツンツンしている方が、落とし甲斐はあるけど」
この人と関わっているとキリがないほど疲れると改めて思った、品性というものはないのかこの人には。
リハーサルの演技中は真面目に真剣にやってくれて、演技が終わると毎度有用なアドバイスもくれるので、あまり邪険にして文句も言えないまま、リハーサルはシーンを切り替えながらどんどんと進行していく。
リハーサルも後半に入り、黒沢研二との会話シーンも増えていく中、音響や照明の確認で一旦演技が中断された。
その時、彼から一方的なテレパシーが送られてきた。
「———————あの女には、本当のことを言わないつもりなのか」
通話を繋いでいるわけでもないのに声が聞こえて来たので、思わず反射的に黒沢研二の方を向いた。
テレパシーを使って言ってきたということは、つまり周りには聞かせられないということ、それを彼も分かって伝えてきている。
「何のことですか、それになぜテレパシーをあなたが私に使えるのです」
「警戒してセキュリティを掛けていたようだが、突破するのは難しくなかったよ。
心配しなくていい、ファイアウォールは起動しているから周りには聞こえない、ただ無声通話をしているだけだ。
君の記憶に触れるつもりはないし、こちらの記憶や思考を晒すつもりもない。
単純な興味だよ」
こうしてコミュニケーションツールとしてテレパシー能力を用いるのは本来正しいことだけど、相手が相手だけに私は警戒心を解くことは出来なかった。
「強引ですね、いつもあなたはそうですが。
協力関係を取るつもりもないですし、あなたと情報交換するつもりはないです。
接続しないでくれると助けるのですが」
一方的な回線接続をされている気持ちになり、私は彼のやり方に反発した。
そもそも、クラスメイトに内緒で彼とこんなやり取りをするような関係になりたい気持ちは毛頭ない。
それなのに彼は遠慮する様子は微塵もなかった。
「そう邪険にするな、学生ごっこのようなものだが一年間は一緒のクラスメイトになるのだからな。
“記憶”を覗いたのだろう? 八重塚羽月の、だからこうしてやる気にもなった、分かりやすいよ、君の考えていることは」
勘が鋭い彼らしさが存分に発揮されているようだったけど、私は羽月さんの秘密を守るためにも出来るだけボロを出さないように気を遣わなければならなかった。
「そうだとしても、あなたと話すことは一つもありません」
「だから、そう遠慮するな。助言をしてやるというのだよ」
「”必要ありません”」
しつこい物言いに私は怒気強めに感情を込めたが、こちらの返事をまともに聞いている様子はなかった。
「まぁいいさ、罪を思い出させたくないというのなら、それもいいだろう。
だが、それは君も加担しているということだよ、許されざる罪を隠蔽しようということに」
「あなたに言われなくても分かっています。
今は、こうするしかない、そう思ったから決断したんです」
今は迷う状況にない、だからこそ彼の言葉に耳を傾けてはならないと、私は言い返した。
「いいさ、それがアリスの信託を受けしものの意思なら、もう少し見学させてもらおう」
この人も人の記憶を覗くことが出来る、当のアリスと面識があるかは分からないが、もしかしたらアリスのアーカイブにも干渉する力を持っている可能性だって否定できない。
私と同程度の力を持っているなら、なおさら敵対するのはあまりに危険な存在。
私はこれ以上のことを今、考えるのをやめて、演技に集中することにした。
だって、羽月さんの罪を明らかにするということは、私がどうやって真実を知ったかまで説明する必要が出てくる、そんなこと現実的に出来るはずもない。
私は溜息を付きたくなるような気持ちになりながら、次のシーンの演技に入った。




