第二十一話「思い出は思い出のままで」1
記憶を覗き、そこから再構成されたアーカイブを見終えた私は、ゆっくりと目を覚ました。
長い夢を見ていたような感覚のまま目を見開くと、そこは保健室のベッドの上だった。
目まぐるしい回想だったから、しばらく意識が混濁してしまうかと思ったが、ありがたいことに意識ははっきりとしていた。
どうやら保健室のベッドで寝かせてもらっていたらしい、私はリハーサルの時間が迫っていたことを思い出しながら、頭を動かして、周りを見渡すと樋坂君が心配そうにこちらを見ていたのが分かった。
「……樋坂君?」
「やっと起きたか、心配したぞ」
樋坂君の声だ、ずっと私のためにそばにいてくれたのだろうか、そう思うと心苦しく胸がキュンと締め付けられる思いだった。
「ありがとうございます。ここまで運んでくれたのですね、すみません、突然気絶してしまって」
「珍しいことなのか?」
私は安心させようと微笑んで見せたが、樋坂君は優しい樋坂君らしく心配そうに私の顔色を覗き込んでいた。
「珍しいですね。私はちょっと特殊ですけど健康そのものですから」
「そっか、追求しない方がいいんだよな?」
「そうですね、私は”魔法使い”ですから」
具体的なことを説明しないための便利な言い訳のように使っていると自分でも思う。
私の秘密を空想の妄言としてではなく、なんとなくでも樋坂君は理解してくれている。真奈ちゃんと私が交流しているからというのもあるだろう。
信頼が深まれば、そのうちに話してくれると、樋坂君はそう思っているからかもしれない。
確かに疑いの目を向けられれば誰だっていい気分はしない、そういう意味では樋坂君は人との接し方を心得ていて大人びているのかもしれない。
いつか話せる日が来るのか、祖母から受け継いだ使命も含めて。本当はそんな日が来なければいいと思いながらも、現実はそんなに生易しいものではないと、自分はちゃんと理解していて、いずれ向き合わなければならないだろうと思っている。
でも、私自身がまだ知らなければならないことがあるから、今は話せるだけの材料があるわけでもなく、今の関係を続けるほかなかった。
「お願いがあります、私、リハーサルに参加しますので、一緒に連れて行ってくれますか?」
二人の思い出という夢から覚醒した私は、すでに覚悟ができていた。だから決意を伝えるのにためらいはなかった。
「そうだな、稗田さん、物語を続けよう。
俺たちのクラスに入った時点で、稗田さんは俺たちの向かう列車に乗る切符を持っているんだから。
稗田さんが今日まで頑張ってきたこと、みんなもう知ってる。
だから、今も稗田さんが来るのを待ってるから、全力で見せつけてあげよう。稗田さんの気持ちをさ」
樋坂君の言葉が心に沁みた。私のことを受け入れてくれる人がいる、それだけでまだ頑張れる気がした。
「樋坂君、ありがとうございます、元気づけてくれて自信が付きました」
樋坂君に枕元で見つめられると年相応かそれ以下になってしまう素直な自分がいた。
今はゆっくりしている場合じゃないけど、樋坂君と二人きりでこうしていると気持ちが自然と楽になって、少し恥ずかしかった。
それが血の繋がりを感じているからなのか、樋坂君自身の性格によるものなのかは、私にも判断付かなかった。
「でも、いいのか? 体調だって、まだ目が覚めたばかりなのに」
「いいのですよ、私のせいでずいぶん待たせてしまっていますから」
私は大丈夫と分かるように、起き上がって見せた。
着衣は乱れていないようで、倒れる前と同じだった。
「まだ、あれから30分も経ってないけどな」
「そうですか、ならよかったです。私には長い夢でしたが」
自分が眠っていた時間なんて、起きて時間を確認するまで分からないものだ、今はそんなことは気にしていられない。
私はベッドの下に置かれていたローファーを履いて立ち上がった。
「では、お待たせしているでしょうし、行きましょうか」
私は心配させないように努めて明るく樋坂君に言った。
「ああ、羽月はみんなのところに先に行ってもらってるよ」
羽月さんにも話さなければいけない事が出来た。
劇の開催のために力を注いでくれている羽月さんのためにも、私は行かなければならない。
私さえいれば、舞台の準備は揃うのだから迷ってなどいられない。
樋坂君と共に体育館を目指し、颯爽と保健室を出た。先生はいなかったようだ。
私は樋坂君に聞いておかなければならない事があった、体育館までの道中で私は聞いておくことにした。
「樋坂君は、羽月さんと別れてから、羽月さんの住むお家には行きましたか?」
踏み込んだ質問だったが、記憶を覗いた後で私は聞かずにはいられなかった。
「行ってないって。脚本の相談もファミリアや学園でしただけだぜ? もう、家には入れてくれないんじゃないかな」
樋坂君は私の聞いた質問の意図を履き違えているかもしれないけど、行ってないという回答が聞ければ十分だった。
「—————どうして、そんなことが気になったんだ?」
二人で体育館まで歩きながら、樋坂君は私の方を向いて聞いた。
「眠っている間、夢を見ていたんです」
「夢?」
私の回答に樋坂君は怪訝そうに私のことを見ている、それはそうだろうと率直に思うけど、でも、樋坂君には少しずつ、私のことを知っておいてもらおうと思った。
それはきっと、未来のために繋がる気がしたから。
「夢の中で樋坂君と羽月さんの関係がよく分かったんです。
だから、どんな形であれ、二人が一緒に作り上げようとしている演劇を成功させたいって思いました。
私は一度別れたカップルの心情までは分かりませんから、私にできるお手伝いができるようになりたいと、そういう風に思うようになりました」
話しながら歩きながらも、樋坂君はちゃんと話を聞いてくれているようで、理解が早かった。
「夢って、夢を見てそんなに心変わりできるようなものなのか?」
「調べればわかる事ですが、私はずっとアメリカで夢の研究をしてきましたから。
だから、信じられないかもしれませんが、私の夢は“現実です”、さぁ、着きました、リハーサルに向かいましょう」
私にはそれ以上の説明はまだできないから。
話しを断ち切って、明るい笑顔で樋坂君に微笑みかけてから、私は一足先に足取り軽く眼前にそびえる体育館まで駆けて行った。
後は、羽月さんに聞けば、今の状況が分かる。
私はそう考えながら、体育館まで向かった。




