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第三話「緑色の巨塔」2

 学園に到着し、クラスメイト全員が身体測定のために男女に分かれてそれぞれ順序に沿って教室や体育館を回っていく。

 年度初めの重要な検査のために、午前中の時間は身体測定だけで潰れてしまうほどであった。


「達也、また身長伸びたか?」

「みたいだね、これ以上伸びても頭ぶつけやすくて困るだけなんだけどな」

「俺は羨ましいけどなぁ」

「浩二だって十分だろう」

「達也と並ぶと、ちょっと不満に思うことがあるんだよ」

「それは、僕にはどうすることもできないね」

 

 浩二は対抗意識ということではないが、達也の180cmを超える高身長には、負けた気持ちになるのだった。


「とはいえ、僕は彼ほどイケメンではないのでね。高身長だからといってモテるかどうかはまた別の話しだと自覚しているよ」

 

 こう説明する達也の視線の先には、昨日転校してきたばかりの黒沢研二の姿があった。

 男子から見ればそれは嫉妬の対象であるほどの美貌、彼の芸能活動の実績など関係なしに、彼の凄さがオーラのように滲み出ていた。


「自意識過剰な方が、美に対する意識が高くて、美容にはいいというけど、何だか自然にああなったとは思えないんだよな」


 浩二の持論だった。


「だが、素体が良くならなければ、あそこまで完成された外見にはならないだろう?」

「それはそうだが、何か人からよく見られるために、作り上げられた外見に思えるんだよな」

「そういう仕事を続けているのだから、それは自然にしていることなのだろう、彼にとっては」


 浩二と達也にとっても黒沢研二の存在は、関心のあることのようだった。


「次は……、ワクチン接種か」


 浩二は診断書を持って、次の目的地を確認した。


「保健室だね、さぁ、混む前に先を急ごうか」


 白衣の達也がそう言うと、浩二からは今からオペに向かう医者のように達也が見えた。

 保健室にたどり着き、列に並んで待つ。

 浩二は隣の達也の姿を見て、どっちが診察される側か分からないなぁと思ってしまった。


「前々から疑問に思っていたことなんだが……」


 クリスタタワーのことに続いて、“またか”と浩二は思ったが、何か話したいようなので達也の話しを聞くことにした。


「何か、また考え事か?」


 考えるそぶりを見せる達也に、浩二は返答をした。

 これは話を聞くしかないのだろうなと浩二は思った。


「まぁね、定期的なワクチン接種が我が国で義務化されてからすでに20年以上経つわけだが、実は、中身は少しずつ毎年変わっていてね、それ自体は感染症対策としていいことなのだが、市民に成分が細かく正確に説明されているわけではないんだよな。

 その最新型のワクチン接種は、毎年、この舞原市から摂取が始まっているんだよ、それが、何故なのかってね、僕にとっては大きな疑問なのさ」


 医者を目指す達也ならではの疑問といえるだろうと浩二は思った。

 専門的であればあるほど、余計、医学知識の乏しい浩二が疑問に対して最適解で答えられるわけないのだが、この疑問を一人で抱え込むのは、達也にとって身に余ることということかもしれないと浩二は思った。


「俺に考えて分かるわけないが、仮説でもあるのか?」

 

 ここで話しが終わりというわけでもないだろうと思い、浩二は聞いた。

 ワクチン接種のための、注射を待つ列は長く、浩二たちの番が来るのはもう少し先になりそうだった。


「仮説というか、ほんの思い付きだけどね、大きい声で言える話しではないけど、僕はこれを30年前の災厄と関係性があると推測しているんだ」


 達也は浩二の耳元まで顔を寄せて、小声で言った。

 その言葉の衝撃は誰もが感じるところであると予想できるが、浩二は達也からこんな突拍子もない話が飛び出したことに驚いた。


「まさか……、さすがにそれは話が飛躍しすぎじゃないか?」

「それは、確かに一般的に考えれば、飛躍した話だとは思うけど、未だ災厄の原因が不明のままというのは、気分が悪いだろう?」

「それはそうだけど、それにしてもだな……」


 災厄に関する陰謀論のようなものは数多くあるだけに、浩二にはこの考えは危険なものと思えた。


「ただ、言えることは、こうして健康に生活できているのは、人間本来の自浄作用だけでは考えられないということさ、これだけ環境変化が進んだのだから、悪影響はいつだって起こり得ることだからね。

 そういうものからこのワクチンが守ってくれていると考えた方が、自然なことだろう?」


 達也の言葉に浩二は環境破壊による変化や、いつまた来るともしれない感染症への恐怖心が芽生えた。

 安全安心な衛生管理を求める現代ではもう、人間は自然に還ることのできないところまで来てしまったのではないか、そんな疑問を抱かずにはいられなかった。


(いずれにしても、父が本当のことを話してくれれば、解決することだけど……)


 内藤医院の院長である達也の父の方が事情には詳しいと達也は踏んでいた。

 

 厄災に関する詳しい真相は国家機密とされているので、民衆に伝わっていない真実があったにしても、その真相が明かされる日がくるのは難しいと考えられるが、ワクチン開発の真相のついて話してくれる機会が今後訪れる日が来ることを達也は心の内で期待していた。


 自身に知的欲求がある中で、達也はこうして真実の近くにいるにもかかわらず、明解な真相を知る機会が未だ巡ってこない事に歯がゆい心境に長くあるのだった。


 やがて順番が巡ってきて、ワクチン接種を終え、ようやく身体検査の全工程を終えたので、浩二と達也は元の教室に戻ることが出来るようになった。

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