第十六話「広いこの舞台の上で」4
光の隣に座って、他クラスの演劇を見ていた私は、その凄さに圧倒され、決して越えられない壁を感じ、見ているだけで息が苦しくなった。
ちょっとくらいは演劇を鑑賞したことはあって、どういうものか知っていたつもりだったけれど、私はさっきまで、二つのクラスの完成された演劇を見るまで所詮学生のするものだからと甘く見ていた。
あんなに息の揃った演技、私は未だ出来たことがない。
練習しているときだって、不甲斐ない私のせいで迷惑を掛けてばかりだった。
どれだけ努力を続けてきたのか、演技をする人が持つ誇りと自信、それは長い期間を通じて培ってきたものなのだ。
これでは、演技経験のない私のような人では今見たものには追い付けっこない。
あんな、圧倒的に美しいシーンの数々。
堂々としたアンリエッタの演技が、再び頭の中でリフレインした。
悔しいけど、練習のたびにあの黒沢くんに笑われたって、反論もできないのが現実だ。自分が演技下手で、成長できないから呆れられてる。でも、それは仕方のないことだ、私が全部悪いのだから。
クラスメイトに励まされたって、その期待に応えられなくて胸が苦しい。
「……やっぱり、引き受けなければよかった。私なんかより、ずっと上手な人がいるんだから、みんなだってきっと心の中ではそう思ってる。こんなえこひいきはよくないって」
私に手伝えることなんて最初からなかったのだ、黒沢くんのような才能もなければ、経験もない。私は舞台に立つにふさわしい人間なんかじゃない。
私はこの場で一緒にいる息苦しさに耐えきれなくて、体育館を飛び出して、気付けば雑木林の中で座り込んでいた。
陽が照っている体育館の外、ここは学園の敷地内だけど、人が全く通らない場所。そこに私は誰にも見つからないように逃げ込んだ。
「……もう、いいんだ。出来もしない事を頑張るのは、疲れたよ」
私らしくはないと思いながらも、もう心も身体も疲れ切って限界だった。
ここまで頑張ってきたけど、その緊張の糸が切れたのか、ボロ衣のようにやる気も出ないまま、身体を丸めて、顔を伏せたまま一歩も動けなくなった。
考えるのが辛くて考えないようにすると、疲れも相成って心なしか次第に眠たくなって意識も遠のいていく。
気づけば映像研のミュージカルが終わったのか、アップテンポな音楽が鳴りやんで静かになっていた。
春の陽気にウトウトする、そんな場合じゃないのに。
―――このままここにいれば、それで全部終わる。
そうだ、きっと羽月さんが私の代わりに舞台に立ってくれる。
私が舞台に立つくらいなら、その方がみんなにとってもいいだろう。
きっと、そうに違いない、だから……。
「……もう、頑張らなくてもいいよね」
私は誰も聞こえてないだろうと思い、ぷつりと呟いた。
「————ダメよ、稗田さん、それは絶対に」
そんな私の言葉に異議を唱える声が耳に届いた。
幻聴かな? そう思いながら顔を上げ私はさらに視線を上げた。
私の元にわざわざやってきて声を掛けた人物、草木を分けて私の前に現れたのは、私よりずっと背が高くて周りから見ても頼りがいのある、羽月さんだった。
どうして見つかったのか、不思議に思いながら羽月さんの姿を見る、幻なんかじゃなく、本当に私の前に羽月さんが現れたようだった。
*
「なかなか、実感が沸かないわね。頭がボウっとして、ずっとふわふわしてるの」
ジンジンとした局部の痛みは残りながらも、汗も大分引いた羽月は浩二を目の前にして呟いた。
キスの回数も頭から抜け落ちるほどに長く激しい性行為の後で、甘くとろけるような鮮烈な行為を現実感のある形のまま記憶しておくために、二人ベッドの中でゆったりとした時を過ごしていた。
まだ脱力感が残っていて、すぐに動く気持ちにはなれないけど、もうすぐ浩二はこのベッドから抜けて、家に帰ってしまう。そのことに羽月は寂しさを少し覚えたが、それ以上に満たされた気持ちと股間にジンジンと染みる痛みの方が勝っていた。
「頭では理解していても、刺激が強すぎて確かに実感は沸かないかもな。
でもさ、こうして繋がった後にして思うと、大人の定義が何かなんてどうでもよく思えてきて、ただ、羽月と深く繋がれたことを幸せに感じるだけなんだよな」
そうなのだろう、この満たされたような感覚、幸せを実感するぬくもり、温かさ、鮮烈な記憶。行為の間も今も、二人の確かな繋がりをずっと感じさせられていた。
「うん、こうして深い繋がりがあったからこそ、私たちは祝福されて生まれてきたのだから。これも人にとって大切なことよね」
裸での触れ合いに恥ずかしさは未だに残るが、羽月はそれ以上に幸せを強く感じていた。
きっと、それは相手が浩二だからで、だから、こうしている時間が名残惜しく感じてしまうのだと羽月は思った。
「これからも、ずっと付き合っていこう」
浩二の言葉に羽月は喜びが込み上げてきて、ドクンと鼓動が高鳴って、そのままたまらずにもう一度二人はキスをした。
「うん、約束よ。一緒に演劇もしたいから。
もっと浩二と同じ思い出を共有したい、学園でも学園の外でも、これからもずっと」
羽月の言葉に浩二が強く頷いた。
強く抱き締め合えば合うほど、満たされていく、信じあう気持ちを分け合える。
熱の冷めない愛情を込めた想いのまま、大切な気持ちを何度も確かめ合って、また二人は明日へと向かっていく。
こうして、二人の時間は過ぎ去っていき、また日常へと戻っていった。




