第十四話「プリンセスプライド」2
去年、映像研究部だった生徒たちが集まる教室では毎日、苦労を惜しまず目標に向けて統制の取れた準備が続いていた。
打倒、演劇クラス!
昨年の学園祭での悔しさからこの目的で始まった此度の演劇クラスの座を懸けた対決。
去年、不本意ながらも一歩及ばなかった経験から、勝ち残ることを共通の目的として、すでにクラス一同、一致団結している。
男性陣のキャストの稽古が続く中、アンリエッタが教室に戻ってくるところを、クラス委員長であり部長でもあるは気づいて、そのアンリエッタに近づいて自然に声を掛けた。
「どうだった? 演劇クラスは」
余裕の表情を浮かべながら、明るい口調で彼は声を掛けた。
「稗田知枝、そこまでの逸材ではなかったかしら。
実力からすれば私の方が上でしょうし、黒沢研二ほど警戒する必要はないでしょうね」
敵情視察を終えて教室に戻ってきたアンリエッタは冷静かつ冷ややかに彼の問いに答えた。
彼に対して見せる態度はアンリエッタの素に近いものであり、腐れ縁とは言うべきか、傍目には少し言葉のやり取りが強いものに感じられるほどだ。
「去年の学園祭での結果は、俺たちにとって不本意な結果だった。
今回は、我がクラスの実力を見せつけて、学園中に知らしめなければならない、実力の違いを」
周防圭介は腕を組んで練習風景を見ながら自分の決意を告げた。
メインキャストを中心に台詞読みが繰り返され、少しは離れた場所ではセットの設営の相談や、BGMを掛け方の相談もしている。
着実に準備が進む姿に、二人は自信を覗かせていた。
「そのために、あえて同じ演劇という舞台で雌雄を決する。
相手側の畑で実力の差を見せつけられたなら、学園中が納得するでしょうね、私たちの実力を」
アンリエッタは確実に実力の差を見せつけて、勝ちたいとずっとこの日まで考えてきた。
それだけ、自分たちの実力に自信があるということだ。
「あぁ、だから今回も期待しているよ、アンリエッタ。君の演技は本物だからな」
周防はいつものようにアンリエッタのことを推した。
クールな話しぶりの中にも、彼のアンリエッタのことを想う気持ちが滲み出ていた。
「持ち上げてくれるのは嬉しいけど、他の子の事もちゃんと褒めてあげてよ」
自分にばかり視線を向けて来る姿を見て、アンリエッタは嫌悪感を露わにした。
「分かっているよ、皆が頑張っていることは、十分評価しているさ」
不敵さも滲み出る笑みを浮かべながらアンリエッタの問いに答える。
周防にとって、今のクラスは三年生までに試行錯誤を繰り返しながら作り上げてきた財産そのものだった。
互いに競争を繰り返しながら高め合い、アイディアを出し合い、妥協することなく共に映画を作り上げてきた仲間。
その仲間とさらなる高みに上がり残り一年間を過ごす。それを誰よりも周防は楽しみにしていた。
「それならいいけど、本当、待ち遠しいわね。劇場の舞台に立つのは」
アンリエッタは生の舞台に立つことに、興奮を抑えられなかった。
目の前の観客を前に自分の力を一度に出し切る、その快感を味わう日が楽しみで仕方なかったのだ。
「あぁ、俺は舞台袖で見ているだけだが、楽しみにしているよ」
周防は監督という立場で、役者ではない。
だが、役者と同じように周防も本番の時を楽しみにしているのだった。
「楽しみといえば、演劇クラスの持ち味というか、未知数な部分として、毎回驚かされるのは、脚本かしらね。
リハーサルまで見れば、今回の脚本の出来も分かってくるでしょうけど、こちらはすでに手の内を明かしているようなものだから、本番の雰囲気に飲まれて、こちらを上回る評価と判断される場合も考慮に入れておかないといけないかしら」
「確かに、最終的な判断は観客のその時の感情に左右される。
恐ろしいことだが、昨年の学園祭で経験したことだな。
だが、それを考慮しても、準備期間のこれだけ限られた今回の舞台で、同様の結果になるとは考えにくいがな」
完成度として今回の演劇クラスは自分達には及ばない、その考えが周防の中には確信的なものとしてずっとあった。
(樋坂浩二……、今度は去年の学園祭のようにはいかせない。覚悟しておくことだな)
周防は影ながらライバル視している樋坂浩二に対する対抗心を頭の中で繰り返した。
一度きりの演劇の舞台では、小さなミスが印象に残ることはよくあること、その点でいえば、今回の配役に素人の稗田知枝を起用していることは、周防にとって有利に働くと考えるのは自然なことだった。
「いずれにしても、幕が上がれば、答えは出ますわね」
現状の仕上がり具合に満足の笑みを浮かべながらアンリエッタは言った。
「あぁ、幕が上がった後で後悔しても遅い、今回の配役が甘いものであると、彼らも気付くことだろう」
準備に余念のない二人はすでに勝利を確信していた。
教室では映画を作り上げた時のキャストの面々が誰一人欠けることなく、密な稽古を続けていた。
昨年、撮影した頃と大差のない熱の入った光景。
去年の映画を観たものならだれもが期待を膨らませるであろう光景が広がっていた。
彼らにとっても昨年公開した“巴里のアメリカ人”は観客から好評を受けた自信作であり、今回、演劇として疲労出来ることは楽しみで仕方ないものだった。
最終的にどのクラスに勝利の女神は微笑むのか、それはまだ誰にも分からない。
だからこそ、本番の日が待ち遠しいとはっきりと言えるのだった。




