第十四話「プリンセスプライド」1
第十四話と第十五話は詳細が明かされていなかった他クラスの登場人物が続々登場していきます。
ここに来て新しい登場人物が参戦して、さらに賑やかになっていく魔法使いと繋がる世界です。
合同演劇発表会前日に開かれる全体リハーサルを間近に控えたある日、練習も本格的になり、ピリピリした空気も時折見受けられるほど後には引けない状況になりつつあった。
樋坂君や羽月さんは他クラスの様子も時々見に行って偵察をしているようだけど、私はそんな余裕があるわけがなく、なんとか台詞と演技を覚えて迷惑を掛けないようにとギリギリまで踏ん張って稽古を続けていた。
「こんにちは、稗田知枝さん」
部活の時間、廊下で台本を一人読んでいた私を170cmはありそうな、見た目で一瞬貴族か? と疑問を思ってしまうような長身の綺麗な女性が話しかけてきた。違和感のない流暢な日本語だが、明るい色の金髪と雪のように白い肌を見て、白人女性であると一目でわかった。
「こんにちは」
見た目の上品さから富豪の家で育てられたお嬢さんのような、綺麗な女性だなと一目見て思ったが、この人と話した記憶はない、おそらく初対面のはずだと私は思った。
(どこかで、見かけたことはあるんだけど……)
私がそんな風に考えに耽っていると、その女性が自分から口を開いて名前を名乗った。
「アンリエッタ・ヴェローナよ、去年は映像研究部だったと言えば分かるかしら」
その言葉を聞いて私は全てを察した。
私が転校生だからよく知らないだけで、おそらく学内では有名人なのだろうとこの時思った。
後から聞くと彼女はクラスではその美貌と演技の上手さでマドンナのような存在として君臨しているらしい。
「あぁ、そうでしたか。初めまして、稗田知枝です。私の名前、ご存じだったんですね。わざわざ話しかけていただいてありがとうございます」
私は彼女が今回の競争相手である、ライバルのクラスに在籍する生徒であることが分かり、丁寧にお辞儀をしながら挨拶をした。
「それは、噂になってるから、自然と耳に入ってくるわよ」
私に話しかけてきたアンリエッタさんは芯の強さを感じる口調と共に、笑みを浮かべながら言った。上品な彼女の人柄から気の強さは感じたが機嫌が悪いわけではなさそうで好意的な印象を受けた。
「それで、稽古は順調で進んでいるのかしら? 話しでは、また新しい作品に手を出しているとか」
「そうなんですけど、八重塚さんの持ち出しの企画ですが、よくご存じで」
その言葉の節々にある刺々しさまでは私はよく分からなかった。どうやら彼女は勝手にライバル視して私たちのクラスに興味を抱いているようだった。
「相も変わらず、あなた達って変わってるわね。よくクラスメイトが付いてくるわね」
「それは……、みんなしっかりしてますから」
微妙な返答になってしまったが、私はそう返すことしかその場で思いつかなかった。
「あなたは納得してるの? 無理難題を押し付けられてるんでしょ?」
そんなことまでこの人は知っているのか……、ちょっとストーカーっぽくて悪意はないのは分かるけど、私は警戒心を抱き微妙な気持ちになった。
「分からないでもないですけど、私も演技には四苦八苦してるところですから。よく自分でもこんな大役を引き受けたなぁと思います」
「あなたも大概変わってるわね」
お互いまだ探り探りな印象を感じるだけに、私は少し返事に迷いながら、素直な今の気持ちを言葉にした。
アンリエッタさんはどうも私の反応に呆れているようだった。
「まぁいいわ、楽しみにしているわ。どんな演技を見せてくれるのか」
私のことをどの程度認知しているかは分からなかったが、こういう言葉が出てくるのは彼女なりの自信の表れだろうか。ライバルとして、勝負をするのに相応しい相手を望んでいる、そう受け取ることもできる。
その言葉の真っすぐさに、私は気を引き締めなければならないのだろうと感じさせられた。
「本番はお互い、全力を出し切れるといいですね」
何と言っていいのか分からず、私はもうすぐ立ち去ってくれるだろうと思い返答をした。
私たちのクラスと同じく演劇クラスを希望する、去年、映像研究部だった生徒たちが多くを占める彼女のクラス。
昨年の学園祭では私の所属する演劇クラスに一歩及ばずに悔しい思いをしたという話も聞いていたから、彼らが今回本気で向かってきているということは、ちゃんと理解しておくべきことだろう。
アンリエッタさんのクラスは“巴里のアメリカ人”を演目として選んだことは先日の部活会議の時にも羽月さんから聞いた。それは去年の学園祭で映画として彼女たちが自主製作した経験のあるものであり、舞台演劇としてやるにしても、その完成度の高さは容易に想像できた。
羽月さんから聞いた話を総合しても、彼らが一番のライバルであることは容易に想像できた。
(みんなで観た、リズ・ダッサン役が目の前にいるアンリエッタさんなんだ……)
映像で見た姿を思い出し、急に目の前のアンリエッタさんが眩しい人に見えた。
目の前で自然に振舞う彼女が、映像の中で感情豊かに演技している姿をみんなと一緒に私は見ている。
その凄さを目の当たりにして知っているだけに、なかなか目の前にすると現実感はないものの、実力は本物であるので臆する気持ちが自然と湧き上がってきた。
「私も楽しみです、映像じゃない、アンリエッタさんの生の演技が見られるのは」
平凡かもしれないけど、私は気持ちだけは負けないように笑顔でアンリエッタさんに答えた。
「ありがとう。お互い演者として、観客に見せて恥ずかしくないものを演じましょう」
二人の視線が重なり、対抗心が自然と湧き上がってくる。
「はい、せっかく学園内外の方に観に来ていただける機会ですから、楽しい一日にしていきましょう」
慎重さを感じながらも最後にそう会話を交わして、お互いに握手をして、アンリエッタさんは手を振って私の前を軽快な調子で通り過ぎていく。
「―――綺麗な人だな」
彼女よりもずっと背の低い私は、素直な感想をそっと独り言のように呟いた。
モデルのようなスタイルをした彼女が舞台の上で華麗にダンスや演技を披露すれば、それは誰もが釘付けになるほど華やかな舞台になるだろう。
その美しさが生まれ持った才能でもあるだけに、私の気持ちは複雑だった。
「―――私に、あの人を超えられるのだろうか」
自分はどう観客に映るのか、それは今の私には全く想像できなかった。
役の中で男性たちに言い寄られながらも、気にする様子もなく自然に魅力を振りまくアンリエッタさんの姿を思い出す。
周りよりも目立つほどの魅力を備えることの意味、純粋にダンスを楽しみながらも葛藤する姿は作品の魅力でもあると知枝は思っていた。
「でも、ダンスか……、私にはそんな経験もない。ダメだなぁ……、自分には似合わないって思うと、どんどん前向きな気持ちが離れてしまうから」
そう考えるとロリ体型な自分をコンプレックスに感じているのかもしれない。
外見的な魅力、アンリエッタさんの持つその華やかさを前に、それを上回る何かを私は果たして持っているのだろうか。
演技にしてもそうだ、ファインダーを通し映し出された自信に満ち溢れた彼女の演技、それは彼女を取り巻く映像研究部の信頼を得ているものだろう。それくらいのことは映像を見た私でもよくわかる。
将来のことは分からないが、今、あの人は演劇という新しいステージに立って、そこでも輝きたいと、そう願っていることだろう。彼女の本気に私が勝てるのか、やる前からこんなことを考えても仕方ないけど、客観的な視点に立ってこの状況を見つめてみると、どうしても自分の演技に自信なんて持てない。
それでも、私は私に出来ることをするしかない。
全体リハーサルの迫る中、こんなことを考えている場合ではない。
私は台本を閉じて教室に戻ると、限られた時間を出来る限り有効に使おうと、光に声を掛けて稽古の続きに入るのだった。




