第二話「演劇クラス再始動!」2
知枝と光は放課後、公園を訪れて空を眺めていた。
昼休みに話していたエルガー・フランケンの空中絵画を見るためだ。
公園のベンチに並んで座り、お菓子に甘いサクサクのポッキーを食べながら、知枝はアイスココアを、光はカルピスウォーターを飲みながら、その瞬間までの時間を楽しむ。
「もうすぐだね」
目を輝かせる光が楽しそうに、待ちきれずにつぶやく。
「うん、私はカリフォルニアで見て以来かな」
知枝の心境は複雑だった。現状、まだ黒沢研二が敵か味方か分からない、その本当の目的さえも。
この空中絵画を観測したとしても、その謎が全て解けるわけではないだろう。
でも、芸術家として彼の描く空中絵画の美しさには期待していた。こうしてそれをこれから光と一緒に見れる幸せも。
カリフォルニアで見た幻想的な光景は未だに忘れてはいない。
最高傑作ともいわれた傑作、タイトル名“空中庭園”、多くの民衆を魅了したそれは、未だに知枝の記憶の中で鮮明なものとして焼き付いて離れない。
「僕はこの目で見るのは初めてかな。4年前の時は、まだ知らなかったし、“天国への花束”はこの街じゃなかったから」
空を見上げる小柄な光の姿、確かに女装が似合いそうだなと思う可憐な美しさを知枝は感じた。
予告された時刻まであと少し、いよいよカウントダウンが始まった。
夕陽で紅く燃える空に、音を立てながら花火が打ちあがる。
60、59、58、57、56、55……、七色に輝く花火の明かりがカウントダウンの数字を空に点灯させる。
この街に暮らす人々、さらにはモニターを通して見届ける世界中の人々、多くの人々がこの時、この瞬間を待ちわびてきた。
見上げる空の美しさを前に胸が高鳴り、同じ空を眺める幸福を、確かなものとして感じ取ることが出来た。
*
同じように空を眺める姿が樋坂家のベランダにもあった。
「凄いね、私もワクワクしてきちゃった」
唯花が楽しげに呟く、その気持ちは同じくベランダに集まった浩二や達也、真奈も同じだった。
「花火、きれいだねーーーー!!」
真奈がベランダの手すりを掴み、覗き込むようにしながら、天上の上に広がるカウントダウンの花火を見て嬉しさいっぱいにはしゃいでいる。
「大勢の人が同じ時、同じ場所で空を見上げる。まるで平和の象徴のような光景だね」
達也が時折するロマンチストな言葉、それもまた幻想的な光景を目の当たりにする中で浩二や唯花を共感させた。
10、9、8、7、6……、カウントダウンは刻一刻と進んでいく。
一番幼い真奈が指を指すその先を、幼馴染三人も見上げ続けた。
*
人気のない廃ビル、そこでひっそりとエルガー・フランケンは人々の関心を惹きながら、ひっそりとほくそ笑む。
黒沢研二として日本に移住し、学園という舞台に上がりつつも、それで満足するような人間ではない。
常に娯楽を、新たなる刺激を求める魔術師の一面が彼にはあった。
そして、観劇の狼煙を上げるように、一人大きく両手を広げ、黒いマントを広げながら、ひと際大きな声を上げた。
「さぁ!! 舞台は整った!!! 導かれしアリスの子らよ!!
その導きのままに、この世の果てまで舞い踊りたまえ!!!!!
今宵の演劇は、全ての理を覆すものとなろう!!
我はエルガー・フランケン!!!
アリスの信託を受けし、魔法使いの伝道師である!!」
ここが自らが主催する舞台上であるかのように、酔狂なまでに高々と狼煙を上げ、両手を高く広げてマントを羽ばたかせると、その身に宿る力を解放させた。
“絵空事の魔術師”、そう表現されたエルガー・フランケンの空中絵画が舞原市の空に突如浮かび上がる。
原理、法則などを超えた、美しさの象徴。
芸術に求められるものとは、人の想像を超えたものであると、そういわんばかりに、そこに現れたのは中央に大きく描かれた黒いローブを羽織り、杖を持った怪しげな魔女と、その周辺に守護獣のように描かれた14体の動物の絵画だった。
神話のようであり、ファンタジックな想像力を掻き立てられるような世界観で描く幻想的な空中絵画は、彼の真骨頂であった。
*
(これが、あなたのメッセージなのね……)
知枝は心の中で呟いた。いつだって想像を超えてくる彼の芸術、光の手を握る手に少しばかり力が入る、膨れ上がってくる焦燥感の中でそれは知枝の決意の表れだった。
(きっと、もう、私たちは避けられない運命の輪の中に巻き込まれている。
そしていずれ、知ることになるのだろう、災厄の真相と、一人の魔法使いの物語を)
どこから与えられたか分からないような予感の芽生え、これが黒沢研二の決意であるならば、きっとこの先に待ち受けるものは……。知枝の心に芽生える不安と共に、そんなことを考えてしまうほどだった。
*
羽月は学校の屋上で同じく空中絵画を眺めていた。
長い髪が夕陽に焼けた空に靡いた。
一人きりの時や、浩二と二人の時しか付けないようにしている眼鏡を掛けて、その美しさに酔いしれる。
「まるで、あの日のキャンプファイヤーのような輝きね」
羽月もまた、美しく幻想的な光景を目の前に感傷に浸っていた。
一度は忘れようとしたこと、でも、自分の気持ちに正直でありたかった。そんな気持ちが、浩二との約束を果たそうという気持ちにつながっていた。
また、あの頃のように、そこまでは過ぎた願いだと思いながら、浩二とクラスメイトになれたことを、素直に歓迎し、受け入れた羽月だった。
*
“魔法使いと繋がる世界”
SNSやメタバース内で予告された、次世代美術の画家と称されるエルガー・フランケンの新たな傑作。
その光景は30分後には跡形もなく消えて、そのあとには、陽が落ちて代り映えのしない、いつもの静かで穏やかな夜空が広がっていた。
「また、一緒に演劇ができるね」
嬉しそうに、瞳を輝かせた唯花が言った。
「あぁ、また、一緒だな」
あと一年、その先のことなんて今は分からない、だからこそ一緒に演劇が再びできる喜びを共に分かち合うのだった。
「すごかったの!! もういっかいみたい!!! またみれるかなーーー?」
名残惜しそうに言葉を紡ぐ真奈の姿
また空に綺麗な絵画が埋め尽くされるのはいつのことになるのか
変わらないこと、変わっていくこと
その一つ一つを、彼らは受け止めながら、今日を生きていく
「真奈はまだ小学生に上がったばかりなんだから、これから、何回でも見れるさ」
浩二は真奈の頭を優しく撫でる。
その愛情が本物であればあるほど、親密な関係が育まれていく。
浩二はこのままずっと、穏やかに、健やかに、真奈が成長していくことを願ってやまなかった。