第二話「演劇クラス再始動!」1
「浩二」
昼休みがもうすぐ終わろうとする頃、教室に戻ろうとしていた浩二に八重塚羽月は話しかけた。
多くの生徒が私服で学園生活をする中では珍しい制服姿の羽月、生徒会副会長も歴任していたこともあり、その几帳面で真面目な印象に合致している。その両手には普段使いしているタブレット端末を胸に抱えながら手で握っている。
「羽月」
何か月ぶりだろう、羽月から名前を呼ばれるのは、浩二は別離の中で無理やりに冷めさせてきた気持ちが沸騰するようだった。
あの日から……、別れることになったあの衝突から、もう数ヶ月。浩二にとっても羽月にとっても、それはほろ苦く、忘れようにも忘れられない過酷な数か月間だった。
毎日のように名前を呼びあった愛に満たされた日々、未だ鮮明に思い出せる、過去とするには辛い大切な日々、思い出そうとすればいくらでも止めどなく思い出すことができる。
付き合っていた期間は長いとは言えなくても、二人にとって大切な思い出であることに変わりはなかった。
だけど、今こうして今になって向き合っていることを今更という気持ちもあった。
探り探りでない自然な会話を取り戻すためにどう自分の感情に整理を付ければいいのか、せめて付き合う前のように戻りたいという気持ちは、どう整理を付ければいいのか。言葉にはしなくても、二人はずっと考えてきた。
「驚いたかもしれないけど、今更何をと思われるかもしれないけど……、でも、あなたとは約束したから。一緒に今度は演劇をしようって。だから、悪く思わないで」
羽月は、思い詰めた気持ちを面に出さないよう懸命に堪えながら、出来るだけ自然な態度を取れるよう努めて言葉を紡いだ。浩二にはそれは素っ気ない言葉に聞こえるかもしれないと思いつつ。
「驚きはしたけど……、俺は羽月のこと、嫌いになったわけじゃねぇから。
それが羽月の今したいことだっていうなら、手伝うさ」
浩二は慎重に羽月の心境を図りながら、自分の気持ちを言葉にした。
「ありがとう、今はその言葉を信じるわ」
大人びた羽月の声、浩二にとってもそれは懐かしく、心に響いた。
「―――それと、この後の部活会議だけど」
そう切り出した羽月、昼休みの後にはそれぞれのクラスで一回目の部活会議がある。
羽月が言っているのはそのことである。
「今日決めるのは、人事くらいなものだと思うから、そこは浩二にバトンタッチするわね。新参者の私が口を出すよりはいいでしょ?」
「そうかもしれないけど、いいのか?」
「一緒に演劇が出来れば、それで私は満足よ」
「そうか、分かった」
浩二が返事をすると、羽月は少し穏やかな表情を浮かべて教室に戻った。
委員長と副委員長という立場になった二人は、積もった雪が解けるように、一つずつ会話を重ねるたびに、二人の関係が元の色を取り戻し始めているようだった。
*
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、生徒たちはそれぞれの教室へと戻っていく。
第一回部活会議の開始となり、羽月の用意したスライドショーを元に話を進めていく。
「―――と、いうわけで、当クラスは皆さんの希望通り、演劇クラスを希望する旨を生徒会に提出します」
几帳面な羽月の性格通り、丁寧な進行で、半ば分かり切ったことを改めて自分の言葉で説明していた。
ほとんどが昨年度と同じ面々の中で、羽月は自分も一員として参加する覚悟を持って真摯にクラスメイトと向き合っている様子だった。
特に異論もなく、第一回の部活会議は滞りなく進行していく。
羽月は少しずつ、進行役を務めることで少しずつ不安材料を払拭しながら、確かな手ごたえを噛みしめた。
(あなたはこうして今も生きているもの。それを忘れて残り一年を過ごすなんて出来ないから。
―――それに約束したから、“来年の学園祭は一緒に演劇をやろう”って。
だから、浩二、あなたとの約束は果たすわ、あなたを好きだった頃の私のためにも)
羽月は長く心の内に押し込めてきた大切にしてきた想いを胸に、夢に向かって一歩を踏み出した。
仮の役職を決める段階まで会議は進んで、司会は副委員長の浩二へと切り替わった。
ほとんどが昨年の役職を引き継ぐ形で役職が決定していく。
長い付き合いなだけあって浩二に対するクラスメイトの信頼は厚い。それは昨年の文化祭の功績からしても確かなものだった。
去年の文化祭で浩二が脚本・監督を務めた演劇で学年最優秀賞を受賞し、体育館優先使用権を得ている。そのことはクラスメイトの信頼をより大きなものにした。
「じゃあ、改めて、仮決定した役職を読み上げるぞ」
・総合監督(八重塚羽月)
・衣装担当、演技指導(永弥音唯花)
・大道具担当(内藤達也)
・脚本担当(樋坂浩二)
・音響担当(手塚神楽)
常設のチーフ担当がこのように決まり、後は演目ごとに助監督やキャストなどはその都度相談して決めていくこととなった。
羽月は総合監督までは想定していなかったようだが、去年、このクラスで委員長をしていた生徒はすでにいないことから、羽月が適任ということで仮決定することとなった。
後日、生徒会から承認されれば、正式に活動が始まる。
これからの一年間でどれだけのドラマが新たに生まれるのか、そんなわくわく感の中、一度目の部活会議は幕を閉じた。