第十一話「唯花と研二」4
山場の撮影も終わり休憩に入る。、現場の緊張も緩やかに溶けて、和やかな雰囲気に変わっていく。
「大丈夫かい? 少し、疲れたんじゃないか?」
今のシーンがなかったかのように、いつもの調子で研二は唯花に言葉を掛ける、唯花はまだふらついた様子で、ゆっくりと立ち上がって、ようやく目が覚めるように思考が戻ってきた。
「いえ、大丈夫です。慣れないシーンで緊張してしまったのかも」
ざわついた思考を解いて唯花は視線を逸らし研二に言った。
これは演技、気がないことははっきり分かっていても、嫌悪感は消えはしない。
VR空間の中での視界と、現実に触れる感触と、曖昧に自分の中で混ざり合ってしまう。
まるで服の脱いでいるかのような感触、直に触れているかのような感触、演技でやらねばならないとはいえ、それは気分のいいものではない。
「それは配慮が足りなかったか。だが、そういう部分も含めて、よかったと思うよ。
慣れてしまって失う感性もある。それはバーチャルアイドル天海聖華にとっても、大事なものだろう」
アイドルという偶像の意味を通じてそれを研二は言ったのだろうが、唯花はそれを彼らしい言葉だと思うほど、黒沢研二という人間がどういう人間なのかを分かるまでになっていた。
(好きになれないように遠慮なく、素っ気なく振舞ってくれているのか、これが彼の本性なのか。
どちらにしても、今日のことは考えない方が身のためかも……)
まだ譲れない部分が感情の中に残っていることを唯花は実感した。
唯花は休憩のために一度、VR空間を離れてお手洗いに向かった。
ありがたいことにお手洗い場は無人で、目薬を差して、深呼吸をして気持ちを整える。
唇も乾燥して乾いていたので、蛇口をひねって水道水で口をゆすいで、ハンカチで拭いてから、再度リップクリームを塗った。
(底が知れない雰囲気、善か悪か判断付かない印象は変わらない。
でも、邪険に扱っていい相手ではないのは確か、信用するのは難しいけど、上手に付き合っていかないと……)
唯花は今一度、自分の方針を確認して、撮影スタジオに戻った。
*
撮影が再開され、演技をしている側、製作監督や編集をしているスタッフ側にとっても望み通りの充実した時間が続いた。
SF映画の人気は、その時代ごとに好まれる設定があるにせよ、堅調であり、今回も例に及ばず、近年好まれる傾向を踏襲しているものであった。
後半になればなるほど、アクションシーンが増えていき、盛り上がりが目に見えるようになると、スタッフのモチベーションも飛躍的に上がっていく。
「君は先に行くんだ、ここは俺が押さえる!」
「どうして?! 私一人が未来に行ったって何にもならないって分かってるでしょう?! 私もここに残る、だから、どうかあなたも一緒に行きましょう?」
「いや、ダメだ、君の命を守りながら戦える状況じゃない。
先に行くんだ、生きていれば、いつかまた会える」
市街地に銃弾が飛び交う中、地下にあるカプセルの中に彼女だけが入る。
カプセルを閉じ、スイッチを入れれば彼女の姿は消え、未来へと転送される。
「待ってるから!! 未来で、あなたの指定した座標で!!」
「あぁ、幸せにな。こんな醜い世界から、争いのない平和な世界にしてみせる」
ゆっくりと丈夫そうなカプセルが閉じられる。
カプセルを閉じ、別れを選んだ男の目に覚悟のほどが伺え、その目で心配するなと訴えかけてくる。
(……これが、黒沢研二という役者。迷いなく、時の止まるその時まで演者として演じ切る。これが、この演技力こそが羽月さんが彼を主演に選んだ理由)
唯花は自分たちがこれからクラスで演じることになる作品のことが頭に浮かんだ。
彼なら平然と、文句も言わずやり遂げることだろう。そんな未来が想像できた。




