第二十六話「私も人だから」3
隆之介
「晶ちゃん」
隆ちゃんが私の名前を呼ぶ、私は演奏が終わったのかと気が付いて目を開けた。
そのまま“おいで”と私が椅子に座れるようにスペースを開けてくれている、つまり、隆ちゃんは私と一緒に演奏したいということだろう。
晶子
「”隆ちゃんは私を置いていってはくれないの?
こんな立派な演奏をできるようになって、一人でも十分生きていけるのに。
私なんていなくても、充実したピアノコンクールに出来るのに。
それでも、私と一緒に演奏したいの?
凄いブランクだよ、ずっとピアノに触ってない、クラシックも聞いてない。
全然、隆ちゃんにとっては物足りないのに、私なんかと一緒でいいの?」
私は彼の気持ちを確かめようと、一つ一つ言葉を並べた。
彼は私が伝え終わるまで、ずっとスペースを開けたまま待っていた。
私の不安そうな顔色を見ながら、その清々しい表情で、サラサラの金色に輝くショートヘアの姿で。
ねぇ? どうして? そんなに光り輝くあなたが、どうしてそんなに優しい瞳で私を見つめるの? 恐れ多いよ……、ピアノを前にしてこんなに怖くて震える私のことを、どうして、ずっと待ってくれるの?
隆之介
「晶ちゃんと一緒が良いんだ。
だって、僕は晶ちゃんの奏でるメロディーに惹かれて。
楽しそうに演奏する、その姿に惹かれて、ピアノを好きになったんだから。
だから、ずっとそばにいて欲しい、ずっとピアノを続けていてほしい。
大好きな、晶ちゃんがずっと笑っていられるように、支え合っていきたいんだ」
恥ずかしいくらいの告白だった。
私は聞くに堪えない恥ずかしい言葉の数々に、耳まで赤くして、瞳を潤ませながら、その口を閉じてやろうと思いながら、勢いよく彼の隣に飛び込んだ。
大胆な私の行動に彼は驚きながらもピアノ椅子にすっぽりと私も一緒に収まるのを見守った。
心臓の鼓動まで聞こえてきそうな距離、隆ちゃんは平気そうに振舞っていても、緊張しているのがすぐに分かった。
隆之介
「付いてきてくれるかな?」
その言葉で私の心が揺れる。
身体が自然と疼いてしまっているのが分かった。
私はピアノが大好きで、隆ちゃんのことが大好きで、一緒に演奏したあの頃の時間がどれだけ幸せな時間だったかを、これでもかというほど思い出した。
私は溢れてくる衝動のままに強く頷いて見せた。
私の心は彼の前でどんどんと素直になっていく、こんな風にさせてしまう彼はなんて罪な男だろう、私は思わず笑っていた。
互いに手を鍵盤に添えて、息を合わせて二人の演奏が始まる。
ゆったりと静かに、始まった演奏は心地よさそのままに、段々と激しいものに変わっていく、それはあの日と同じように。
私たちは、あの日の記憶を思い出しながら、今この瞬間の演奏に入り浸っていった。
バッハもチャイコフスキーもモーツァルトだって、ずっと二人一緒なら疲れも忘れて、飽きることなく弾き続けられる。
身体に触れるように、心に触るように、ただ満たされていく時間が続いた。
*
二人の演奏シーンのBGMが流れる中、シーンはドラマチックな雰囲気そのままにその後も切り替わっていく。
再び回想シーンに入って、旅立つ佐藤隆之介の引っ越し前に会う二人のシーンが描かれる。
何度も家で光と練習した一緒に演技をするシーン。
二人きりの部屋で、最後の二人での演奏。
忘れられない思い出を刻むように、好きな音楽を演奏し、シーンの最後ではキスシーンが繰り広げられた。
実際に演じる光とキスをしたわけではないが、演出上それと分かるように描かれている。
その次のシーンでは晶子がピアノコンクールに出場することを決意しその思いを式見先生に告げる姿が描かれた。
その後、真っすぐに同じ目標に向かう二人は予選を勝ち上がり、そして最後のシーンであるピアノコンクール本選の演奏シーンへと切り替わっていく。




