第二十五話「震災の記憶と」5
名残惜しくも長時間いても晶ちゃんの身体に良くないと思い、病室を出ると、そこには式見先生と担当医師が何やら立ち話をしていた。
隆之介
「お疲れ様です」
二人を前にした俺は丁寧にお辞儀をした。
式見
「もう、いいのかしら? せっかくの再会なのだから二人きりでと思って外で待っていたのだけど」
隆之介
「やっぱり、そういうことでしたか、薄々はそんな気はしてましたが」
式見
「だって、4年ぶりでしょ、喜んでくれた?」
隆之介
「そうだといいですけど。あの、一つ聞きたいのですが、晶子さんをピアノコンクールに誘ったのですが、断れてしまって……、晶子さんはピアノを弾いてはくれないのでしょうか」
式見
「自信がないって言ってたわね、ピアノを弾く」
式見先生はあっさりとした口調で答えた。
隆之介
「それは、どうして?」
式見
「後遺症のことがあるから、満足に自分の演奏が出来ないのを恐れているのよ。
そういう姿を、あなたにも見られたくないと思うのは、あると思うの」
晶ちゃんが将来何を目指すかは分からないが、本気でピアノに打ち込んできたものであれば当然のことなのかもしれない。
隆之介
「そうですか……、その、治らないのですか?」
晶ちゃんの今の心境を察すると後遺症のことを聞くのは本意ではなかったが、それでも聞かずにはいられなかった。
式見
「先生、答えてあげてもよいのではないですか? 彼女のためにも」
医師
「そこまで言うのでしたら、やむを得ないですね。
四方さんは震災による精神的なショックで片耳が聞こえず、声が出せない容体です。何かのきっかけで戻ることはありますが、無理をしないのが一番です。
一度トラウマになってしまったものを刺激させてしまうと、負担になるでしょう」
医師の言葉を聞きながら、自分に何ができるのかと考えていた。
震災の後で似たような後遺症を持つ人が一定数いることも、医師はその後も教えてくれた。
晶ちゃんはどんな気持ちで今、いるのだろう。考えれば考えるほど、重苦しい気持ちなった。
そんなことを考えていると式見先生は口を開いた。
式見
「隆之介君、しばらく晶子ちゃんは私のところで預かろうと思ってるの。
両親を亡くして、元の家も半壊していて住める状態ではないし、仮設住宅に一人住まわせるわけにもいかないから。幸い私の家は無事に住める状態にあるから」
隆之介
「晶子さんはそれを、もう知ってるんですね?」
式見
「ええ、もう話してあるわ。それが晶子ちゃんにとって最良だと思うから」
現実の厳しさを知り、自分の気持ちの浅はかさを痛感した。
両親を亡くして、声を失くして、耳も不自由になって、晶ちゃんは今、壊れそうな現実の中をなんとか生きている。
そんな中で、ピアノコンクールのことなんて、考えられないだろう。
隆之介
「どうして……、どうして、晶ちゃんがこんな酷い目に遭わなきゃならないんだっっ!!!」
言いようのない苛立ちが零れる。考えるのも嫌になる、現実を直視すればするほど、辛い気持ちになってくる。
晶ちゃんは、ピアノが好きで、いつも幸せそうに笑いかけてくれる、優しい女の子だったのに……、どうして、彼女の平凡で普通の幸せさえも、こうも簡単に奪ってしまうのか、俺はやり切れない気持ちでいっぱいになった。
式見
「いいのよ、会いに来てくれただけでも、あなたは立派に晶子ちゃんのためになっているわ」
式見先生の慰めの言葉も、今の俺には受け入れられず、苦しい気持ちになるばかりだった。
それでも、自分にはピアノしかない、晶ちゃんにしてあげられることは。
だから俺は、少しでも前向きな気持ちになれるよう、晶ちゃんのために演奏する。
自分の演奏が余計に彼女を苦しめてしまうかもしれないが、だとしても自分は彼女の心を癒せるような演奏を、気持ちを込めて精一杯やりきるしかない。
*
黒沢研二の演技力が光る感情の込められた真剣な演技に、会場中が心締め付けられるような空気感が広がった。
一気に場の空気を惹き付けるような人を心深くまで揺さぶる演技に、会場中が静まり返り、落ち着く間もないまま次のシーンへと切り替わっていった。




