第二十五話「震災の記憶と」4
オーストリアのウィーンに家族と暮らす俺はニュースで日本で発生した大震災のニュースを知り、家に帰ってから急いで晶ちゃんが無事かどうか調べた。
俺が晶ちゃんと呼んでいるフルネーム四方晶子はずっと大切に想い続けてきた人だった。
4年前の小学校卒業以来会えていないが、ずっと気になっていた女性だった。
この遠方からでもリアルタイムで情報は更新されているが、日本国内では混乱は続いているようで、震災から時が流れても脱水や電気の通っていない地域も依然としてあり、混乱は続いている。
晶ちゃんが生きていると信じて、彼女の居場所を突き止めるまでの間に、彼女の両親の悲報まで知ることになり、晶ちゃんの心中を察する思いで心を痛める中、俺にとっても先生であった式見先生から彼女のいる病院の場所を知った俺は、急遽急いで晶ちゃんの元へと向かうため、飛行機に乗った。
——————早く無事を確認したい、早くこの目で確かめたい、はやる気持ちの中で入院しているという病院に入った。4年ぶりに晶ちゃんに会えるというドキドキと緊張で病院の中に入っても速足のまま、病室の方へと向かう。
何を最初に話そうか、シミュレーションは何度も頭の中でしてきたが、それもなかなか定まらない。
でも、まずは無事でいてほしいという期待と不安が入り混じる中、病室の前の表札に四方晶子と表記されているのを瞬きをしながら今一度確かめて、会いに行く覚悟を決めると、俺はゆっくりと病室に入った。
隆之介
「晶ちゃんっっ!!」
個室になっている病室の中に入り、晶ちゃんの顔を見ると思わず大きな声が出てしまっていた。
俺が来ることを知らなかった晶ちゃんはピクリと反応して、俺の方に振り返ると、俺を見て呆然と眺めたままで反応できないようだった。
俺はベッドの方まで駆け寄って、膝を落として薄ピンク色の病衣を着た晶ちゃんの高さに合わせて話しかけた。
隆之介
「佐藤隆之介だよ、会いに来たんだ、ここにいるって聞いて」
俺が話しかけると晶ちゃんは、動揺が広がっているのか信じられないという表情をしながら口をパクパクと落ち着きなくさせていた。
式見
「“会うときは気を付けてね、後遺症で声を出せなくなっているから”」
式見先生と電話したときにそう事情を聞いていた俺は、胸が苦しくなると同時に信じたくない気持ちでいっぱいになったが、こうして話しかけてみて、それが本当のことであると痛感した。
隆之介
「ごめん、無理しなくていいよ、まずは落ち着いてっ」
俺は晶ちゃんをびっくりさせてしまったと思い、無理させないようにと急いで伝えた。
それを聞いた晶ちゃんは大げさに頷きながら、次には俺の胸に飛び込んできて、大泣きを始めてしまった。
声にならない涙声を発しながら晶ちゃんは泣き続ける。痛かったのだろう、苦しかったのだろう、寂しかったのだろう、連絡もロクに取れなかったから忘れられてしまっていると心配に思っていたのもあるかもしれない。俺は罪悪感を憶えながら、少しでも晶ちゃんの気持ちが救われるようにとギュッと抱きしめ返した。
力いっぱい身を寄せてくる晶ちゃんの温かくて、柔らかい少女の身体。女性的な体付きをした新鮮な感覚に、抵抗できない刺激を覚えながら、俺は懐かしい気持ちになった。
晶ちゃんが泣き止んで、身体を放すまでは長かったが、ギュッと抱きしめていられる時間は、4年間の空白を少しでも埋めていくようで、今まで生きてきた中で一番幸せな時間だった。
急なことで迷ったが、ここまで会いに来て本当に良かったと心の底から思った。
晶ちゃんの気持ちが少し落ち着いたところで俺たちは話しをした。
タブレット端末を取り出した晶ちゃんは慣れた手つきで文字を入力して、時々俺の方を向いて顔色を窺いながら、音声の読み上げソフトで入力した文字を流す。
その健気な様子にこれからは大切にしなければという気持ちが溢れてきて、俺は出来る限りの優しさで、時間の限り晶ちゃんと接することにした。
晶子
「“突然来るから、驚いたよ”」
隆之介
「そうだね、ごめん」
晶子
「“ううん、とっても嬉しい。でも別人みたいでビックリした!”」
隆之介
「そうかな? 晶ちゃんも変わったと思うけど」
晶子
「“本当? こっちは隆ちゃん、すっごく大きくなっててビックリしたよ! 4年前は5cmも変わらなかったのに、すっかり大人になってる!」
変わらない部分、成長して変わった部分、そのどちらもいざ再会すると感慨深く、愛おしく映った。
隆之介
「そうかな? 身長だけ伸びてまだまだガキみたいなところあるけど、晶ちゃんは大人っぽくなったね」
晶子
「“本当に? 大人っぽくなってるかな? 4年前とどこが変わった?」
隆之介
「う~ん、いろいろ?」
晶子
「“何か怪しい”」
隆之介
「いや、そんなに追求しなくていいじゃない。
それよりさ、聞いてほしいことがあるんだ、今度のピアノコンクールに出ようと思うんだ。それで今、早めに日本に帰国してるところなんだ」
晶子
「“今度のって、18歳までの学生が沢山参加するコンクールかな?”」
隆之介
「うん、それでさぁ、これからエントリーするところだから、よかったら、晶ちゃんも一緒にエントリーしないか? 一緒にまたピアノコンクールに出ようって約束してただろ?」
俺はピアノコンクールへ一緒に出ることで、晶ちゃんを元気づけられたらと思っていた。
今まではすぐに文字を入力していた晶ちゃんの手が止まった。
時折、気恥ずかしそうに髪をいじる仕草をする手も一緒に止まっていた。
やっぱりまだ話すのは早かったかなと俺は後悔した。
晶子
「“ごめんなさい、私は無理”」
表情を曇らせながら晶ちゃんはそれだけを入力し、再生した。
その心の内は曇っていて分からなかった。
隆之介
「それじゃあさ、練習見に来てよ、久しぶりに演奏聞かせたいから」
俺はなんとかそれだけを伝えて晶ちゃんの承諾を得た。
震災のこともあり、再会したばかりで心の整理を付けるのには時間がかかると、俺は考えた。
*
私は小学生時代と衣装を変えただけで大きな変化もないまま4年後の高校生時代を演じる一方、佐藤隆之介役は高校生時代には黒沢研二に代わっている。
光と比べれば身長も高く、実年齢は同じでありながら大人な体格や顔立ちをしている黒沢研二の配役はクラス中が支持している。
声だって光は中性的だから、黒沢研二がはっきり声変わりをしたと分かる低音を出すと一段と成長が理解しやすくて様になっている。
佐藤隆之介役の黒沢研二が登場した瞬間、会場のざわめきが演者側にまで伝わった。
その人気ぶりはどこに行っても変わらない上に、役は実年齢よりも若く、台詞の口調も含めて好青年を絵に描いたもので、あまり普段演じることのない役であるだけに、普通の女子であればときめいてしまうのも納得するところだ。
相手役の晶子を演じている私のことを見て、さぞや観客のほとんどは役得だと思っているだろうが、私の方は振り回されっぱなしで大変な事ばかりだ。
私を初心者と分かって挑発したり、急に色っぽい演技をしてきたりするのは明らかに悪意があるとしか思えない。
その甲斐あってかは不明だが、あまり本番で上がらずに済んではいるが、それにしても大変な練習の日々だったことは伝えておきたい。




