第二十五話「震災の記憶と」3
その日、高校生の私はいつも通りに高台にそびえる学校に向かい、加工食品メーカーに勤める両親は漁港近くにある工場へと出かけていきました。
何の変哲もない一日が今日も始まる、誰もがそう信じていました。
私は今日、何の曲を練習しようかなとピアノのことばかり考えながら学校へ向かい、いつか海外で暮らす隆ちゃんに再会できる日を夢見ていました。
ですが突然、大きな地震が私たちの暮らす太平洋沿いにある海辺の町に襲い掛かったのは昼過ぎのことで、大きな津波が来るからと、警報が町中に鳴り響き、町の人々は慌てた様子で家を飛び出して、高台に避難していきました。
平穏な一日が大地震と共に一瞬のうちに一変し、日本中に激震が走り、町は至るところでパニック状態に追い込まれていきました。
私のいた学校は地震直後から大混乱になり、叫び声やら悲鳴やら、必死に無事を呼び掛ける声が飛び交い、状況把握が難しい状況となりました。
地震で怪我をした生徒を最優先に先生たちは奔走して対応していて、間近に迫った津波への対応にも急がねばならず、事態の早期な対応に明け暮れていました。
そして、非常事態が続く中、大きな津波が学校を襲い、校舎は無残にも破壊され、なんとかこの状況でも生き残ろうと、教職員たちの誘導により、屋上への避難が進められ、多くの生徒や教職員が屋上まで辿り着いて集まると、目の前では現実とは到底思えないほどの大津波によって町が飲み込まれている光景が広がっていたのです。
*
―――それは鮮烈なファンタジーのように、現実感のないまま、私たちの町を飲み込んでいきました。
奈落の底に落とすように、命を刈り取るように、一つ一つ、波に流され、海に飲み込まれ、命が奪われていく。
多くの人が帰らぬ人となり、住む家も失っていった。
そんな中で、私もまた地震と津波の恐怖に襲われながらも生き残ることが出来ました。
映像を何度見ても、その規模の大きさから自分が生きているのが本当に不思議なくらいでした。
その時の私の記憶はどこか朧気です。
地震が発生した時、私はピアノにもたれ掛かってうたた寝をしていました。
避難しなければ危ないと思い、階段を走り上がっていた記憶はあります。
でも、それ以上の記憶はどうしてかありません。それから先、何があったのかは誰も知りません。しかし、どこかのタイミングで意識を失ってしまったのです。
再び意識を取り戻した時、私、四方晶子は病院の白いベッドにいました。
未だに大勢の人が行方不明と知り、本当にこれが現実に起きたことなのだと実感しました。
私は震災の後遺症からか、声が出なくなり、片耳が聞こえなくなりました。
それも記憶が欠損していることと関係のあることかもしれないと思い、受け入れる他ありませんでした。
死ぬよりはマシだと考えるべきなのでしょうが、打撲傷もまだ多く残って痛みのある中、この現実を受け入れることはとても辛いです。
病院で私が入院していることを聞きつけた、私のピアノ講師をしてくれている桂式見先生が見舞い来てくれました。それは、ただの見舞いではなかったのですが、でも、家族や友人たちの無事も確認できなくて心細い気持ちでいっぱいだった今の私にはとても嬉しいことでした。
式見
「ここにいたのね。病院中探しちゃったわ」
私の現状を察して努めて明るい声といつもの笑顔で接してくれる式見先生を見て、傷ついた心を癒されると同時、私は返事をしなきゃと焦りながら、慌ててタブレット端末を取り出して、文字入力をして、“音声読み上げソフト”で再生した。
晶子
「“先生も無事でよかったです”」
あまり病室ではタブレット端末に内蔵されているスピーカーの音量を大きくは出来ないのだけど、事情が事情だけに話し声程度のボリュームであれば私には遠慮せずに使ってほしいと先生や看護師からも言っていただいていた。
式見
「不自由させてごめんなさいね。辛いと思うけど、大事なことを伝えなきゃならないのよ」
一瞬、これ以上辛いことがあるのかと心の奥底で思ったがぐっと私は堪えた。
みんな苦しいのを耐えて避難生活を過ごしているのを私は知っているから。
生きているだけで感謝しなければならない状況なのだ、必死に救助してくれた人やお医者さんや看護師さんのためにも、子どものような泣き声を言うわけにはいけないと私は思った。
式見
「ご両親なのだけど、別の病院に搬送されて死亡が確認されたわ。
だから、先生がしばらく晶子ちゃんの面倒を見ようかって話しをお医者さんともしているの、少し考えておいてくれるかしら?」
私は先生の言葉を聞いてズンっと来るような動悸と頭痛を感じながら、なんとか頷いた。
信じたくはないが、先生がここに入ってきた時点で、そんな気はしていた。
*
式見先生役の唯花さんの演技は息を呑むほどに圧倒的に凄くて、私は流石だなと痛感した。
本番慣れしているのもさることながら、凄く台本を読み込んで動きの一つ一つまで説得力がある。
晶子の病室の花瓶に持参してきた花を活けるのも自然かつ色っぽく見えてしまう。
ナレーションでの震災の様子の話しから病室での会話シーンに入る頃には会場中が私たちの演劇に見入った様子で見守ってくれていた。
見てくれている人がいるというだけで、段々と安心感を憶えてきて、演技にも集中して熱が入ってくる。
原作や映画では病院に搬送された両親との対面シーンがあったが、そのシーンは脚本段階でカットされた。
そして、シーンは病室パートの続きへ進み、いよいよ佐藤隆之介役を務める黒沢研二の出番の時が来た。
毅然とした態度で緊張している様子は見えないが、気合いの入りようは、これまでの彼の姿を見てきたものには十分に感じ取ることができた。




