第二十五話「震災の記憶と」2
予定よりも公演開始時間が先延ばしになりながらも、多くの観客が残り、舞台上では緊張で張り詰めた空気の中、配置についた知枝と光の姿があった。
ゆっくりと幕が上がり、観客席から大きな拍手が鳴り響いた。
開催自体が危ぶまれながら、なんとかこの時を迎えた劇場。
舞台上にはプロジェクターによって映し出された桜吹雪の背景。
そしてそれをバックに、スポットライトを浴びた知枝と光の姿が観客たちの眼前に現れ、いよいよクラス委員長である羽月たち率いる演劇クラスの出番が始まりを告げた。
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演目:震災のピアニスト
監督・脚本:八重塚羽月
演出:樋坂浩二
キャスト
四方晶子=稗田知枝
佐藤隆之介=黒沢研二
桂式見=永弥音唯花
担当医師=内藤達也
佐藤隆之介(小学時代)=水原光
制作:演劇クラス一同
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隆之介
「卒業おめでとう、晶ちゃん。長いようで、あっという間だったね」
晶子
「うん、本当だよね。卒業おめでとう。隆ちゃん」
桜吹雪の舞う体育館の外で、卒業生である私たちは見つめ合う。
二人が出会ってからはわずか二年ではあったが、思い出は数えきれないくらいにいっぱいあった。
晶子
「隆ちゃん、終わっちゃったね」
隆之介
「うん、晶ちゃんの最後の演奏、凄く良かった。次に会う時まで、ずっと覚えてるよ」
卒業生が退場するときに流すピアノ演奏をした私を隆ちゃんは労ってくれた。
卒業証書を片手に、私と隆ちゃんは体育館を出て校庭で二人並んで、思い出に浸っていました。
桜吹雪の舞う快晴の陽気となった卒業式の日、二人並んで眼前に佇む校舎の姿を目に焼き付けていました。
今日で卒業し、もうここに通うこともなくなり、晴れて私達は中学生になる。
そして、明日には隆ちゃんは音楽留学の為、海外に旅立ってしまう。
別れの時が刻一刻と迫っていました。
前々から私と隆ちゃんの仲の良さとピアノの演奏を知っていた在校生や先生方は、私たちのために、卒業式でピアノを弾く機会をくださりました。
二台のピアノを使い、二人でするピアノデュオ、卒業式という晴れの舞台で披露するそれもまた、一生の思い出となりました。
今はそれも終わって、熱を冷ましながら、感傷に浸っている真っ最中です。
晶子
「でも、喜んでもらえてよかったね。色んなことがあったけど、今日で最後なんだね、ここに通うのも」
隆之介
「長いようで、あっという間だったね」
私と隆ちゃんは小さい頃からの幼馴染で、お互いピアノが大好きで、一緒にコンクールにも出ました。
桜吹雪に身を寄せながら時の流れの感傷に二人浸る。
出会いもあれば、別れもある、そんな当たり前のことを改めて強く感じます。
思い出は本当に数え切れないくらいにたくさんあります、ずっと忘れられないほどに。
隆之介
「晶ちゃんもピアノ続けるんだよ、一緒にまたピアノコンクールに出て、入賞するんだから」
晶子
「うん、頑張るよ。隆ちゃんの方が頑張り屋さんだから、上手になれると思うけど」
新天地でこれからさらにピアノの腕に磨きをかけていくことであろう彼の姿をこの目に刻み込む。この幸せそうな笑顔を見られるのも明日が最後、信じたくない事だけど。
でも、私たちはきっと、お互いにピアノを続けている限り、また会える。
再会して、一緒に笑ってお話しできる日がきっとまたやってくる。
そうして、いつまでも永遠に隆ちゃんのそばにいられると。
―――――そう、ずっと信じていました。
隆之介
「晶ちゃんがいてくれたから、ここまで頑張れた。海外に行ってもっと勉強して、頑張りたいって思えた。全部晶ちゃんのおかげなんだ」
晶子
「うん、ありがとう。私はね、そういう真っすぐな隆ちゃんのことが好きだよ。
だから、ずっと……、ずっと、忘れないで」
思い出は思い出のまま永遠に変わることなく、私の記憶の中で生き続ける。
眩しかった日、そんな日のこと。
それから、時は瞬く間に過ぎていき、時の流れの中で、約束は置き去りにされていった。
そして、4年間もの間、私たちが再び会うことはなかった。
*
眩しく熱いスポットライト、緊張したまま最初のシーンが終わり、一度照明が落とされ、慌ただしくシーンが移り変わっていく。
思ったよりもずっと観客席が近く感じられて、観客の表情までがはっきりと見えて、思わず緊張が高まってしまう。
光は演技が終わってしばらく出番がないこともあり、落ち着いた笑顔で私を励ましてくれるけど、私は初めてづくしでずっとアタフタしていて、クラスメイトがシーンの切り替えに慌ただしくしている中、何もできずにてんやわんやしている。
ナレーション部分は収録したものを流しているだけとはいえ、この舞台上で自分の声を直接聞くのは恥ずかしいことこの上ない。
なお、ナレーションは収録部分もあれば、生演技の部分もあるので、ちゃんと言い間違えをしないように集中しなければならない。
私は次にシーンに向けての準備に入る。
衣装チェンジは常に急ピッチで行われるので、大変で仕方ない。
女子生徒たちの手により、着替えの完了した私は、次のシーンへとスタンバイに入った。
舞台袖で私の事を見守る羽月さんと浩二君にアイコンタクトをしてから、私は今一度「大丈夫」と自分に言い聞かせて、息つく間もないまま呼吸を整えた。
少しずつだけど、この生の演技で繰り広げるワクワク感も素晴らしいものだと、感じ始めていた。




