第二十四話「死地を駆け抜けて」5
「もうっ、あの子はまだ来ないの?」
せっかちな様子でアンリエッタは演劇クラス一同に混じって愚痴っていた。
隣には委員長の周防圭介も一緒で、出番の終わった彼らは知枝の不在を聞きつけて居ても立っても居られず、演劇クラスの控え室の方までやって来ていたのだった。
「フォーシスターズも欠席するし、こんな形で終わってしまっては何も嬉しくなんてありませんわ! しっかりお互い力を出し尽くした上で、私が勝たなければ、意味なんてないでしょうに!」
ぷんぷんと不満げな様子が周りからもすぐ分かるほどにアンリエッタは目立っているが、最も気が気でないのは演劇クラスの面々であった。
「……連絡は来て、無事ってことだけど、ギリギリね」
羽月は無事の知らせを聞き一度ホッとした気持ちにはなったが、会場まで急いで来るとのことなので、会場のセットを進め、準備をしながら間に合ってくれるのを緊張した心地で待っているところだった。
「でも、舞が怪我をして病院に送られてるのは心配かな……、迷惑かけちゃったから舞台が終わったらお見舞いに行かないと」
すでに着替えを済ませて羽月の近くにいた光は話しに参加した。
「私も心配だから一緒に行ってもいい?」
光の言葉に唯花も心配そうに入ってくる。
「うん、唯花さんが一緒なら喜ぶと思うよ」
笑顔で答える光、舞が怪我をした経緯など気になることはあったが研二も先に到着していたので、後は知枝と浩二がやってくるのを待つだけだった。
そして、待つのもいい加減辛くなってきた頃、急いで走って来るのが遠くからでも分かるくらいに、足音が近づいているのが羽月たちにも分かった。
「お待たせしました!!! お騒がせしてすみません!!」
ポニーテールの髪を揺らしながら公演中止ギリギリの時間にやってきた知枝、知枝が到着するや否や、一斉に知枝の元にクラスメイトが集まって歓迎した。
クラスメイト達の不安で虚ろな表情が一気に明るい笑顔へと変わっていく。
歓迎ムードの中でクラスが一つになっていく感覚を確かに全員が感じながら、知枝はこの場に到着を信じ我慢して待ってくれていた人々に感謝を込めてお辞儀をして、いそいそと準備のために控え室の奥の方に向かい、衣装の着替えに入った。
――――――いよいよ幕が上がる。
会場では何も知らずに舞台の幕が上がるのを心待ちにする観客が続々と着席し、その時を待つ。
舞台袖では緊張が高まる中、役者たちがスタンバイに入り、その瞬間を待つ。
「いよいよね」
「あぁ、やっとだな」
舞台袖、衣装に着替えスタンバイする役者たちの後ろで羽月と浩二は感慨深げに今この時を見守っていた。
「約束への一歩」
羽月が呟く。
ずっとこの時のために、一か月近い期間、止まることなく羽月は準備を続けてきた。
「やり遂げてくれるさ、後は信じよう」
浩二は前を向いて、自信に満ち溢れたやりきった表情で舞台の方を見ている。
「浩二は、こんな気持ちを今まで何度も味わってきたのね。
不思議、自分で体感するまで、全然分からなかった」
こうして経験することで、浩二がどれだけ演劇を好きであるか羽月はよく分かった。
自分も同じように好きになる感覚を思い知ってしまったから。
そして、開演の合図とともに、照明が一斉に消え、会場が静まり返る中、ゆっくりと幕が上がり、この時を待ちに待った会場は大きな拍手でこの瞬間の訪れを歓迎した。
それぞれの想いを胸に、始まる舞台。
それを、たくさんの人が見守る。
浩二や羽月、漆原先生や演劇クラスのクラスメイト達。
アンリエッタや周防圭介などの映像研の面々。
水原家の両親や永弥音家の両親に、真奈の姿も客席にはあった。
知枝は幕が上がり、舞台の上から初めて観客の入った会場を目にし、いよいよ本番が始まることに、熱い興奮を覚えながら心を込めてこの”震災のピアニスト”を演じ切ることを誓った。
この第二十三話から第二十四話辺りは特にオールスター感を意識しつつ、それぞれの活躍シーンを出しつつテンポ感早めで豪華に描いていきました。
いよいよ次回から舞台演劇が始まる第二十五話「震災の記憶と」に入っていきます。
自分なりに演劇をどう小説で見せるのか、考えて自己流で仕上げてみたので、是非楽しみにしていてほしいなと思います~!




