第二十四話「死地を駆け抜けて」4
「樋坂君、気付いてないと思うから話そうと思うのだけど。
実はね、樋坂君と出会ったのは私が凛翔学園に転校してきてからじゃないの」
この際だから、話しておこうと私は思った。
本当は樋坂君の方から先に気づいてほしかったけど。
「あぁ、商店街で旅行用カバンを追いかけてた時のこと?」
樋坂君は私が話そうと思っていたこととは、あまりにかけ離れた言葉を反射的に返してきた。
「えっ?! あの時見てたの?! そ、そのことじゃないよっ!! 恥ずかしいから、そのことは忘れて! この街に初めて来て舞い上がってただけだからっ!! 絶対絶対絶対だよ~!!」
私は恥ずかしさのあまり腕をブンブン振ってお願いした。
どうして、今になってあの時のことを思い出す羽目になるのかと思い、恥ずかしくなった。
「そんなに必死にならなくても……」
樋坂君はこう言ってくれるが、私にとっては重大な失態なのだ。
「そうじゃなくて……、私、実は4年前の樋坂君のご両親の葬儀に参列しているのよ。
今まで話せなかったけど、祖母の代行として」
私はこのままでは話が逸れてしまうと思い、話そうと思った本当のことを告げた。
「そうだったのか……、あの時はまだ真奈も小さかったし、大勢来てバタバタしてたから、よく覚えていないんだが、来てくれてたんだな……、でも、どうして?」
樋坂君にとっては不思議なことだろう、きっと、私たち稗田家とは無関係だと思ってきただろうから。
「これが一番重要な事かなって思うんだけど、私は病気を患って入院してる祖母の代わりに参列したのだけど、それは樋坂家とは親戚関係だからなの」
私の祖母の妹は樋坂君の母親を産んだ人だった。
だから私自身も樋坂君とは血縁関係となっていて、親戚なのだ。
「じゃあ、俺と稗田さんとは親戚関係なのか……」
私が改めて説明すると、樋坂君は驚いている様子だった。
「そういうこと、舞や光とはちょっと遠いけど」
「そっか、だから、稗田さんが捕らわれてるマンションの部屋がどこか、何となくわかったのか……」
樋坂君は腑に落ちたように言葉を溢し、私の親戚関係であることに納得したようだった。
「そうだと思う、驚いちゃうよね。生体ネットワークって私は不思議な引力だなって思ってるの。相手との関係性で強く結びついていたりしていて」
生体ネットワークの研究過程から、私の持つようなテレパシー能力も参考にされているのだからそれは当然なのだけど、そこまで説明するのは秘匿とされているので無闇に話すことの出来ないことだった。
「そういうロマンチックな考えも、いいかもな」
ロマンチック……、そういう風にも考えられるのか、私は樋坂君の言葉になんとなく納得したのだった。
会場が迫ってくる、今話しておきたかったことは大体話せたと思う。
後は私の個人的なお願いだけだった。
恥ずかしいけど、この際だ、もう一歩踏み込んで、勇気を出そう。
「出来たらでいいんだけど、私のことはこれから、名前で呼んでくれたら嬉しいなって」
親戚であればこそ、赤の他人のような関係から一歩進みたいと思った。
いや、本当は自分にそう言い聞かせているだけで、ただ求めているだけなのかもしれない、より親密な関係を。
「いいよ、それで、自信を持って舞台に立てるなら」
「うん、私、精一杯頑張るよ、だから……」
「うん、本当によかった、無事に舞台に立てそうで。これからもよろしく、———知枝さん」
樋坂君が私の名前を呼んだ。目の前にある唇を今までよりずっと意識して、近くに感じてしまう。
胸がドキドキする、感じたことのないような感覚だった。
「さんはなくていいかなっ! 他の人を呼ぶみたいに呼び捨てにしてくれた方が嬉しい」
「——————そうか? それじゃあ、知枝」
私は自分から何とわがままなことを言わせているだろうと改めて思った。
そんなことを思いながら、ただただ、私は火が出そうなくらいに頬を赤らめ、幸せな気持ちでいっぱいだった。
「—————————うん、ありがとうだよ、浩二君」
私はお返しに樋坂君のことを名前で呼んだ。
顔が真っ赤になるほど変な気持ちになって、こんなに積極的なことを勢いに任せてしでかしている自分は誰なんだと疑いたくなった。
そうこうしている内にタクシーが会場近くまでやって来た、もうすぐ、この二人きりの時間も終わる。
「もう、会場だな。俺は裏から見守る事しかできないけど頑張って」
そして浩二君は“あの黒沢と舞台に立つのは心配だなぁ”と言ったが、私は“たぶん大丈夫だよ”と、心配かけないように返事した。
さっきのリビングでのやり取りもあったので心配してくれたのだろう。
私も黒沢研二のことをやりやすい相手とはこれっぽっちも思ってはいなくて、練習でもなかなか堂々と思い切った演技は出来ないでいるけど、彼の実力は申し分なく、演技に入ると人が変わったように正確に役に入りきるので、自分もそれに負けないように、役に入りきって精一杯食いついていっているのが現実だった。
あっという間に感じるタクシーでの時間を終え、少しは休憩することのできた私と浩二君はタクシーを降りて足を踏み出し、再びに会場に入り、舞台裏の控え室まで向かった。
私が無事であることや舞のこと、黒沢研二のこともまとめて浩二君が車内で連絡をしてくれたので、私は少し間、気を楽にすることが出来た。




