第二十四話「死地を駆け抜けて」3
マンションから降り、急いでタクシーの後部座席に乗り込み、私と樋坂君は二人きりになった。
行き先を告げると、音声入力に従いタクシーは走り出し、ようやく安堵して静寂が流れるが、私は落ち着かない気持ちで顔をずっと伏せていた。
偶然とはいえ、あの騒ぎがあった後に二人きりになり、落ち着いていられるはずがなかった。
「稗田さん……?」
「あっ、ごめんなさい」
私は樋坂君の声に気づいて彼の袖から手を放した、小動物のようにずっと握ってしまっていたらしい。
色んなことがありすぎて、情報過多になりすぎて気持ちが追いついていかない。でも、私は樋坂君には説明しなければならない、きっと、今を逃せば、すれ違ってしまうかもしれないから。
誤解されたくない、警戒心を持たれたくない、そんな気持ちが私の中を支配していた。だからずっと袖を握ったままいたことにも気付かなかったのだ。
この私の内にある不安は、きっと、樋坂君にちゃんと理解してもらう形でしか解消できない、話さなければならないことは山ほどあるが、会場に辿り着くまでそれほど説明する時間があるわけではない。今更ながら、彼としっかり向き合って来なかったことを後悔してしまう。
樋坂君も遠慮してきたことだろう、私の抱えている稗田家の存在の重さに薄々気付いているかだろうし。
きっと、だから彼は私に自分から聞いてくることがなかったのだろう、プリミエールのことも、私の持つ非科学的な超能力のことも。
「大丈夫か? 顔色、あまり良くないけど。それは、あんな怖い目に遭った後じゃ、仕方ないことかもしれないけど」
樋坂君は私の事を心配してくれている、あれほど大変な目に遭遇した後で。でも、それはそうか、私はこの後舞台に立つ主演なんだから。責任感の強いところがあるのは昨日のことでも分かっていた。
でも、怖くないのかな……? 私の事を。
それを考えると胸が苦しくなる、樋坂君にはそういう目で見られたくないな。
タクシーが地下トンネルを走行する中、私は覚悟を決めて、限りある時間の中で一つずつ話をする覚悟を決めた。
「あのね、プリミエールは私のお世話係というか教育係で、今は秘書をやってくれてるの。
他にもいろんなお仕事を請け負ってるから、小さい頃のように付きっきりでいるような関係ではないけど、私の事を陰から見守ってくれてる、そういう存在なの」
横目で樋坂君の表情を私は伺いながら慎重に説明した。樋坂君は私の話しを黙って聞いてくれた。
「説明、してくれてるのか?」
「うん、プリミエールも私の、稗田家の人間だから」
プリミエールは父とも仕事をしている、そういう意味では稗田家の人間の一人だった。
「俺はよく分からないけど、稗田家って凄いんだよな」
「そうだね、大きな財閥だから。今はもう、私は自由に色々とやらせてもらってるけど、いずれ父と向き合うことになるかなって思ってる。私の父が大きい権力を持ってる、今のトップだから。
忙しい人だから、ほとんど会ったことなんてないのだけど」
自分の事を話そうとするとつい暗い話になりがちで、自分が嫌になる。こんな歪な環境の中にいる私を見てほしいわけじゃないのに……、私は誠意を伝えようと顔を上げて、樋坂君のことを見た。
「樋坂君、ありがとうね。助けに来てくれて、私、本当に凄く嬉しかったよ。
樋坂君は舞とも仲良しで、一緒に付いてきてくれたのは嬉しかった、舞は無鉄砲だから、一人にしちゃいけないって思ってきてくれたんだよね。
せっかく来てくれたので、舞が怪我を負う結果になったのは申し訳ないけど」
時間が限られる中、少しずつ私は伝えたい言葉がちゃんと伝えるような精神状態になれた。
「俺は舞に付いてきただけだよ。クラスで一番暇なのは俺だしな」
「そんなことはないと思うけど」
私は樋坂君の言葉に頬を緩めて、控えめに笑顔を彼に向けた。
頼りになる樋坂君のことを直視するのは、まだ照れ臭かった。
「でも、驚かせちゃったと思うから、本当にたくさん、樋坂君には、少しずつでいいから、私のことを知っていってほしいの、いいかな?」
私は出来るだけ優しい声色で彼を見つめながら言った。告白をしているような気持ちになって恥ずかしさが込み上げてくる。樋坂君が私の視線に合わせて私を見て、狭い車内で見つめ合うような状況の中、そっと口を開いた。
「いいのかな、俺なんかじゃ役に立てないと思うけど、さっきの騒動でも俺は何も出来なかったしな」
樋坂君は真剣な表情からは少し緩んで、でも自分の力のなさを悔いているようだった。
「いいんだよ、私はね、樋坂君にはずっと、“普通の人間でいてほしいから”」
私は自分のことを”化け物”と言い表した。そんな私だから樋坂君にはこれからも普通の人間でいて欲しいと思った。こんな面倒な生き方をしなければならないのは自分だけで十分だったから。
自然と零れた私の本音、樋坂君を巻き込みたくはないと思いつつも、話しは聞いてほしいと思ってる、これは道化かもしれない。
「私がテレパシーを使えることは知ってると思うけど、魔法使いと言っても行使している力自体は、超能力のようなものと思ってもらった方が分かりやすいと思う。
さっき、私が使ったのがPSIの能力の一つ、他者の脳波に直接刺激を与えて気絶させる力、出来るだけ訓練して誤作動を起こさないようにはしてるけど、危機的な状況に遭遇してしまうと、時々、制御できなくて無意識に行使してしまうこともある。
脳出血を引き起こすこともあるし、重い後遺症が残ることもあるから、恐ろしくて危険な力だから使わないようにしてきたの。
怖かったよね? ごめんね、今後は出来るだけ使わないように心がけるから……」
私は話せば話すほど申し訳ない気持ちになって、最後は謝ってしまっていた。
「驚きはしたけど、怖くはないよ」
「本当? どうして? 見たでしょ? 倒れてた犯人たちの様子、こんなに危険な力なのに……、どうして……?」
あっさりと超能力を受け入れてしまう樋坂君に私は驚いて聞いた。
樋坂君は優しいからいけど、聞かずにはいられなかった。
この後、すぐに舞台に上がる私の心境を配慮して、心配させないようにしてくれているのかもしれないと私は思った。
「稗田さんなら、超能力を持っていたとしても、それを私利私欲のために使ったり、乱用したりしないだろうからな。
俺はそういう力があるのは羨ましいなって思う方かな、力があれば、いざという時に助けたい人を助けてあげられるだろ?」
冷静沈着な樋坂君の言葉に驚いた……、それに力があることが羨ましいって。
願望としてあったとしても、それを言葉にして言ってしまうのは、何か危なっかしく思えた。
「そっか、樋坂君が男の子っていうこともあるから、そう思うのかな……。
正義の味方って感じがピッタリだから」
「正義の味方っていうのほどじゃないさ、理不尽が許せないだけで」
「うん、それで十分だよ、今日みたいな危ないことには、出来るだけ関わらないでほしいけど」
樋坂君のことを言葉を通じて知ることができたような気がして私は嬉しくなった。
私はこれからちゃんと立派に役目を果たせるのだろうか?
今の平和な世の中がずっと続くなんて保障はどこにもない。
だからこそ、ずっと祖母の教えに従って、修行を続けてきた。今日行使した力だって修行の過程で得たものだ。
樋坂君の気持ちを知った後ではあるけど、それでも、私は身勝手だけど樋坂君にはずっと味方のままで、普通の人間のままでいてほしいと思ってる。
だから、今回の一件のようなことに、また樋坂君を巻き込みたくはない。
私のせいで、傷つく姿を見たくない、だって樋坂君は、私にとって“ただの友達じゃないから”。




