第二十四話「死地を駆け抜けて」2
「あらあら、もう終わってしまいましたかっ!」
そこに空気を読まない陽気なテンションでさらに登場したのはプリミエールだった。
騒々しいのがようやく収まったと思えた中、唐突に現れたプリミエール。
どういう訳か、今日は西洋風な気分なのかメイド服を着ていた。
「プリミエール!! 遅いわよ!!」
本来拘束されていた自分を助けに来てくれる予定だったプリミエールが来たことで安堵した知枝は緊張から抜け出し声を取り戻して名前を呼んだ。
「スナイパーを先に撃退していましたので、遅れてしまいましたー!」
照れ隠しするような軽い口調で言い放ち、陽気な様子で物騒なことを言ってのけるプリミエールの姿、それは過去の記憶から知枝にとっては慣れてしまっていることだった。
「もう、あなたってば……」
「ふふふっ、お嬢様、ご無事で何よりです!」
自慢気な様子で意気揚々と言葉を繋いで、平然と明るい笑顔で言うプリミエールの変わらない姿に、これまでどれだけ自分がプリミエールに頼ってきたかに改めて知枝は気づき、思わず自然と安心してしまい、涙が瞳の奥からにじんだ。
「ふっ、少しはいつもの様子に戻ったか……、調子が戻ってもらわなければ、演技にも響くからな。この騒ぎの収拾もついたのだから、早々にここから引き上げて、会場に急いでくれるか? パートナーのいない演劇に立つほど、俺も暇ではないのでな」
研二は不愛想にいつものキザな言い回しで知枝に会場へ急ぐように言った。すでに気持ちは舞台演劇へと移っていた。
そんな研二の癇に障る言葉に知枝は頭に血が上りながら研二の方に鋭い視線を移した。
「—————でも、まだ舞が撃たれてケガしてるのよ!!!」
知枝は確かに今すぐにでも会場まで行って、みんなと合流し舞台に立ちたかったが、目の前で血を流し苦しむ舞の事を放っていくことは出来なかった。
そんな知枝の悲痛な言葉を聞いて、安心させるために力を込めて身体を起こした。
「知枝、あたしの事はいいから、今は舞台に立って!」
心配する知枝の様子を見て、舞はまだ痛む身体を起こし、歯を食いしばって必死に痛みに耐えながらたまらずに知枝の事を見て訴えかけた。
「でも!! 舞を置いていけないよ!! 私のせいで、こんな怪我をしてっっ!!」
舞の様子はあまりに悲痛で、必死に激痛を堪えているのが分かる知枝には、この状況で立ち去るのは酷な選択だった。
だが、舞にだって想いはある、こんな形で知枝のこれまでの頑張りを無駄にさせる舞ではなかった。
「違うわ、あたしがここまで来ることを選んだのよ。
光や知枝が一緒の舞台に立って、演劇ができることがあたしの一番の願いだから。
だから聞いて、あたしのことは気にせず、知枝は舞台に立って、そして最後までやり遂げて! 今日という日は二度はないの……、今日まで練習してきたことが無駄にならないように、精一杯心行くまでやり遂げて!!
それがあたしの今の一番の望みだから……っっ!!!」
それはずっと家族として知枝と共に今日までを過ごしてきたからこそ出た言葉だった。
舞は知枝が頑張る姿を今日まで見てきた、一度しかないかもしれない今日の舞台に立つこと、それはもう知枝だけの願いではない、それを舞は伝えたかった。
だからこれは舞のわがままでもあり、切なる願いでもあった。
「お嬢様、どうぞここはわたぃしにお任せください。舞様の想いに応えることが、お嬢様の今すべきことです。
お嬢様が舞台に立てるように、舞様の介抱はわてぃしが丁重にしっかりさせていただきます。
だから、ここは迷わずにわてぃしにお任せして、御心のままに、行ってください。
皆様が、お嬢様を到着を待っています」
再会したばかりの姉弟の絆に心打たれたプリミエールにすでに迷いはなかった。
自然とこの中止されるかもしれない危機に瀕した舞台演劇を応援する気持ちでいっぱいだった。
「プリミエール……」
プリミエールの言葉に心打たれ、それ以上の言葉なく決意を固めた知枝は、次の瞬間にはしっかりと頷いて、瞳に輝きを取り戻し、会場へと向かう意思を確かなものにした。
「ふっ、決まったな。では、俺は舞台袖で先に待っている。
舞台の上では、その涙は見せないようにな、知枝」
研二はいつも通りのキザな言葉を吐いて、舞台に立つ意思を示した知枝の姿に安心し、一人先にマンションから出て、姿を消した。
「何よ……、勝手にまた呼び捨てにして……」
知枝はいつも通り振舞う研二の勝手な態度に悪態をついた。
「相変わらずですね、あの不愛想でキザな様子は」
目の前を風のように過ぎ去っていった研二を見て、プリミエールは呟いた。
「プリミエール、あのキザと知り合いだったの?」
知枝は涙を拭きながらプリミエールに聞いた。
「世界各地で色々と有名な方ですから、彼の凛翔学園転校前から多少は面識があります。
あの方がわてぃしのことなど憶えているかは、存じませんがね」
顔の広いプリミエールとはいえ知枝はプリミエールと研二が面識ある事に驚いた。
それならば黒沢研二の身辺調査報告書を素早い対応で正確に上げてきたことにも納得できるというものだ。
調べ上げた当の本人であるプリミエールは本質的に知枝が役立つ情報を調べ上げられなかったからか、あまりそのことには気にしていない様子だったが、知枝はそれでも感謝していた。
プリミエールは舞の傍に寄って、その場に座ると、どこかから取り出した救命道具で、慣れた様子で応急手当を始めた。
毎度のことながら、どうしてこう、プリミエールはその時々で都合のいいものを取り出せるのかは知枝にとってもいまだに謎だった。
「舞? 本当に大丈夫?」
知枝も心配そうに舞に駆け寄って声を掛ける。
それを見て浩二も舞の元に駆け寄った。
「無理すんなよ、本当に、さっきのは死んだかと思ったぞ……」
本物の拳銃を見るのもおそらく過去に記憶のない浩二は、内心は最もヒヤヒヤとした心境で騒動の中にいたのだった。
「そんな、大丈夫ですよ。まだ痛みを感じていられるから。
ちょっと声を出すのは辛いのでアレですが、って、先輩あんまり乙女の身体をまじまじと見ないでください」
「あぁ、すまん。舞が相手だとつい……」
浩二は止血をするために素肌を晒していた舞の身体に視線が入っていた。
「もう、失礼しちゃいますねっ、先輩は。
でも、ちょっと先輩の知枝を守ろうとする姿はカッコよかったですよ」
プリミエールは応急手当をするために舞の服を脱がして、銃弾を抜いて、信じられないくらい慣れた手つきで背中に包帯をグルグルと巻いていた。
その間、舞はあまりの手際の良さに何度も悲鳴のような声を上げていた。
「当たり所がよかったから治療すればなんとかなりますが……、舞様のおてんば娘なところは心配ですね」
初対面でありながら遠慮ないボディタッチで舞を丁寧に治療するプリミエールはそう説明した。
研二がここを離れてしまった後では、プリミエールが最も冷静に現状を判断し行動していた。
「あいたたたぁぁあああたたぁ……」
舞は治療の間、激痛のあまり顔を歪ませながら、なんとか痛みに堪えていた。
「舞、プリミエールは私の秘書であり、お世話係だから。この場は痛みを我慢して信じてあげて」
知枝は舞の容体を心配しながら舞に言った。
「うん、この際、病院まで連れて行ってくれるなら、誰であろうとわがまま言わないわ」
痛みに堪えながら言う舞を見て、痛々しさはありながら銃弾をまともに受けながらも重傷ではなさそうなので知枝は少し安堵した。
「それでは、舞様のことをわてぃしに任せてお二人は会場に向かってください。
病院にはわてぃしがお送りしますので、お嬢様はこの場は殿方と会場へお急ぎください」
プリミエールが浩二のことを”殿方”と呼んだことにキャラぶれし過ぎてザワっとしたものを感じながら、知枝は遠慮なく手を伸ばして浩二の服の袖を掴んだ。
「樋坂君、行きましょう、舞のことはプリミエールに任せて、犯人たちも警察が来たら逮捕してくれるはずだから、倒れている間にね?」
知枝はプリミエールに浩二と話す様子を見られると、どうにも調子が狂いそうになり、浩二を急かした。
「そうか? 何か警察が来る前に立ち去って事情聴取も受けずに行くのは気が引けるけど……、仕方ないよな」
浩二は正義感から頭の中では”仕方ないことはないだろ!”と思いつつも、舞台が待っている知枝のためにも同行することにした。
「(一人きりにさせるわけにもいかないし……、今はこうするしかないか)」
いずれ、警察から事情聴取を受け、全員が説教されることになることは目に見えていたが、浩二はそのことを今は考えないことにした。
浩二と知枝は、倒れている犯人たちと共にこの場に残るプリミエールと舞に断りを入れて、マンションを降りてタクシーに急いで乗り込んだ。




