第二十三話「聖者たちの攻防」5
「———————間違いないですね、この乗用車です。先輩、行きますか」
舞が黒の乗用車のナンバーを確かめて、浩二に言った。
知枝を誘拐したであろう乗用車のナンバー車輌を発見することが出来たのは奇跡的なことかもしれない。
ここに辿り着くまでの間、浩二は何度も時間を確認してしまった。
今優先すべきことは知枝を助けだすこと、それが分かっていても。自分たちの演劇の出番の時間までの残り時間が気になってしまう。
それは、演劇クラスへと執着なのか、まだ間に合うという気持ちからくる執念なのか。
ただ一つ言えることは、みんなで揃って演劇の舞台に知枝を上げることが出来なければ、誰も笑えない、何も今日までの日々に意味を見出せないということだった。
「あそこだな、誘拐犯が二名以上で立て込んでいるなら、そう簡単に救出できるものじゃない、舞は俺の後ろについて、慎重に行こう」
ここに来る前から、浩二は覚悟が出来ていた、そして舞も。
だが、舞は自分が知枝と生体ネットワークで繋がっているから、具体的な部屋の位置まで感じ取ることが出来たが、浩二までもがこの駐車場から部屋を位置に視線を向けることが出来たことに、疑問を感じた。
「先輩、位置が分かるんですか?」
「えぇ? 透けて見えるわけじゃないけど、今、なんとなくあそこかなって思って、視線を向けただけだったが、合ってたのか……」
浩二は自分で無意識に感じ取ってしまっていたのかと思い、自分でも驚いてしまっていた。
「本当に合ってますよ、あのカーテンが空いている部屋です。6階か7階なのでここからじゃ中の様子は分かりませんが、それにしても先輩、透けて見えるわけないでしょ、やっぱりそういうの好きなんっすね……、いつも以上に軽蔑してます」
「こんな時に揚げ足取るのはやめろ!!」
咄嗟に出た言葉に揚げ足を取られ、浩二は動揺するわけにはいかず、反射的に否定した。
「だって、エロと言えば先輩みたいなところあるでしょ」
「どうしてそういう論法になる、俺はどう見ても健全だろう……」
「それは無理がありますよ、何がとはこの口ではとても言えませんが……」
「勝手に疑いだけ持って変態扱いするのはやめろ……」
「まぁ、それはこの際いいですから、行きますよ」
舞に急かされる形で、脱線した話を中断して、問題のマンションの一室まで向かう。
「—————それで、どうやって中に入りますか? おそらく鍵やチェーンがかかってると思いますよ」
動き出したエレベーターの中で腕を組みながら舞は浩二に聞いた。
舞は知枝や光に比べれば恵まれた体格をして、運動神経もあるが、浩二と比べれば身長も低く、誘拐犯と対峙にして互角に渡り合えるようなものではない。
危険が待ち受けている場に自分から向かっていけるのは、浩二と一緒にいるということが大きかった。
「ウーバイーツのフリをして侵入すればいいんじゃないか?」
「何故にウーバイーツ? 宅急便でいいでしょ……」
「いや、じゃあ新聞の勧誘かウォーターサーバーの勧誘とか……」
「速攻で追い返されそうですよ、それ」
「いや、玄関ドアを開けてくれさえすれば十分だろ、てか、そもそもどうやってあの勧誘はマンションの中に入れてもらってるんだ?」
「敵のアジトに乗り込むって時に、今それ考えてる場合ですかっ!!」
「今回はたまたま引っ越し業者が来ていたから簡単にマンションに入ることが出来たが、不思議だな……」
「もういいですから……、先輩には期待しません……」
話している内にエレベーターは目的の階に到着し、浩二は舞と静かに部屋の方に歩いていく。
結局、出たとこ勝負になってしまった二人は、玄関ドアの前に来て、さすがに緊張感いっぱいの中、意を決してチャイムを鳴らした。
「予想通りではありますが、返事がないですね……」
人の気配が感じられないほどに静かで反応がないので、舞は不思議に思い、ぽつりと呟いた。
「……もしかして、誰もいないのか」
「“確かめるしかないですね”」
「おいっ」
ドアノブに手を掛ける舞に浩二は制止させようと声を上げるが、舞はそのままドアノブを回して、扉を開けてしまっていた。
「あれ? 扉開いてますね」
「なんだよ、せっかくピザ持ってきてやったのに」
「先輩がもってるのは、自分用のペットボトル一本だけでしょう……」
舞はこんな時にも冗談を飛ばす浩二に呆れ果てたようだった。
「それにしても開いちゃいましたね」
「開いてしまったからには入るしかないよな……」
さっきのどうやって部屋に入るのかという不毛なくだりは何だったのかと思うほど、あっさりと家の中に不法侵入することが出来た。
「緊急時につき、入らせていただきます……」
いざ、家の中に入るとなると緊張が高まるが、浩二が先行して中の様子を伺いながら、慎重に足音控えめに家の中に入っていく。
舞が後ろに続いて入ってくる中、真っすぐに進み、ベランダの見えるリビングに出たところで、現場の状況がはっきりと一望できた。
「稗田さん!!」
リビングに置かれた椅子に手足を縛られ、座らされ、身動きの取れない知枝の姿がすぐ目の前に映り、浩二は反射的に声を掛けていた。
「樋坂君……? それに舞も」
唖然としながら、助けに来た二人のことを驚きの表情で見つめる知枝、その表情には“こんな姿、見られたくはなかった”と言っているようにも見えた。
「えっ、そんな……、どうしてっ」
後からリビングに入った舞は、浩二の後ろから現場の様子を見て驚くように声を上げた。
部屋の入り口に一人、知枝の足元には二人の男が倒れ、信じられないことに気絶しているようだった。
目立った出血をしているような外傷はなく派手に争った形跡もない。男たちの方をよく観察すると、気絶している男の一人は泡を吹いているように気絶しており、一人は耳から血が流れており、脳出血を引き起こしている可能性が示唆できた。
原因も何も見た目には判断できない以上、生きているとはっきりとした判断ができない、死んでいるという判断も。
「ごめんなさい……、まさか二人が助けに来るとは思わなかったです」
特にけがをしている様子のない知枝は驚く二人に向けて言った。
知枝は自分が市内のどこのマンションにいるのかも縛られたままで分からなかったので、そう簡単に一般人である二人がここまで早く助けにくることは出来ないと考えていた。




