第二十三話「聖者たちの攻防」4
意識を取り戻した瞬間、私は思わず心臓が飛び上がりそうだった。
椅子に座らされて手足が拘束されているのがすぐに分かり恐怖を覚える一方で、理由は分からないが目も口も封じられてはいないことが分かった。
怖いと体感的に思いながらもたまらずに目を開けると、そこはホテルなどではなく、カーテンが空いていることから、おそらくマンションの一室であることが視界から得られる情報を見て取れた。
目の前には私を眠らせた張本人の男も何食わぬ顔でそこにいて、自分は誘拐され、拉致されているのだと即座に分かった。
「お目覚めか、もう少し眠っていてくれてよかったんだがな」
マスクで表情は伺えないが不敵な笑い声をあげる男、余裕たっぷりの態度で目を覚ました私の様子を見つめてくる。彼らの目的も何もまだ分からず、どう振舞うべきか冷静に考えるべき状況だった。
部屋には三人の男たちがいて、皆黒いマスクを着けて似たような恰好をして素顔を隠しているようだった。
「何のつもりですか? 今すぐこれを放しなさい!! 私はこんなところでゆっくりしている場合ではないのです」
私は三人の男たちに屈せず、怒りを露わにしながら声を上げた。
こんなところで捕まっている場合ではない、一刻も早く会場に行って準備に入らなければならない、さっきまで会場の控え室でアンリエッタさん達映像研のミュージカルを観ていたのだ。
自分たちの出番の時間が迫っていることは時刻を確認せずとも判りきっていた。
「騒いだって助けは来ないぜ、小さなお嬢ちゃん」
「そうだぜ、抵抗したって無駄だ、このまま大人しくしてな」
男達の視線がこちらに向けられ、余裕の表情で私の事を嘲笑うように彼らは言った。
「私をどうするつもりですか? 何が目的なのです」
「直に分かるさ、稗田家の人間なら言い値で取引できるし、理由なんていくらでも考えられるだろう?」
「身代金目的ですか……、そんなくだらない理由で時間を取られている場合ではないんです! 早く解放しなさい!!」
気持ちで負けてはならないと、声を張り上げる。
叫んで助けが来るような場所かは分からないが、男たち三人に拘束され囲まれている状況で、どうしていいか分からなかった。
なんとか助けを呼ぶしか助かる手段はないと思いながらも、下手に騒げば襲い掛かられ、酷い目に遭うことは、容易に想像できた。
「痛い目に遭いたくなければ、大人しく言う事を聞いておけばいいんだよ、年頃の女なら分かるだろう? 俺たちの機嫌を損なえばどういう末路が待ってるかなんて」
どんな凶器を所持しているかもまだ分からず、抵抗すれば恐ろしい形相で襲い掛かってくる絵面が簡単に想像できて、この場の恐ろしさを肌で感じてしまう。
助けが来る保証はない、だから、今は時間稼ぎをしてなんとか機会を待つのが正しい判断だということはよく分かる。
だけど、私はこれから急いで会場に戻り、舞台の上に立たなければならないのだ、誰かに今更代わってもらうなんて申し訳ないことはできない。これは私の油断が招いた失態なのだから。
舞台の幕が上がるまで残された時間は多くない、でも怪我をするのも、酷い目に遭うのも簡単に受け入れられるはずがない。
言うことを聞く、その意味するところがなんなのか、まるで想像つかない。
どんな要求をされることになるのか、ロクなことにならないことだけは分かるが、それに耐えなければならないというのなら、それも一つの選択肢なのだろうか。
そもそも、この男たちは何者なのか、私の知り合いは三人の中にいないが、私でなければならない目的があると考えるのが自然だった。
でも、目的は分からないし、このままじっと時を待つわけにはいかない、私にはこんなところでぐずぐずしてる時間なんてないんだからっ!
「“誰か!!!! お願いです!! 誘拐犯がいます、助けてください!!!”」
私は窓が閉まっていることも、玄関が見えない事も気にせず、ありったけの音量で、外に聞こえるように叫んだ。
「“うるせぇんだよ!!!!!!”」
手足を拘束され、椅子に座らされている私は、怒りを露わにするガタイのいい長身の男に頬を勢いよく叩かれ、椅子がガタンと動くほどの衝撃を受けた。
椅子は傾いたが倒れず、倒れて頭を打つことはなかったが、頬を叩かれた痛みは強烈で、ヒリヒリとした痛みが絶えず私を苦しませる。
私は泣きだしそうになる気持ちをグッと堪えて、威圧してくる男たちの視線に負けないように、歯を食いしばり、目を見開いて睨みつけた。
「そんなに痛い目に遭いたいのか、魔女は魔女だけあって、プライドだけはお高いってわけか、恵まれた環境で過ごしてきたから、こんな目に遭ったこともないんだろ? 抵抗せず、このまま従えばいいんだよ」
「私は魔女などではないです、魔法使いを愚弄とするというのなら、許しませんよ」
人の尊厳を何も理解していないような無神経な言動。
相手をするだけで嫌になる。
だが、男たちは私の言葉に耳を貸す様子なんてまるでなかった。
「奴が来るまでの間、少しは楽しませてもらってもいいか。大人しく従ってくれないとこっちも後々困るしな」
「それも、そうだな」
「ふふふっ、壊れないように、程ほどにしておけよ」
「分かってるって、少し大人ってもんがどういうもんか、理解してもらうだけだ」
部屋の入り口でタバコを吸う男は程ほどにしておけと言いながらも私に迫る二人の男を止める様子はない。
欲望を剥き出しにした男二人が私ににじり寄ってくる。
威圧感を感じる挙動に私の中で恐怖心だけが絶えず膨らんでいく。
目的や要求をしてこない辺り、雇い主は後からやってくるということだろうけど、果たしてこの男たちの暴力に私はそれまで耐えられるのか……、殺されはしないだろうが、一生忘れられないような傷跡を背負うことになるのは予想できた。
「(……怖いけど、助けが来るまで我慢するしかないのね)」
諦めれば楽になれる……、そんな思いとは裏腹の思考が浮かび上がる。
でも、痛いことより、苦しいことよりも、舞台に立てない事の方がずっと嫌だった。
大切な人たちの顔が頭に浮かぶ、もう一度会うことが出来たら、どれだけ心が救われることか。でも、こんな危険な現場に来てほしくない。私が、私が傷つくだけで済むなら、それだけで済むなら……、これは私の不注意が招いた結果だから。
我慢しようと思い、意識しないようにしても迫る危機に身体が震えそうになる。
嫌悪しか湧かないような醜悪な手が私の肩に置かれ、目を開くことも出来ない。
「なんだ、急にしおらしくなったな。よく見ると可愛い顔をしてやがる。
だがな、気のすむまで楽しませてもらうぜ」
乱暴に私の顎を掴み、顔を男の眼前に向けられる。
人の優しさに触れてきた日々が思い出され、この男の乱暴さがよく分かった。
悪人とはこういう面構えをしているのだ、呆れるくらいに実感できた。
この小さな私の身体で下手に抵抗しようものなら、火に油を注ぐような結果になるだろう。
―――――あぁ、もう限界かも……。
グツグツと煮えかえるような負の感情。
どうか、お願い……、これ以上、私を刺激しないで。
心の中に沸き上がった感情を懸命に否定しようとする私。
だが、どうしようもなく湧き上がる内なる衝動を、次の瞬間、確かに感じた。




