第二十三話「聖者たちの攻防」3
羽月はホールの客席にいるクラスメイトに一人一人声を掛けていき、漆原先生も含めてホールの外に集合させたところで、状況の詳細を話し、情報交換をした。
「そういうことで、警察の捜査がどこまで迅速な対応をしてくれるかは現時点ではわかりませんが、今、樋坂君と水原舞さんが稗田さんを捜していますので、私たちは舞台の準備を進めて、待とうと思います。
時間や日程を今からずらそうというのは、これ以上困難とのことですので、揃わなければ、諦めるしかないですが、私たちは稗田さんがここに来るのを信じて待つのが最善だと判断します」
重苦しくなるほどの深刻な事態であり、今ここにいる自分たちにできることは多くなかった。
今、まさに大切な人が危険な目に遭っているかもしれないと思うと落ち着きようがないが、無事であると願うしかない。
信じて待つこと、それが不安材料を増やさないための最善の行動であることは歯がゆい気持ちであるが、羽月はそれを受け入れるしかなかった。
次々に起こる事件に卒倒してもおかしくないが、全員で集まることで、不安を共有することで無謀な考えや悲観的な思い込みを避け、少しは冷静に状況を認識することが出来た。
厄介ごとをこれでもかと抱え、これ以上、悩み事を増やさないでくれと頭を悩ませる漆原先生は羽月の言葉の後で、クラスメイト全員に向けて口を開いた。
「そういうわけだ、状況が分かるまでは近くから離れず、一人きりにならないように。
人数確認は定期的に行い、時間に間に合わなければ辞退を視野に入れて行動する。
色々、思うところは個人個人あると思うが、あまり状況に流されずに冷静に対応してくれ。
一番大事なのは、人命だ、無茶な事をこれ以上考えないよう待機していてくれ」
教師として、管理者として、生徒達を守らなければならない立場である漆原先生は責任感と誘拐犯への憎悪を溜め込みながらも、今、伝えるべきことを生徒たちに向けて話した。
そうして情報を共有し、これからのことを話す二人の元に、今度は急いできたのか息を切らし、慌てた様子で光と神楽がやってきた。
「さっき黒沢さんっ、会場の外に。
黒沢さんも、お姉ちゃんを捜しに行くって……」
光の言葉を耳にしたその場にいる全員に衝撃が走った。
厄介事がまた増えたのかと思いつつ、羽月は二人の方に向き直った。
「水原君、落ち着いて、順を追って話してくれればいいわ」
次々に起こる切迫した問題に羽月は険しい表情で、情報確認をするため慌てた様子の光を落ち着かせようと言葉を掛けた。
光と一緒にやってきた神楽は光の腕を掴んで、大丈夫と視線を送りながら代わりに口を開いた。
「”どこに行くの?”って、呼び出し掛かってるのに会場の外に行こうとする黒沢さんに話しかけて、それで光と一緒に説得したんだけど、全然聞いてくれなくて。
黒沢さん、いつにも増して真剣そうで……、だから、きっと知枝さんを捜しに行ったと思うの」
心配する気持ちはみんな一緒だけど、研二までもがこの会場を出てしまったのは皆、予想外な事態であり、研二のファンになったクラスメイトもいるため心配するのは仕方なかった。
「黒沢さんはここを出るとき何か言ってなかった?」
「“時間までには戻るって”、それだけをこちらに言って、行ってしまいました……」
それを聞いた漆原先生は頭を抱えたい気持ちなりながら目を伏せて、ため息をついた。
今更、戻ってこいというのも難しいほどに、意思が固いであろうことは容易に想像できた。
主演である転校生の二人がこの場にいない、もう準備を始めなければ時間にも関わらずだ。
仲間想いなのか、それとも完璧な舞台を求めるあまりのプライドか、ここにいるそれぞれが研二の起こした行動に動揺していた。
「仕方ないわね……、判断はこっちに任せて、二人は控え室に入っててくれる?」
羽月はこれ以上この状況を混乱させないためにも、二人に指示した。
「(浩二……、私たちの舞台、一体どうなっちゃうのよ……)」
クラスメイト達を不安にさせないように弱気なところは見せられないが、羽月は刻一刻と、自分たちの出番の時が迫るのが苦しくて仕方なかった。
「信じて待つしかないよね……」
隣でずっと話しを聞いていた唯花が心配のあまりぼそっと呟いた。
すでに演劇が出来るかだけでなく、みんな無事に戻ってくるのかさえも危うい状況だった。
これから準備が始まるということで、まだ普段通りの白衣のままの達也も何か自分に出来ることがないか考えるが、場をさらに混乱させない事こそが、重要だという結論以上のアイディアは湧いては来なかった。
大切な人たちが危険な目に遭う中で黙って待つしかできない、そのストレスは途轍もないもので、気持ちの整理が付かず落ち着かないまま、クラスメイト一同連絡を待つしかなかった。
無事を願う気持ちはみんな同じだが、状況が状況だけに判断が難しいことも分かっていた。
だからこそ、安易な慰めの言葉を掛けることも出来ず、沈黙してしまうのだった。
警察が何でも解決してくれるなら苦労はしない、それはリズが行方不明のままになっていること、そしてエリザを刺した犯人が捕まっていないことからも明らかだった。
これまでニュースを見ても、事件に巻き込まれることを他人事のように見ていた生徒は、この状況に飲み込まれるように言葉を失くしてしまった。
やがて、知枝が見つかったという連絡がないままに、映像研の舞台は終わり、気を落とす演劇クラスの気持ちと裏腹に大きな拍手がホールの方から鳴り響いた。
舞台に立つことすら叶わずに、このまま全部終わってしまうことをもうすぐ覚悟しなければならない、諦めることを強いてくる厳しい現実の中で、それでも今できることをしようと、一人また一人と控え室や舞台袖に向かい、準備を始めた。
きっと全員が無事戻ってきてくれると、そう信じながら。
「羽月さん、私は運営側と協議してくるから、みんなのことは任せるわ」
難しい顔をしながら、漆原先生は責任を感じたまま羽月に告げた。
「分かりました、出来るだけ開演時間を延ばしていただけるよう願います」
「やってみるわ、後をお願い」
無茶苦茶な状況にありながら、漆原先生も自分に出来ることをしようとその場を去った。
「はぁ……、本当に心臓に悪いことばっかりね」
去年の学園祭でも散々な状況ではあったが、今回はそれ以上に恐怖心を感じていた羽月だった。




