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魔法使いと繋がる世界EP2~震災のピアニスト~  作者: shiori


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第二十二話「三者三様の舞台」3

 生徒たちを乗せたバスが出発した後、残った羽月は漆原先生が普段使いしている乗用車の助手席に慣れた様子で乗車する。その表情には一点の曇りもなく、今日一日の大切さを自覚していることから、すでにナチュラルハイになっていた。


 今回の舞台演劇は脚本から作り上げたこともあり、無茶な計画であったが、概ね今日まで順風満帆にやって来れたのはクラスメイト達の協力があったからで、羽月はその協力に出来る限り応えようと準備に余念がなかった。


「(……知枝さんには肩の力を抜いて本番に臨んでもらわないと、黒川くんは……、まだ未知数かな、本番になると自分の演技に集中して周りが見えなくなるタイプの可能性もある。

 とはいえ、会場のウケ次第かな……、どれだけ私たちが原作にこだわりを持ってやっていたとしても、ミスなく演技が出来たとしても、評価を決めるのは観客だ。

 映像研の方が派手で華やかで、盛り上がるお話しであるのは間違いない、それに映画の時が好評だったから、間近で生の演技を鑑賞できると期待して観に来る観客だっている、前年まで演劇クラスをしてきたのが私たちのクラスとはいえ、現時点で不利なのは私たちの方だ)」


 台本に目を通しながら、羽月は冷静に大局を分析しながら思考を巡らしていた。

 エンジンが掛かっても比較的静かな電気自動車の車内で、時が過ぎ本番の時が近づく興奮と緊張を紛らわせていた。


「(ここまで準備はしてきた、練習は全然まだし足りないけど、私は檄を飛ばしてみんなを見守ることしかできない。今日が本番なんだ……、あの日の約束がこれから先も続いていくことを、祈るばかり……)」


 まだ冷たいミルクティーで乾いた唇と喉を潤すために流し込んで、漆原先生の準備が整うのを羽月は待った。


 やがて、羽月はシートに座って3分ほどしたところで漆原先生が疲れを隠さずに気だるそうな表情で乗車してくる。


「待たせたわね」


 いつもの男勝りな調子で間髪入れずシートベルトを締めて、漆原先生は羽月の姿を視界に入れた。


「こんな時まで台本の確認かしら」

「こんな時だからですよ」

「そっか、初めての舞台監督に脚本も自前で用意して、緊張して当然か……、いいんじゃない、あいつらを信じてあげても。それがあなたの役目でしょ?」


 真っすぐ言い聞かせるように、漆原先生は普段からはらしくない優しい言葉を羽月に掛けた。


「そうですね、どちらにせよ、幕が上げれば私はみんなの雄姿を見守るだけですから」


 委員長として、監督して、一番大切なことはみんなを信じること、そのことを羽月は今一度胸に刻み込んだ。


「それより、何かありましたか? ()()()()()()をしていましたが」


 羽月は漆原先生が乗車した時の表情がどこか曇って見えたため、何かがあったのではと感じていた。



「そうね、うちのクラスのことではないから、仕事が増えるわけじゃなくて、今更気に病むことじゃないけど、先生の間ではバタバタとしたことになってるわ。それはまた道中で説明するわ」



「はい……」

 

 漆原先生の話しぶりからピリピリとした嫌な空気感を感じ、羽月は内容を推測できるような情報をまだ持っていなかったので、気になりつつも、一言返事をすることしかできなかった。


 羽月たちのクラスの出番が最後で午後からとはいえ、会場に向かう想定時間よりは遅れていたため、後ろの荷物がガタガタと揺れるの躊躇うことなく、迷わず漆原先生はアクセルを掛けて乗用車を発進させた。


 羽月は激しいエンジン音と共に発進時、グッと締め付けてくるような重圧感を感じながら正面をみる。

 漆原先生の運転は運転技術があるからか、恐怖は感じなかったか速度は十分に出ていて、緊張感は感じられるものだった。


 後ろの席では衣装や小道具の入った段ボール箱がガタガタと音を立てている。

 漆原先生は信号で停止したところで気を紛らわすようにラジオを付けた。

 そして、思い出したかのように話し始めた。


「でも、優等生の八重塚がうちのクラスに入りたいと言ってきたときは驚いたものだ。そんなことがまかり通りなら、他の生徒だって黙っちゃいないからなぁ」


 まだ新年度を迎えるよりずっと前、2月頃の事だっただろうか。


 羽月と漆原先生は以前から時折学園の屋上で二人きりで談笑をすることがあった。

 屋上は一般生徒は利用できないことになっているため、最初に屋上で二人が偶然にも遭遇してしまったときは、それはお互い驚いたものだが、その時漆原先生がタバコを吸っていたことが、二人がこの遭遇を秘密の事として共有するきっかけだった。


 屋上は二人にとって多忙を極める日常の中で、気持ちを落ち着かせる憩いの場だった。


 漆原先生にとってはゆっくりと人目を気にせず喫煙の出来る唯一の場所、羽月にとっては生徒副会長という重責と浩二との失恋を癒す場所だった。


「あの時が羽月の本心を最初に知った時だったか。

 樋坂と付き合っていたことは前々から流れる噂で知ってはいたが、羽月をうちのクラスに迎えるというのは思いもしないことだったな。

 実現すれば退屈しない一年になるだろうなと即座に予見したよ」


 漆原先生は懐かしい思い出を語るように、時々苦笑しながら語る。

 こうしてドライブしながらする談笑もまた悪くないと、お互い気づき話しは続いた。


「そうですか……、二人の転校生の面倒を見てほしい、そう言ってくれましたよね。それが他の先生方を納得させた理由でしたか」


 漆原先生の言葉を聞いて、羽月も話の流れを理解した。

 車が走行を続け、流れるようにフロントガラスの外の景色が移り替わっていく中、漆原先生は上機嫌に話しを続けた。


「そうだよ、稗田知枝と黒沢研二、両者ともに訳アリの転校生二人を抱えることになり、私は自分の力だけではまとめることは出来ないと進言した。そして、当学園の中でも最も信頼できる八重塚を迎えることを提案した。反対を受けるかと思ったが驚くほど校長も含め、お偉いさん方はあっさりと認められたよ。

 まるで、予定調和のように、台本でも存在していたかのような感覚だったよ。あまりに出来すぎていたからな」


「ふふふっ、それもそうですね。私も驚くことばかりです」


 学園の創設者であり、校長の親族でもある稗田家の人間が急遽転入してくることも、それを追うように世界的に有名な黒川研二が転入してくることも、まるで最初から計画されていたのかと疑うようなことだった。


「だが、ここまで心配していたような騒ぎになっていないことは皆に感謝しているよ。二人を巡って何か問題が生じるとすれば、それは学園にとって容易に重大な事件となりえるからな」


 偶然か必然かは未だに分からないが、それでも問題が発生することなく今日までを送ることが出来たのは、クラスメイトの協力あってのことで、漆原先生も羽月もそこには安心と感謝の気持ちを強く持っていた。

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