第37話 スクーター
「なんだ……なんなんだあいつは!!」
夜の森の中、一人怒り狂う天王山。
取り付く島もない幸村の態度に、随分ご立腹のようだ。
地団駄を踏み、先ほどの屈辱の憂さ晴らしをする天王山。
しかし、そんな程度のことで気が済むはずもない。
ただただ怒りが込み上げ、幸村のことを恨む天王山。
こんなことは初めてだ。
これまで学校の生徒だろうが教師であろうが大人であろうが、全て自分の話を真摯に聞き、そして自由に操ってきたはずなのに……
なのにあいつは、話も聞きやしないなんて。
まるで子供のように、癇癪を起す天王山。
普段の彼からは想像もできない姿だ。
きっと自分自身でも驚いていることであろう。
こんな姿、自分でも信じられない。
「ここまで屈辱的な気分は初めてだ……雲雀、絶対俺の物にしてやる。これから一生、俺の奴隷として働き続けてもらうからな」
闇の中に輝く月を睨み、天王山は片頬を上げた。
◇◇◇◇◇◇◇
「今日の仕事は?」
「今日はね……西の川で魚を獲るんだって」
「お前……そんなの強さも何も関係ないだろ」
天王山たちが小屋に来た翌日の朝。
俺はフレアと共に町に来ていた。
いまだ町の名前は知らないが、どうということはない。
名前なんて興味ないし、知らなくても困らないし。
フレアはギルドで仕事を受注してきたのだが……なんと彼女が選んできたのは魚釣り。
そんな仕事引き受けてくるんじゃないよ!
俺はため息をつき、呆れ返る。
だがフレアは楽しそうに笑うばかりだ。
「強さなんて関係ないから、楽でいいでしょ?」
「お前は楽をするんじゃない。苦労して強くならないといけないの!」
「強くなるのはゆっくりでいいの。今は二人の時間を楽しもうよ」
「恋人みたいなこと言うんじゃない。これは仕事だぞ」
「恋人みたいじゃなくて、夫婦みたいならいい?」
「なんで夫婦にランクアップするんだよ! そんなこと言って、夫婦の営みでもするのかよ?」
「夫婦の営みって何?」
「純粋!!」
言葉の意味が分かっておらず、目をキラキラさせて俺に夫婦の営みの意味を聞いてくるフレア。
俺は顔を赤くし、彼女から目を逸らす。
説明するのは恥ずかしい。
ここは強引に話を逸らそう。
「それより、これ見てみろよ」
俺は異空間からとある物を引き出し、頭の部分だけフレアに見せてやる。
「え、何これ?」
「すごいだろ。昨日、カタリナさんの店で買ったんだよ」
「へー……」
それが何か分かっておらず、フレアはキョトンとしていた。
ま、見たことなければどんな物かは分からないだろうな。
俺は町の外まで移動し、それを草原の上にドシンと置く。
銀色のボディにタイヤが二つ。
可愛らしく丸いライトにハンドルがついている。
スピードメーターは60まで表示されており、ガソリンは常に満タン。
そう、俺が異空間から取り出したのは――スクーターだ。
排気量は50。
大型でも良かったが、俺は免許を持っていない。
いや、原付の免許も持ってないのだけれど……だがここは異世界。
免許所の一つや二つ、文句を言う人間も違反を忠告する人間もどこにもいない。
そう、俺は自由なのだ。
このスクーターで風になるのだ。
楽に移動できるのだ。
「ほれ、後ろに乗ってみろ」
「う、後ろって……車輪がついてるみたいだけど、これって本当に何?」
「うーん……勝手に動く馬車みたいな?」
「勝手に……目的地まで運んでくれるってこと?」
「そういうこと」
俺がスクーターに跨ると、フレアはウキウキした表情で後ろに乗り込む。
『ニャン』
すると佐助が飛び上がり、急に体を変形させる。
そんな機構があったのかよ。
俺は驚きつつ、佐助の変形を眺めていた。
佐助の体はダンゴムシのような形になり、バイクのメーターがついている部分に張り付いた。
すると、一人でにスクーターがギュルルルッと起動音を鳴らし始める。
「お、佐助が動かしてくれるのか?」
『ニャン』
佐助のボディに笑顔のマークが表示される。
そのマーク、顔以外にも表示させられるのかよ。
本当に佐助には驚かされてばかりだ。
モンスターは倒すしバイクを動かせるしで高性能。
逆にできないことってあるんですか?
俺がハンドルを握り、フレアが後ろからギュッと俺の体に手を回す。
柔らかい。
胸は無いが柔らかい。
世に存在するカップルは、仲慎ましく幸せそうに自転車の二人乗りなんかしていたが……こんな気分だったのか。
悪くないじゃないか。
これがカタリナさんだったらさらに言うことは無い。
よし、と言うことで、今度カタリナさんをドライブに誘うとしよう。
「…………」
走り出すスクーター。
だが俺は考える。
ドライブって、車ですることであって、バイクの場合はツーリングか。
カタリナさんとドライブするのはいいけれど、ツーリングは喜んでくれるのだろうか。
うん。
微妙な空気になるのは勘弁だから、車を購入した時にでも誘ってみよう。
あるいは、バイクでもいいかさりげなく確認してみよう。
そうしよう。
「おわっ!?」
急加速するスクーター。
【家電魔術】を施したのが理由なのか……あからさまに60キロをオーバーしているぞ。
佐助の方をチラリと見ると――目のマークの代わりに速度がデジタルで表示されていた。
その数字は――170。
おい、法定速度をあからさまに超えているじゃないか!
って、ここにそんな法律はない。
草原の中、まさに風となりながら俺は自分に突っ込むのであった。
と言うか、意外と風が寒い。




