第1章 ✽光は似合わない✽
✽初めて小説を投稿するので仕組みがよく分かっておらず至らない点あると思いますが楽しんで頂けたら嬉しいです✽
朝は嫌いだ。陰気臭いこの部屋に不似合いな癖して差し込む陽の光が嫌いだ。暗い場所に留まっていたいのに、そこでうずくまっていたいのに。その気も知らず満面の笑みで手を差し伸べられる。だからまた日陰を作らなくてはいけないのだ。満ちる光に耐えられず、そうして日陰は逃げ続ける。太陽の動きによるもの。授業ではそう教えられた。だけど違うと思うのだ。日陰はひたすら逃げている。影の気知らない光から。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
今日も下を見ている。嫌いなスカートが、歩くのに合わせてヒラヒラとコウの肌を撫でる。あの憂鬱な雨の音も無くなって、季節は夏に変わろうとしていた。…何となく嫌なのだ。前を向いて自分の立ち位置をを確認する事が。この世界にきちんと存在していることが直接的に感じられて時々恐怖に襲われる。
「おいコウ。なんだ朝から暗くしちゃってさ、全くこっちまで暗くなるよ」
思わず顔を上げた。急に入ってきた光が眩しくてまたコウは顔を伏せた。
「ちょっとちょっと、この可愛いピチピチ17歳のアケミちゃんが話しかけてるってのに無視はないんじゃない?」
「…分かったから、声少しは抑えてよ…。」
彼女のポニーテールがリズム良く揺れている。
まるで彼女の感情を表しているようだ。いつでも明るく少し騒がしい彼女は、コウの中学からの想い人だ。
「えぇ〜、そんな事言わなくったってさぁ」
アケミは不満そうに口を尖らした。そんな姿さえも好きだなんて感じてしまう。コウは顔をあげようとして、止めた。何というかアケミという存在が自分には眩しすぎると思った。
「そういえばさ、今日ミチルとカラオケ
行くんだけどコウも来る?」
「行かない」
「なんだよう、乗ってこないなぁいっつも」
そういう訳では無い。きっとコウは自身が思うよりも嫉妬深い。アケミの"他の友達"というだけで胸が痛むような自分に、もうずっと苦しめられていた。
「人付き合いが苦手なのわかってるでしょ」
嘘だ。
「まあねェ」
嘘だ。 嘘と分かってくれ、どうか。
「でもアタシと居るの嫌いじゃないっしょ」
彼女はずるい。コウと目が合う。アケミは満足そうに笑った。
「…嫌いではないよ」
「なんだよその言い方」
同じ朝で、同じ景色、横に並び歩くアケミ。いつもと何ら変わらない日常。だけどコウにとってはそれら全てが特別で、かけがえのないもので。
──突然だった。夏の夕立ちみたいに。傘を差す暇もなくコウは置いてけぼりにされた。いつもの帰り道、見上げるほど大きな入道雲が眩しくて綺麗で。空を見上げるのも悪くないと初めて思った日だった。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
「コウ、ちょいと報告が」
「何、怖」
正直本当に怖い。今までコウが築いてきたアケミとの壁が崩れてしまう予感がしてならなかった。…そしてその予感は当たってしまったのだ。
「あのね、彼氏が出来そうなの」
頭が真っ白になった。それでも表面上の自分は冷静で、コウは何とか笑って言葉を絞り出す。
「どんな人なの」
アケミが満面の笑みで答える。
「ん、本当は前から気になってたんだけど、
委員会一緒で話すようになってきて、それで」
「…そうなんだ、良かったね」
笑顔は固まって張り付いたまま、口を動かす。
「でしょ。あたしね頑張ったの」
頑張った、 頑張ったら報われるのか。自分も報われるのか。笑顔の仮面にひびが入る。目の前でぽろぽろと崩れ落ちる。
「どんな風に?」
そんな事はどうでも良かった。ただただ自分の情けない姿がアケミの大きな瞳から丸見えになっていて。そんな自分の底に沢山の泥々した感情が溜まっていった。アケミが何か喋っている。コウは思わず駆け出した。無意識に期待していたのだ。でも違う、アケミはコウを見ていない。
──学校までの道のりを無我夢中で走った。思い出を走馬灯のように浮かばせてその一つ一つを捨ててゆく。それでも思い出達はあとを着いてきたから、まとわりつくそれらを振り払いながらコウは走る。疲れきって空を見上げたら、入道雲がコウを覆っていた。明るすぎる夏の天気はコウの心情にまるで合っていなくて思わず笑みがこぼれた。
ああ、自分はこんなにも可哀想なのに大嫌いな光が照らしている。この私を照らしている。
ようやく家に帰って靴を脱ぎ、エアコンを付けた。何だか喪失感に襲われて、意味もなくただいま、と呟いてみた。家にはいつも通り誰も居なくて、何故か涙がこぼれ落ちる。
「独りになっちゃった」
コウはそのまま硬い床で眠りについた。
翌日。激しい頭痛で目が覚めた。身体を上手く動かせなくて這いつくばりながらコウはカーテンを開けた。朝、光、目を閉じる。やっぱり自分には暗闇が似合っている。離れよう。
光の存在から離れてしまおう。そうしたらきっと、もう辛くなることなんて無いはずだから。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
それから2日休んだ。汗をかいた状態でエアコンを付けたまま寝てしまったのだから風邪を引くのは当たり前だった。…風邪を引くことが無かったとしても何かしらの口実をつけて休むつもりではあったのだけれど。そして熱が出たからか、コウは幻覚を見た。足の無い、セーラー服の少女。布団に潜りながら彼女の動きを追っていたら目が合った。ちょこまかと動くその姿はとても可愛らしくて思わずふっと笑ってしまった。
「あ、やっぱり目、合ってるよね…?」
近ずいてコウに言う。
「…喋った、」
幻覚って喋ることも出来るのか、と呟いてみる。彼女は目を見開いて今にも泣き出しそうだ。少し潤った彼女の目が綺麗で、魅入ってしまった。
「見えてる、?聞こえてる?ああ、もう良かった。あたし凄く不安だったの。誰にも見えてなかったみたいだから寂しくって」
ずっと溜めていたものをやっと吐き出せたみたいに彼女は喋って、ぼろぼろと雫をこぼした。それは足元の絨毯に染みをつくる。それを見てコウは、これは幻覚じゃない、とハッと気付くのだった。実際のところコウは幽霊や妖怪の類のものを信じる方だった。コウの母は霊感が強いらしく、座敷わらしに会ったことがあるだとか、お母さんの霊がいただとか、そんな事をよく話してくれた。その話が大好きで、今でもいくつか覚えている話がある程だ。だからコウは今のこの状況を、割とすんなり受け入れる事が出来た。
「あなたは…何なの?」
「え?あぁ、えっと…ゆーれー、なのかな。
あたし、何も覚えてないんだ」
「何も?」
少し伏せ顔を歪ませた彼女を見て、慌てて言葉を考える。
「えっ…と、死んじゃった…って事だよね」
「た、多分」
「足が無いのって関係してるの」
「…分からない」
更に俯く。ああ、だから私に会話は向いてないんだって。第一話す相手なんかアケミぐらいしか居なかったから。
「あっでも、1人だけぼんやり思い出せる人は居るよ」
嬉しそうに顔を上げる。気を遣わせたかな、と若干焦りながらも誰?と返した。彼女は少し照れながら答える。
「あたしの、好きな人だと思う」
…うんざりだ。ただでさえ失恋して気分が落ちているというのに。
「男の人なの。でもどんな人だったかは思い出せない。あ、でもねその人、手に蛇のタトゥーがある」
「へぇ…」
必死にコウに話す姿を見て、彼女は今までたった1人で不安で、たった1つの手掛りがその「好きな人」なんだと、そしてそれを話すことが出来るのはコウしかいないんだと、気付いた。
「探そうか」
え、と彼女は驚いた。ずっと無愛想に返事をしていたから戸惑ったのかもしれない。でもその驚いた表情を見せたのはほんの一瞬で、すぐに彼女は笑顔を浮かべた。
「本当に!」
あぁ、何だかアケミに似てると思った。感情が分かりやすい所とか、その向日葵のような笑顔が。コウは頷いて、聞いた。
「名前は?」
「え?あぁ、名前までは分からないんだ」
「違う。あなたの名前」
少し困った表情がまた笑顔に切り替わる。感情が目まぐるしく変化する彼女は見ていて飽きない。
「ああ!あたしの名前ね。あたしはミカゲ」
ミカゲ。
「漢字はどう書くの」
不満そうな顔をした。一瞬だけれど。ミカゲは人差し指を顔の前にやって、内緒、と言った。
「隠すものなの」
「別にいいでしょ。あなたは?」
やっぱり似ている。こういうずるい所も。
「コウ」
「漢字はどう書くの」
「内緒」
お互い様じゃん、と勝ち誇った様に笑うミカゲを見てコウも思わず吹き出してしまった。
その時。携帯の通知音が部屋の中で、響いた。ミカゲが携帯を覗いて、アケミって誰?と聞いてくる。何となく説明しづらくてコウは何も言わなかったが、ミカゲもそれを察してもう一度聞いてくるようなことはしなかった。
「ごめん、何か怒らせちゃったかな」
「今日も休んだのってアタシのせい?」
送られてきたのはコウへの心配と、謝罪の文だった。コウが好きになったのはこういう人だ。思い当たる節なんて何も無いはずなのに取り敢えず自分に非があるとしてしまう、そういう人。自分にとっての光だった筈なのに、きっとコウには眩し過ぎた。自分のわがままで彼女をコウから切り離すのだ。ちゃんと話そう。横目でアケミを見る。心配そうにコウの顔を覗く彼女は何だかとても愛おしい。この子から溢れる鮮やかな明るさ、眩しい光とはまた違う心地よい温かさが優しくコウを包みこむ。自分の、このボールペンで書き殴ったみたいな感情をこの子なら分かってくれる。この子になら大丈夫、そんな気がする。そんな甘えた縋りで口を開いた。
「ねえ、ミカゲ」
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
昨日の事を全て話した。ミカゲは何も言わず黙って聞いていた。慎重に全部を受け止めているように。コウ自身も話しながら涙が出てしまったこともあって、貰い泣きかミカゲも頬を濡らしていた。
「辛かったね、今も辛いよね」
ただ頷くことしか出来ない自分の背中を、ミカゲはそっと撫でてくれた。情けなく泣いて上下するコウの背中を、優しく、優しく。
「ありがと」
「ううん」
短いやり取りを交わす。ハッとしたようにミカゲの手が止まって、「あ」と呟いた。
「悪気は無かったの、あの、あたし知らなかったんだよ、ごめん好きな人がどうとか言って、嫌だったよね」
両手を頭に乗っけて眉毛を八の字にする彼女の慌てぶりを見て思わず笑ってしまった。
「大丈夫だよ」
自分が嘘をついていることに驚く。反発的に、うんざりだ、と思った自分を隠したのだ。嘘ばかりつく自分はとても好きになれないけれど、嘘をついて傷つける人になる気は無い。きっとつくべき嘘だ、これは。言い聞かせる。嘘をついて家族を終わらせた自分に。あの事件の元凶である自分に。こんな時にどうして思い出すのだろう。泥だらけの自分がつっ立っている。目の前の惨劇をただ見ている。コウがまだ中学1年の時だった。
✽飽き性の為いつまで続くか分かりませんが、ストーリーの最後はもう決めてあります。自分のモチベ次第なのが申し訳ありませんが、もしこの作品が好きになってくれた方がいたら気長に待っていただけたら嬉しいです✽