名も無い木のはなし
絵本テキスト【2】「名も無い木のはなし」
絵本構成を念頭に場面割付しています。
皆さんの想像と、私の想像が近いものなら、
作り手として嬉しいです。
(1)
遠い、遠い、はるかな昔。
動くものの姿など何もない、
広い広い荒野に、
ひと粒の種子が落ちた。
(2)
何度も太陽が昇り、
何度も太陽が沈み、
何度も雨が降り、
何度も風が吹き、
種子は、小さな芽を出し、
私は、長い年月をかけて、
成長を続けた。
(3)
長い長い年月が過ぎ、
広い広い荒野にも、
少しずつ、動くものの姿が現れだした。
それからまた、長い長い年月が過ぎ、
大きく成長した私のまわりでは、
小鳥たちが歌いはじめ、
動物たちが踊るようになった。
(4)
小鳥や動物たちとたわむれながら、
また、長い長い年月が過ぎたある日、
私の足元で、不思議な生き物が、
私を見上げていることに気がついた。
(5)
2本の足で歩く「彼ら」は、
遠くから私の元へやってきては、
私を見上げ、体を休め、
そして、遠くへ去って行った。
長い年月、それが繰り返され、
やがて私の足元には、
「彼ら」が通る道ができた。
(6)
「彼ら」は、
これまでの小鳥や動物たちと違い、
道具と火を使った。
暑い時は私の木陰で、
入れ物の中の水を飲んで休み、
寒い時は私の枝を切って燃やし、
冷えた体を暖めた。
(7)
「彼ら」の道具は進歩し、
私の枝と、硬い石を組み合わせた道具を使い、
小鳥や動物たちを殺し、それを食べて、
「彼ら」は、数を増やしていった。
(8)
私の枝で体を休めに来る鳥たちの話によると、
「彼ら」は、自分たちの住む家を作るために、
世界中で、私の仲間を切り倒しているという。
私の足元の道は広がり、硬くなった。
私のまわりにも、「彼ら」の住む家が増え、
私の仲間の数は、減っていった。
風の音しか聞こえなかった荒野は、
「彼ら」の声で満ちあふれた。
(9)
「彼ら」は、
私の足元で愛をささやき、
また、ある時は、
私の枝に、
「彼ら」の仲間を吊るした。
(10)
鳥たちの話を聞くと、
世界中のあちらこちらで、
「彼ら」どうしの争いが起き、
遠い距離をへだてた「彼ら」どうしも、
絶えず争っているという。
(11)
「彼ら」は、
どんな鳥よりも速く飛べるようになり、
どんな動物よりも強くなった。
「彼ら」には、私の仲間はもう必要がなく、
石よりも硬いもの、
火よりも熱いもの、
雷よりも強いものを使いこなした。
(12)
ある日、
いや、ある日の夜だった。
夜なのに、
真昼の太陽のような光が輝き、
山が崩れるような音が響いた。
次の日から、
本物の太陽は、輝きを失い、
匂いのついた風が吹き、
色のついた雨が降った。
(13)
私は、考えるのをやめた。
考えてもわからない。
鳥たちは、どうしたのか。
動物たちは、どうしたのか。
あの夜、何が起きたのか。
私は、考えるのをやめた。
(14)
永い永い年月が過ぎ、
ある時私は、
私を見上げている、
不思議な生き物に気が付いた。
(15)
私は、足元を見下ろした。
私は、遠い遠い昔の記憶を呼び起こしてみた。
私を見上げているその不思議な生き物は、
「彼ら」ではなかった。
私の記憶にある「彼ら」ではなく、
新しい「彼ら」だった。
(16)
私は、あまりにも永く生きすぎたようだ。
私は、古い「彼ら」にとっては、
使い道がなくなった。
私は、新しい「彼ら」の世界で、
使い道のあるうちに切り倒されることを
祈ることにしよう。
おわり