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ある女の記録

1人の新年。

 大晦日の会社には、私と後輩の2人切り。

 年末ギリギリまでコールセンターの引き継ぎ業務。

 独り身の私は良いが、後輩は家族が居るのに申し訳なかった。


「ごめんね、大晦日まで仕事お願いしちゃって。

 正月の準備もあるでしょうに、旦那さんとお子さん寂しがって無いかしら?」


「いいですよ、主任こそ本当は休みだったのにありがとうございます。

 それに大晦日って言ってもお節は宅配です。

 主人と子供達も口うるさい私が居なくて清々(せいせい)してますよ」


 そう言って明るく彼女は笑うが、私は知っている。


 確かにお節の()()は宅配、でも煮しめや鰤の照り焼きは自分で作っている事を。

 お姑直伝の味で旦那さんも好きな味と話していたのを少し前に、偶然立ち聞きしてしまった。


 後さっきの昼休み、子供に電話してたよね、

『お仕事終わったら直ぐ帰るから、ごめんね』って。


「主任、どうしました?」


「ううん別に」


 顔に出てたかな、油断は出来ない。


「お雑煮は私が作らないとダメなんです。

 主人ったら関西人の癖に白味噌が苦手みたいで」


「あらそうなの?確か田舎って」


「高知です、鰹のすまし汁に餅とほうれん草入れるんですよ」


「へえ変わってるわね」


「ですよね、高知でも一部の地域だけみたいですけど、主人も子供もお気に入りみたいで」


 後輩は饒舌に話す。

 それも以前聞いた、本当は貴女が白味噌の雑煮が苦手で、旦那さんを自分の味に馴染ませたって。


「さあ、もうひと頑張りよ」


「はい」


 この辺でこの話を終わろう、独り身の私には辛すぎる。

 主人も、子供も、不倫で失った私には。


 上司との2年の不倫がバレた私は5年前に離婚した。

 会社に就業中にラブホテルへ行っていた事も知られてしまい、私は子会社へ出向。

 不倫相手は奥さんの親戚筋に拉致され、姿を消してしまった....


「主任お疲れ様でした、よいお年を」


「はい、よいお年を」


 後輩とは駅で別れる。

 彼女は家に真っ直ぐ帰るのだろう。

 少し小走りで改札を入り、消えて行く後ろ姿には幸せが滲んでいる。

 彼女には家があるんだ、夫と子供達と言う愛する家族の待つ家が。


 私もそうだった。

 愛する主人と、愛しい我が子が待つ家、毎日仕事が終わったら走って帰っていた。


「私も帰ろう」


 会社から程近いワンルームマンションに住む私は当然だけど1人暮らし。

 途中スーパーに立ち寄る。


 特に正月だから買うものが有るわけでは無い。

 だが食べる物を買わないと、冷蔵庫にはビールとワインしか入ってない。


 私は年末のスーパーが嫌いだ。

 いやイベント毎に飾られるスーパーの、

 違う街の雰囲気すら嫌いだ。


 正月、節分、入学シーズン、ゴールデンウィーク、夏休み、ハロウィーン、クリスマス、大晦日...


 全てのイベントが嫌いになった。

 過去を、幸せだった昔を思い出すから。


 店内はまばらにしか客は居ない。

 大晦日の夕方だから当然だ。

 買い物籠を片手に店内を回ると、できあいのおせち料理が並んでいた。


(最後にお節を作ったのはいつだったかな?)

 そうだ、離婚前は不倫旅行に行ってたんだ。

 バレてないと思い込んで、主人と子供を置き去りにして...


「どうされました?」


「い、いいえ何でもありません」


 私の様子に店員が声を掛ける。

 おせち売場で涙ぐんでいたら誰でも心配する。

 急いで売場を離れ、適当に簡単なおかずを籠に入れた。


「年越し蕎麦くらい作ろうかな」


 ふと目に入った蕎麦、これくらいは大丈夫、せめて年越しの気分くらい。


 買い物を済ませ自宅に、当たり前だが誰も居ない部屋。

 電気をつけ暖房のスイッチを入れる。


「...ただいま」


 返ってくる返事は無い。

 しかし脳裏に浮かぶのは懐かしい主人と子供の姿だった。


『おかえり』

『ママおかえりなさい!』


 どうして?

 もう忘れなきゃ、やっと落ち着いたのに。

 買い物袋を玄関に投げ捨て、洗面所に走った。


「ふう」


 溢れる涙を洗い流し、再び買い物袋を手にキッチンへ。

 先程購入したおかずを暖め、ビールを持ち炬燵に入った。


「寂しい」


 1人の年末、侘しい食事、冷たいビール。

 テレビの音声が虚しく響く。

 実家からは絶縁された。

 お父さんから『二度と帰って来るな』と言われた。

 お母さんからは『人間のクズ』と言われた。

 妹には『死んでも連絡しないで』そう言われた。


「みんな今頃どうしてるんだろ?」


 酔いが回ってきた。

 頭に浮かぶのは私の家族、もう5年も会っていない、あの人(元主人)は今38歳で、息子は10歳になった。



『変わったのかな?』

 雄一(主人)さんはもう40前だ、亮太(息子)も小学4年生。


 優しかった主人の笑顔、無邪気に私の手を繋ぐ息子の顔が..........浮かんで来ない?


「どうして?」


 慌てて炬燵から立ち上がり、古いタブレットを寝室から持ってくる。

 ファイルを開くと中に、


「...あった」


 主人と息子の写真、7年前、タブレットを購入した時に家族で撮影した家族の写真が数枚入っていた。

 まだ不倫をする前、後ろめたい事など何も無い、笑顔の私。


 3歳の息子は幼稚園に入ったばかりの頃、私と抱き合う姿は理想の母と子に見える。

 その2年後に親権を放棄するとは思えない。


「...あなた」


 最後に写っていたのは私と主人。

 撮影したのは息子だろう、画像がブレているのは仕方ない。

 だけども私と主人が笑顔なのは分かる。


「何の不満があったの....」


 こんな幸せを棄ててまで不倫に価値があったの?

 無いよ、甘い言葉に乗せられただけだ。


『家事から解放されたい、人として自由に生きたい』願ってたよね?

 ...主人の愛用していたブランドの服や子供の好きだったアニメキャラのトレーナーを購入して、たまに洗濯してる癖に。


『旦那や子供の誕生日とか記念日が面倒だ』そう言ってたよね?

 ...その日が来る度、贈る事の無いプレゼントがタンスの中に増えてる。


『慰謝料くらいさっさと払ってやる、金の亡者が!』そう悪態ついたよね?

 先日、5年掛けてやっと慰謝料を払い終わった。

 弁護士を通じて面会を申し込んだけど未だに返事は来ない。


「...寂しいよ、こんな馬鹿な事になるなんて...」



 翌朝の年賀状、

 その中の一通、懐かしい息子の名前が書かれているのを見つけた。

 そこには一言、


[お願いです、消えて下さい]


 そう書かれていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 個人的には不倫中って夢の中なんだなと思うお話ですね 夢から覚めたら何も残っていない、悲しいですが夢心地の自分がやってしまった自業自得なんですね そして寂しくなって、もう忘れたいと思ってた最…
[良い点] まあ、仕方ない結果ですよね。 [気になる点] 何で不倫する人は旅行なんて行くんだろう?バレるリスクが高くなるのにね。 でも、私の弟も不倫相手と夏休みに旅行に行ってたのを思い出しました。(…
[一言] バレた時点で正気に戻ってしっかり反省していたら面会くらい出来たかも知れないのにね。
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