上中下の上
あまりに暑いので、運転手に二叉に分かれるところまで乗せてくれないかと頼んだら、快く了承してくれた。
暑いのである。
雲一つない炎天は土砂降りの雨よりマシなのかもしれないが、それにしても暑い。
頼んだ場所に着き、運転手にお礼を言って降りる。
戻りは運転手が誰でも、道で手を挙げたらどこでも乗せてくれると教えてくれた。
バスはこのまま真っ直ぐ進み、私は左の道を行く。
もちろん対策はして来た。帽子も被ったし日焼け止めクリームも塗った、塩飴やスポーツドリンクも持てるだけ持った、しかし全く根本的な解決になっていない。
帽子はみるみる白くなるし、服は生地が傷むだろう、首に巻いたタオルは何度も絞らないといけない、冗談ではなく生きて帰れるかが頭をかすめる暑さである。
左右の森から蝉の声がものすごい。音楽を聞かなくても退屈はしないが、いやまあ何種類の蝉がいるんだか、実数よりも種類が気になる。
車が来ない、なだらかな上り坂、音で退屈はしない、天気が普通だったら楽しめる道のりだが、足下を見ながら歩き続ける。冬の雪山をトボトボ歩いたことは何度もあるが、夏のそれは初めてである。
急な山道坂道の上り坂でなければどこまでも歩ける自信はあるが、暑い時期だけはズボンの中が蒸れて股ずれが起こり、痛みで歩けなくなることがある。今回はバス停から川まで地図で距離と予想歩行時間を計り、たぶん大丈夫だろうと思ってはいるが、距離は大丈夫でも暑さにへこたれるかもしれないとは思わなかった。
両側の森の終わりが見えた。あそこから目印の橋までは農地だとか遊地とか、何もない風景になる。
バスを降りてここまで二十分くらいか、ここから橋までは十分くらいのはず、橋に着いたからといって暑さがどうにかなるわけではないが、一区切りになるのはありがたい。
赤煉瓦で作られた水道橋が目に入る。
今回の依頼は真っ当な「川のせせらぎの音を録ること」で、行けたら行くとか、その自然現象が発生していたら音を録るという決め事はクリアできるが、その道中がここまで大変なことは今までなかった。