5話_奪え!逃げろ!2人の恋愛勝負(ずのうせん)
『惚れた女の名前くらい、ちゃんと覚えといてね?』
あの夜の出来事から、2ヶ月半が経とうとしている。
特にこれと言って特別な変化があった訳でもないが、気づけば虹花と先輩、そして彼女といる事が多くなっていた。
「僕もたまにいるぞ」
流石に女グループの中に男が1人と言うのも抵抗があり、いや、これはこれで俺得の状態ではある。しかし、枠鳴が存在する事により、周りの視線を緩和しつつ、俺は目的遂行の最中なのだ。
「で。彼女とはどうなっとる?本当に変化なしなのか?」
そだな。
虹花と先輩が一緒にいる時は何も変わらない。彼女との距離も埋まらない。
が。実は2人には内緒にしている事が増えた。正式には彼女も同じように。
それは、不定期ではあるが、俺と彼女は2人っきりで会って話をしている。
あの時の……あのバス停で。
「なんだ。しっかりデートしてぉゎん」
「お前。わざとだろ?俺はいいが、あの子に迷惑をかけるな」
下校中。
いつもの面々で帰っている最中。枠鳴の滑舌良くて聴き取りやすい声を、平気で発しやがるもんだから、急いで口を塞いでやりつつ、怒りを込めた表情を近づける。
不本意でも見つめ合う視線。若干の恐怖を感じた彼は、弱々しく謝罪を込めて軽くうなずく。
「ほう。2人はそんな関係だったか」
「しゅ、秀……あんた。女衣ちゃんと?……やだ。生で見るボーイズラブ(照)」
俺と枠鳴の前方、距離にして成人男性2人分といったところか。そこで楽しく歩いていた女性陣が、俺の言葉で一斉に振り向き、絶賛狂った意見を投げつける。
俺は彼女達に近づき誤解を、いや、注意する。
「その腐女子思考をやめろ。先輩もからかわないで下さい」
「違うのか?」
まさかの本気?
「腐女子思考って言われても、男子だって女同士ってアリ思考なんでしょ?それと同じじゃん」
な。これに関しては反論が出来ない。何故なら、俺はアリの方だから。
「僕は断るぞ秀生。同性愛なんて」
「お前は黙ってろ」
皆のやり取りを無言で眺めて、口元を右手で隠して微笑んでいる彼女。
その姿が視界に入り、心が浄化されて自然に微笑む俺。
まあこれはこれで、仲間内の楽しみという感じで楽しい時間だ。
虹花は勿論、先輩だって無表情でありながらも、口角の上がる回数が増えている。
彼女にしても同じ。以前よりは俺に冷たくするよりも、自然にしてくれている時間は増えた。
それだけでも進歩だと思う。ほんの些細な事だけど、俺にとっては上々だ。
このまま楽しくお互いを知って行けば、やがて彼女との距離を縮める事が出来る。
この時はそう思っていた。思っていたんだが……
そう遠くない未来。俺と彼女は対立する事になる。
いわゆる喧嘩、とまではいかないが。
今思えば子供っぽくてくだらない争い。
しかし、互いに賭けたモノはあまりにも大きく。
皆が立ち止まり、暖かい風を感じていると、彼女が右手をおでこ付近に持ち上げ、指の隙間から射し込む日差しを感じ、空を見上げてこう告げる。
「もうすぐ夏休みだね」
そう。
俺たちの夏は…………もうすぐ来る。
~ 5話_奪え!逃げろ!2人の恋愛勝負 ~
夏休みまであと1ヶ月となる頃。そいつは必ずやってくる。
学生にとって避けては通れない絶対的支配、からの優劣の管理システム的嫌がらせ。
学生が望んでようがいまいが、とにかく全員強制参加で、そいつと向き合わなければならないのだ。
そう。ヤツの名は『期末試験』。
「あうぅー」
「何だその湿気じみた張り付くような奇声は」
帰宅中、突然思い出しかつ思い詰めた言葉を、”あうぅー”に込めた虹花。
この時期にこの言葉を聞くのは珍しくない。むしろこの言葉を聞かされる度に、「ああ、もうすぐだな」などと心で呟く自分がいる。
だから、あえて話の核心には触れず、今の素直な言葉を返してみたが。
「余裕なんだね」
若干不機嫌な口ぶりでつり目になった顔を俺に近づけ、鼻息を荒立てる虹花。
「余裕じゃねえ。俺は諦めてるだけだ」
うちの学校は人気がある。人気があると言う事は、多方面からの注目を集めると言う事。そうなると、当然学校側としては、品格を求めるのは当然の考えである。よって、試験のレベルも他の学校とは少し違い、それが我々を苦しめる。故にだ。虹花の”あうぅー”に繋がる訳だ。
さっき俺が言った諦めてると言う説明は、もはや無用だろ?
「そんな事言わないで、私に勉強教えてよ。あ、なんなら私の家で一緒に……」
言ってる途中から顔が和らぎ、少しニヤけて言葉を中断しながら妄想を始めたようだ。
コイツもそんな年頃になったか……って、俺も変な事を推測してしまったな。
「そう簡単に、男を部屋に連れ込むやつとは勉強したくないね」
「なっ。秀のバカ。そんなつもりで言ったんじゃないもん」
「そう、お前の言う通り俺は馬鹿だから、そんなやつに頼らずとも自分でいい点取れるだろ」
虹花の爽やかな髪を軽くなで、その場から逃げるように走り去る。
「私、知ってるもん。秀は本当は頭良いって事」
背中に彼女の声が微かに届くも、振り返らず家路に向かう俺。どうやら追ってくる気配はないようだ。
しかし、あいつは分かってない。俺が頭良いだって?それは過剰評価ってもんだ。
大体、この学校に入るために、どれだけ必死になったか知らんくせに。頭良いやつを羨ましがり、そいつらに追いつくためにどれだけ寝る間を惜しんだか。
ふ。まあ所詮は頭悪いやつのあるあるだ。
しかし、そのおかげで俺はこの学校に入れた。学生たるもの勉学は大事だが、今の俺には勉学は必要ない。
何故なら
「うわあ」
脳裏で力説している所で、本屋から出てきた女性にぶつかり、まるで落とし穴に落とされた驚き方で、地面にうつ伏せに倒れた。まあ実際落し穴に落とされたやつなんて早々いないが。
ん?よく見るとうちの制服だ。
って。今はこの人を助けなければ。
「あ、すみません。おケガは?」
「大丈夫……です。こちらこそ……よそ見してたようで」
顔が見えない相手に手を差し伸べ、その手を掴もうと俺の方に振り返る女性。
「「あ」」
ハモった声で初対面感は消える。何故なら、俺はこの子を知っているし、彼女も俺を知っていたからだ。
互いに差し出した手が、互いの顔に人差し指が向けられ、2度目のハモり。
「「しゅうさん」」
◆◆◆
この街には変な言い伝えがいくつかある。
例えば俺と彼女が、程よい角度がついている、眩しいくらい緑あふれる芝に座り、一緒に流れる川を見ている所。ややこしく説明したが、簡潔に言えば河川敷。
この場所はかつて”キスの答えを求めるならば、たこ焼きと一緒に転がり落ちろ”などと、何処にも公表できないくらいの言い伝えがある場所。
左に顔を向けてみれば、両手で持った今月の新作『頑固チーズバーガー』を、今まさにお口で受け止めた、朱音…いや、しゅうの姿が見える。
「ふぁべたひ?」
「いや、これはお詫びも入ってるからな。てか、食べてから話していただけます?」
ちなみに、さっき彼女が食べながら発したセリフは「食べたい?」だ。まあ察して貰えると思うが、本屋でぶつかって迷惑をかけたから、河川敷へ歩いてる途中で、彼女が目にしたバーガーを買った訳だが……どうも彼女は珍しいとか、新作って物にも興味があるようだ。しかし、頑固なチーズとはなんだ?かなり味が濃いとかか?生産者が頑固者だからか?
「単に、溶けないチーズを使ってただけね。あたしはてっきり噛めないほど固いやつを期待してたのに」
おそらく、自分の歯を犠牲にする覚悟でヤツにかぶりついてはみたが、思いのほか軟弱な乳製品であった事を、不満に感じている表情で俺に訴えてくる彼女。しかも、俺の心の声にさらっと返事まで返してくれた。
「……いや、それなら店が営業停止レベルだろ。てかさ。どんどん師匠に似て来てるな」
「そう?キミは単純だからじゃない?」
そう言いつつも、祈先輩と比べられて少し上機嫌になる彼女。無理もない。彼女にとって先輩は、生き方の方向性を示してくれた人であり、世渡りのコツを教えられた人だ。先輩に近づく事は、彼女にとっては大成功と言えるだろう。
しばらく彼女の食事を楽しみつつも、河川敷で学生服を着た2人が、次に口にする話題は大概決まっている。学生らしい話とは恋話。今日はここから攻めてみようか。
「バイトで客に告られたりしてる?」
「さあね、そんなの知ってどうするの?」
「俺は少しでも安心が欲しいんだ」
「あたしの役目は奉仕ですので〜ご主人様との距離は常に一定ですぅ」
一瞬、制服姿の彼女が、メイド服を着ているかの仕草と口調で、俺の瞳を見上げる。
出会ったばかりの頃なら、この営業スタイル攻撃に速攻負けていただろう。でも今は違う。こんな事では俺の心を動揺させる事なんて出来やしないんだぜ?だってそうだろ?彼女はいつだって可愛いんだからよ。
「うわ……なんか少し離れていい?身の危険を感じたし」
「どうせ俺がどんなリアクションしたって、上手く交わそうとしてるくせに」
「お。キミもあたしの事を分かって来てるじゃん」
互いに何もしていないが、俺は彼女の事を、彼女は俺の事を、ほんの少しだが最近は理解して話のやり取りが出来てるのかもしれない。だから時々思ってしまう。もしかすると彼女は……て。
しかし。この日思った都合のいい解釈は、数分もせずに忘れ、崩れ、俺は初めて……彼女と……
「そういやもうすぐだね、試験。お互い頑張ろうね」
「まあ程々にな」
「ん〜?余裕ってやつ?ナナちゃんから聞いてたけど、ほんと天才っているんだ」
なんだ?このデジャブな展開は。
それにだ。自慢じゃないが俺は勉強には興味がない。それゆえに諦めていると、七凪歌の友達の虹花に言った。
多分、彼女が目にして来た事を予測するとこうだ。
頭の悪い俺がこの学校に入る時。そりゃあ勤勉だった事だろう。確かにそうさ。何故なら、どうしてもその学校に入りたかったからだ。しかし目標は達成された。今更あの時のような苦労を、誰がしようってんだ?
「よく言うぜ。さぞかしあんたは、なんの苦労もせずにこの学校に入った優等生なんだろ?少なくとも俺よりかは、頭の出来が違うんじゃね?」
正直、この話題はしたくないし答えたくもない。だから、返答を質問に変換させて返してはみたが、これも軽く流されて話は終わる。
はずだった……あくまで俺の脳内では。
「……なにそれ?……バカにしてるの?」
それは突然であり、彼女が初めて俺に見せる本気の表情。
「落ち着け。あんたも俺をからかっ……」
「ふざけないでよ。あたしが何の苦労もしないでこの学校に入ったとでも?」
俺の言葉を最後まで聞かず、感情を抑える事を忘れた女性。優しい瞳は鋭く細く、声量も少し大きめで、手にも力が入り硬く握られ、言葉に合わせるように小刻みに震えている。
どうやら俺は、地雷を踏んだらしい。
しかも結構大きめなやつだ。
彼女の過去は正直分からない。いや、分かる事はあるのだが、今はそんな事を言ってる場合じゃない。とにかくだ、この状況をなんとかしなければ。
「まあ待て。俺だってこの学校に入るのに何の苦労もしてない訳じゃない。だからあんたの気持ちも……」
「知ったつもりで言わないで。大体、あたしの気持ちなんて本気で理解してる?」
「そ、それは……」
人間。そう易々と他人の気持ちなんて分かるものではない。その思考が俺の言葉に歯止めをかけた。
その隙を逃さず、彼女の言葉責めは更に増すばかり。
まあ、気の済むまで俺に言って落ち着いてくれればいい。などと思って黙ってはいるが、一向に口を閉じようとはしない様子。
仕方ない。論より証拠だ。
俺はスマホを取り出し、画像のフォルダから探り出した過去の傑作の1枚を、彼女の目の前に突き出した。
反射的に上半身が反り、一瞬両眼が丸くなりながら俺の眼を見る彼女。
「な、何よ?暴力?」
「ちゃんと距離は考えてるし、画面を見ろ」
表情と体勢を整え、胸を持ち上げるような腕組みをしながら、前屈みになり画面をのぞく。
「にじゅうご、にじゅう…………5教科合計113点?」
「これが俺の中学時代の実力だ。今もそれ程変わらない」
あれこれ言葉を並べるより、物的証拠が1番納得いくだろう。だからあえて恥を彼女に晒した。ようやく落ち着けよ?そして笑え。これでこの件はおしまいだ。
彼女の口元が少しニヤけ、姿勢を真っ直ぐにしながら、俺に背を向けスマホに手をかける。
「……ふ。甘いわね」
そう。俺は自分に甘い人間……って、なんか返答がおかしくね?ま、いいか。少し聞く耳を持ってくれそうだし、このまま終わらせる。
「そう。俺は甘いんだ。だから……」
「これで自分が頭悪いアピールだなんて、甘すぎなのよキミは」
スマホを持った彼女の右手が、身体の回転とともに俺の顔面スレスレで止まった。
「………………見事、100点だな」
「これがあたしの実力なのよ。キミはあたしに敵わないって証明されたわね」
「そうだな。5教科オール20点なんて神業、どうやってもムリだ」
「ふふ。流石に驚いたのかしら?謝るなら今よ?」
驚きはするも、謝罪の求めている点が明らかに変だ。
俺は、彼女のスマホ画像を指さして、余計な言葉を口にした。
「なんでそうなる?大体、あんたは俺に負けてるだろうに」
スマホを引っ込め、今日1番の憤怒で顔を燃やす彼女が俺の顔をロックする。
「はあ?たかが13点で何をいきがってる訳?あたしとキミとの実力差なんて、そんなにないと思うんですけど?」
「別にいきがってるつもりはないね。でも、あんたはもっと出来る人だと思ってたんだがな。残念だ」
「な、なによ。今もあたしがバカだと思ってる言い方して……ええ、いいわ。分かったわよ。なら勝負しなさいよ」
くだらん。なんでこんな事で彼女と勝負せにゃならんのだ。俺は黙秘を続けて、この場を離れようとしていると、彼女は軽く息を吸い込み、俺の背中に向かってドヤ顔で言葉を吐いた。
「今度の試験。勝った方が、何でも望みを1つだけ叶えるって言ったら……キミは絶対に断らない」
その言葉が俺の歩みを止めさせ、彼女の元へと体が動く。
「……後悔するなよ?あんたを手に入れるなら、俺は本気になるからな?」
「勝手にすれば?こんな事でキミから離れれるなんて、ほんと嬉しいわ」
互いに睨み合い互いの想いをぶつけると、同じタイミングで背を向け歩を進める。
こうして、俺と彼女の運命を賭けた、試験勝負が幕を開ける事となる。
◆◆◆
試験まであと1週間となった日。
足早に家路に向かう途中で、背後から明るい声とともに近づいてくる幼なじみ。
「やっと追いついたよ」
「急ぎの用か?そうじゃないなら帰るぞ?俺は忙しいんだ」
少々荒っぽく言葉を発してしまった事で、虹花の表情は少し曇ってしまったが、すぐに晴れやかな笑顔になり、何かを悟った。
「そっか。私も、秀やナギちゃんに負けないようにしなくちゃね」
「まさか、同じ断られ方をしたのか?」
「あはは……あんなナギちゃん見た事なくてね。以外にまだ知らなくちゃいけない事が増えたって感じ」
それは構わないが、今回の件はどうか知らないままと願いたい。しかし、多少なりと迷惑はかけてるな。
「虹花。あとでスマホ見とけ。それくらいしかお前にしてやれないが、いいか?」
かなり説明不足ではあるが、不思議と理解が早い彼女。俺に向かって「了解であります」と敬礼をしつつも、上がった手のひらは左右に揺れていた。
「ここをみんなで乗り切って、いい夏休みにしようね」
「…………だな」
試験が終わった後。
果たして、今まで通りの関係でいられるのか?
もし関係が崩れるとして、1番の被害者は……
いや。今更引けない。どの道、負けたら終わりだ。
例え全てを失っても、俺は彼女を手に入れたい。
だから…………
◆◆◆
1週間が過ぎ、俺と彼女の試験が始まった。
それはそれは静かな戦いだ。おそらく互いのレベルは差ほど変わらない。あの画像に細工をしていない限りな。とはいえ、教科別の点数勝負とは言ってなかった事を考慮すると、この勝負は成績順の勝負だろう。その方が確実だからな。
思った以上にペンが進むぜ。
これならきっと彼女に勝てる。結果発表の時、文字通り跪かせて、俺に忠誠を誓わせてやるぜ。
「見たか。あたしの実力を」
結果発表の夜。
バス停のベンチで成績順位の見せ合いをした。
まあ先にセリフが出ちまったんで、説明は省く。
「ああ。俺の負けだ。見事に逃げ切ったな」
「当然よ。そもそもあたしを怒らせたのがキミの敗因なのよ?今更取り消せとか言わないでよね」
その発言には反論してはみたかったが、何を言っても、負け犬のってやつだ。同時に、こんな勝負で彼女をモノにしようと考えた事の罰だと思った。
緊張の時からようやく解放された彼女は、相変わらずの言動だけど、口調は優しく、表情も穏やかだった。
それは、遠目から見える街の夜景よりもとても綺麗で、手を伸ばしても届かない程に遠い存在。
「所詮、俺には高嶺の花……か」
「…………ねえ?先に質問。この事、ナナちゃんには」
「言ってはいないが、2人が頑張ってるから自分も頑張るって張り切ってたな」
「そっか……だからなのかな」
ふいに軽く空を見上げ、数時間前の言葉と状況を思い出す彼女。
『ナギちゃん嬉しそうな顔だね』
『え?あ、そだね。初めて取れた順位だから』
『もしかして10位以内……とか?』
『まさか。でも、自己のベストは更新したよ』
『おめでとう。ナギちゃん頑張ってたもんね』
『ねえ?ナナちゃんは…………』
「なあ、待つのは嫌いじゃないが、そろそろ終わりにしてくれないか?」
「へ?あ。そ、そうね」
回想が中断され、俺の声で自然と目が合う彼女。
お互いベンチから離れ、向かい合い見つめ直した所で、彼女は小さく息を吐く。
ま。最初からフラれてたんだ。それ以降、いや。出会った頃からずっと、友達として接してくれただけさ。
ただ、出会い方と勘違いが過ぎただけの事なんだ。
だからもういい。これ以上の抵抗は無意味だし、無様だよな。
「あたしの望みはもう知ってると思うけど、最後に言い残す事はないかしら?」
特に何かを企んでいる様子でもない。それでいて哀れみの表情や見下すといったつもりもないようだ。至って普通。それ故にどんな言葉を今更求めるんだ?
でも、今夜を堺に何かが変わるとすれば、ここで責任を取るきっかけを与えてくれた事に感謝だぜ。
俺は彼女、七凪歌朱音を真っ直ぐに見つめ、こう伝えた。
「虹花とこれからも仲良くして欲しい」
その言葉を聞いた時、彼女の開いていた手が硬く握られ、先程の回想が蘇る。
『ねえ?ナナちゃんは成績どうだったの?』
『え?実は私も自己ベスト更新したんだ。秀が苦手な科目をサポートしてくれたおかげかも』
『そうなんだ。で、順位は?』
俺の言葉を無言で返し、拳に力を入れ、鋭くなった瞳を俺にぶつけながら、綺麗な口が大きく開く。
「あたしの望みは………………明日からも、いつも通りでいいわ」
言っちまったか。これで本当のおしまいだ。
俺は彼女を諦めて、もう手を出さな…………ん?
ちょっと待て。今なんて言った?俺の都合のいい解釈だったか?
「ごめん…………聞き間違いかもだから、もう1度言ってくれないか?」
「キミは、明日からも、いつも通り、わかった?」
わざと言葉を途切れさせ、ハッキリとゆっくりと、ついでに面倒そうに俺に伝える。
「理解したが、朱音さんの望みは……」
両手を腰に当て大きくため息をつき、俺の前まで歩いてくる彼女。
そのまま通り過ぎるつもりで歩みを進め、2人の肩が並んだ所で立ち止まり、彼女の真の言葉を耳にする。
「好きになってくれたのは感謝してる。でもね、あたしは秀を”彼氏”にしたいとは思わない」
伝え終わると同時に再び歩み始め、バス停を後にする彼女。
「そこまで言うなら理由を教えてくれないか?」
彼女の背中に、思考の矛盾と真実の納得を結ぶものが知りたくて、気が付けば言葉を投げていた。
歩みを止め顔だけ振り返り、斜に構える彼女。
「あたしは、恩を仇で返すなんて……出来ないよ」
弱々しい言葉を残し、街並みへと溶けて行く。
その姿を無言で見送る俺は、さっきの言葉が頭に拡がる。
…………その答えなら…………また勘違いしちまうぜ?
◆◆◆
街を抜け、誰もいない河川敷をあたしは歩きながら、自分の成績表を取り出し、変更しようがない順位を見返していた。
『やっぱナナちゃんには敵わないな』
『たまたまだって、そだ。次は一緒に勉強しよ?なんなら秀にも手伝ってもらって』
「もういいよ。分かってるから……あたしは……あたしじゃ」
気が付くと、成績表が変形するくらいに力の加減が出来なくなった彼女。
そして……視界がぼやけ、歩みが止まり項垂れる。
ホントは終わらせたかった。もうこんな思いはしたくない。あの子のためだもん……でも、それを認めると……変になるよ……
乱れた思考でいながらも、この感情は理解していた。
こんなものがあたしの中にあったなんて知らなかったよ。
「あたしって…………ほんと最低」