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2話_名前だと思ってた?

目覚ましの音より先に目が覚めた朝。

早々に仕度を済ませて家を出る。

いつも通りだ。そう、いつも通り。

コンビニに寄って、サンドイッチとコーヒーを買い、それを食しながら学校へと向う。

一人暮らしだからこそ出来る特権みたいなものだ。


……独り……だな。


昨夜で何かが変わると思ってた。

主人公だからスキルでどうとでもなるとか言ってた自分が恥ずかしい。


しかしどうも解せん。

あれだけ好印象だと思ってたのに、俺は見事にフラれた。


ほれのどほが(俺の何処が)ほはひかったむな(おかしかったんだ)


口の中をモグモグさせながら、つい心の声を言葉にした時。


「もう、行儀悪いよ?あ。またそれ?」


俺の姿を見つけた虹花が、急ぎ足で駆けつけての登場だ。


「ふう。俺の好物を、お前は毎回否定するなよ」

「別に否定してないよ。ただ、ちゃんと食事はしてるのかなって」

「お気遣いは感謝するが、朝はこれで事足りるんだ」

「そっか。あ、昨日はありがとね。ナギちゃんを送ってくれて」


虹花の追い討ちで、俺の心は更に沈んだが、彼女に罪はない。俺は一言、気にすなとだけ返して歩き出すと、虹花も歩幅を合わせて付いてくる。時折、スマホを眺めながら落ち着かない様子だ。


「虹花よ。急いでたんじゃないのか?」

「ええ?あ、えっと……うん」

「俺に気を遣うな。学校でも会えるだろ」

「でも……」


彼女は俺の事を慕ってくれている。と言うか、ただの世話焼きなのだ。

自分がどんなに追い込まれていようが、俺の為に力になろうとしてくれる。


ああ、そうか。あいつは俺の様子がおかしいと気付いていたのか。だから俺なんかに。


「ありがとな。でも本当に大丈夫だ」

「秀……。うん、じゃあ待たせてるから急ぐね」


彼女は軽く手を握り走り出す。

俺は彼女を見送りつつも、軽い気持ちで、小さくなって行く背中に質問した。


「一体、誰と待合せなんだ?」


「ぇ……?ぁ、ナギちゃんだよ」


彼女は一瞬立ち止まり、俺に向かって叫ぶと、再び全速力で去って行く。


ああ、同じクラスのナギちゃんね。

あの可憐で清楚なメイドさんだな。


『あたし、キミの事は……』


それでも俺は。


「諦めれる訳ねえよ」


別に誰に発言した訳でもないが、思いの強さがそうさせた。

考えるより先にとはこう言う事だろう。

俺は、既に見えなくなった虹花の背を追い、走り出していた。


しかし、あいつは本当に脚が早い。

特に部活とかしていないのに、体力は俺と互角、すまん。俺以上だ。本気で走っているのに、まだ姿が見えん。まあ行き着く先は同じ所だが、どうしても彼女に……見えた。

虹花は、彼女と楽しく会話をしているようだ。

追い付くなら今しかない。


て。何でまた走る?


俺の姿に気づく前に、走り出す2人。くそ。ようやくって所でまた引き離されるのか?


「ま、待ってくれ」


息を切らしながら声を上げるも、空気と溶けて自然消滅。

結局、彼女たちより速くなるしか手段はない。

今こそ唸れ、俺の潜在能力。


音速走行(ソニックラン)


この技は、身体中の血液を滾らせ、両腕両脚をフル回転させる事により、通常より素早く走れると言う……ただの全力疾走だ。


朝っぱらから、女の子の背中を全速力で捕まえに行くだなんて、どうかしてるな。でも、ここまで来て止められるかよ。


「おい。あの子たち、アイツに追われてないか?」

「やだ。ストーカーなの?怖い」


通学中の生徒たちが、俺たちの光景を見て意見する。

外野からすれば、当然の見解だろうが、今は間違いを正してやる余裕はない。が、これが何時までも続けば、退学処分にもなりかねん。

幸い、彼女たちの姿は十分に確認出来る距離まで来た。


「頼む、振り向いてくれ」

「「…………」」


まだ聞こえないのか?それか無視なのか?てか、お前らは何でそんなに急ぐんだ?

ああ、色々考えるのめんどくせえ。要は1人だけでも気付かせればいいんだろうが。


お前なら、確実に俺の声に反応してくれる。そうだろ?


虹花(ななか)


声を聞き入れ、ようやく立ち止まると、俺の方を振り返りながら返事をする彼女。


「はい?」「何でしょう?」


「…………え?」


同時に振り返る事には疑問はなかった。

だけど、その先の出来事には……疑問しかない。


何故、彼女の名前に彼女が口を開いたんだ?



~ 2話_名前だと思ってた? ~



分かった事がある。

と言うか、単に俺の思い込みと言うオチなのだが。


放課後。誰に向けて配信している訳でもないのだけれど、言いたい気分なので話を進めるとだな。

今朝、通学途中で虹花を呼び止めた時。一緒に振り向いたナギちゃん。友達の行動に、身体が反射的に動いたのだろう。

ここまではよい。が、問題なのはこの先だ。

あの時、確かに俺は虹花と叫んだ。なのに2人同時に返事が返って来た。

どうして?ナギちゃんはナギちゃんであって、虹花ではない。そう、彼女の名前はナギなのだ。


と。勝手に俺の頭で思い込んでいた訳だ。


結論から言うと、彼女はナギではなくナナカ。

虹花と同じ、名前だったんだ。


「いいえ、違いますよぉ」


「わあ。ナナカ……さん?どうしてココに?」


「今日も私と帰るからだよ」


昨日に続き、俺の教室へと入って来た2人。

いやいや、ここは解説してる所じゃないな。名前じゃない?しかも俺は、声に出して言っていないが?まあそこはどうでもいいか。

彼女の名前は、ナギ ナナカではない。て事は……


「ナナカは……苗字?」

「はい、正解です。あたしとナナちゃんは、同じナナカでもナナカ違い」

「そうそう。2人が合わさると、こんな感じになるんだよ」


そう言って彼女たちは目の前に並ぶと、各々の利き手の人差し指で自分の顔を刺しながら、俺に改めて名乗る。


「あたしは七凪歌(ななか)」「虹花(ななか)だよ」


「…………紛らわしいな」


俺の本音に、不機嫌な顔を魅せる事もなく、もう聞き慣れたって顔で微笑みながら、互いの顔を見つめる2人。


「だから、私は彼女をナギちゃんと呼んで」

「あたしは彼女をナナちゃんって呼んでるの」

「なるほど。て事は、君の名前は”七凪歌ナギ”ちゃんなんだ」


俺が自信満々に確認すると、口元を隠しながら驚き、片足が1歩分下がって虹花を見るナギちゃん。

苦笑いしながら軽く頷き、俺を見つめる虹花。


「まあ、今はそれでいいです。少しずつあたしを知ってくれれば」


そう言って俺に自然体の表情を魅せると、廊下の方へと歩き始める。


慌てて帰る準備をしながら、隣で待ってくれている虹花に、小声で質問した。


「彼女はバイトなのか?お前も店まで行くのか?」

「え?今日はナギちゃんお休みなんだ。だから、4人でお話して帰ろうかと思ってね」

「待て。仮に俺たちを誘う為にここに来たなら、俺を含めて3人だ。残念だが、枠鳴は先に帰ってる」


「4人で合ってますよぉ」


教室の入口付近からナギちゃんの声がし、廊下に向って手招きをする。


「お邪魔するよ」


彼女の隣に突如現れた女の子。いや、女性と言う言葉が相応しい程の綺麗な容姿。

虹花を基準にすると、天と地ほどの差がある。


「どう?学校だと、全然違うでしょ?」

「お前は何を言っている?でも……すげえ美人」


虹花の問い掛けに、言わなくてもいい本音を口走った俺は、急いで口元を押さえたが、時既に遅し。

その姿を見て、クスッと笑うナギちゃん。

そして、その隣にいる女性が、表情は変えず、少し照れながら口を開いた。


「褒めるのは、メイドの時だけにしてくれないか?」


メイドと言うフレーズに反応し、彼女の顔をもう1度確認する。

そういや、ナギちゃんの隣に来たメイドさんも美人だったな。でも少し雰囲気が違うんだ。何と言うか、制服姿の彼女は……少しクールで、無表情だ。


でも、俺の知りうるメイドは2人。ナギちゃんと、もう1人は。


「もしかして……祈先輩ですか?」

「ああ。祈だ」


◆◆◆


下校途中、ファーストフード店「MARC(まーく)」に立ち寄り、新作のパンケーキバーガーたる品を3つと、コーヒー4つを持ち帰りで注文し、何故か俺が全額支払う。


そして現在。

俺たちは、この街で都市伝説となっている、”たこ焼きが舞い踊る河川敷”を、バーガーを食べながら歩いている訳だ。ちなみに俺はコーヒーのみだがな。


「何で飲み物だけにしたの?バーガー嫌いだっけ?」

「嫌いじゃないが、パンケーキを挟んでまで食べる物じゃないし、余分な出費は避けたいんでな」

「まあ今日くらいはいいでしょ?なんたって、こんな美少女3人と一緒に帰れるんだし」


虹花と話している数歩先に目をやると、メイドの2人組がバーガーを食しながら談笑している。多分な。

声は届かないが、互いに顔を合わすと、楽しそうな横顔が伺える。

ま、この状況は悪くない。ただ、どうしても言わずにはいられないのが。


「ほう。お前はあの2人と同レベルとでも思っているのか?」

「……私だって……だよね。でも酷いなあ。祈先輩に美の秘訣でも聞いてこよっと」


何か歯切れの悪い答えを残し、虹花は先輩の元へ走り出す。


それにしても。あいつの知り合いに、こんな美人が存在していた事に驚きだ。まあ虹花も、俺が聞く質問以外は答えないしな。わざわざ個人の情報を売る事はしないだろう。真面目だし、マメだしな。


「隣、来ちゃいました」

「え?七凪歌さん?何で?」

「ナナちゃん、祈さんに相談事があるみたいなんで、あたしは遠慮して、寂しそうなキミの相手でもってね」

「そりゃどうも」


頭の中であいつの事を考えていて、彼女が俺の所まで下がって来てる事に気付かなかった。

しかし、可憐で清楚な彼女が、あのバーガーを平気で食べるとは。意外と普通の女の子なんだな。


ふと、彼女が持っている食べかけのバーガーに視線を向ける。すると、気づいた彼女が、バーガーを俺の口元にそっと差し出す。


「はい。意外と食べれるよ?」


よりにもよって、彼女が食べていた部分を向けて、俺に食べろとな?それにしても食べ方も上品だ。綺麗な楕円の……て、そうじゃない。このまま俺が食べるって事は……あの、間接ってやつだろ?

意識して体温が上がって行き、思わず彼女に目を合わせると、ただ笑って見つめるのみ。


まさか、からかってるのか?


だよな。俺は彼女に昨晩フラれてる。

嫌いな相手に、そんな好意の持った行為をするか?

まあここは、からかわれる前に、先に疑いを投げるのが吉か。


「嫌いな相手に、普通食わすか?」

「でも、キミは好きなんでしょ?食べるなら早くして下さい。見られたら誤解されちゃう」


ど、どう言う事だ?全く意図が掴めない。

でも言葉も乱暴じゃないし、表情も嫌がってない。


はっ。

今度こそ主人公スキル発動か?てか、実は前回から発動してて、効果は遅咲きなのか?

何だよ、それならそうと言ってくれれば……いや、俺は信じない。これは何かの罠だ。そうワナ。でも……彼女と間接を味わうチャンスは……今だけかもしれん。


なら答えは出た。この衝動は抑えられない。


「後で後悔しないでくれよ?」


彼女の食べた部分に重なるようにして、バーガーを食す。

パンケーキのせいなのか?彼女との間接的な交流のせいなのか?

どちらにせよ、俺の口の中は、とても甘い……ん?酸っぱい香りが?……これはピクルスか。

パンケーキにピクルスは、普通ミスマッチだろ?


俺のリアクションを確かめ、満足気味な顔つきで手を引っ込めながら、少し離れつつも並んで歩く彼女。

虹花は未だに、先輩から美の秘訣ってやつを聞いているようだ。


「ナナちゃんて、愛日高(まなびこう)で最初の友達なの」

「そうなんだ。よりによってあいつとはな」

「ナナちゃん、そんなにダメな子なんですか?」

「いや、七凪歌さんの友達を悪くは言えない。それにな、あいつはダメじゃなく人が良過ぎなんだよ」


俺の言葉を聞いて、クスッと笑い、「幼馴染みの本音」と彼女に言われた。


「七凪歌さんは、あいつを苗字で呼ぶ事は?」

「それは……してない…かな」

「珍しいもんな。もしかして、1度も呼んだ事ないとか?」

「いや〜そうじゃないけどね。特に今は言えないかな。怒られそうで」


怒る?虹花に限って、決してそんな事はない。

友達なら尚更だ。それに、あいつはそんな子じゃないんだよ。だから彼女には悪いが、ここは実践して誤解を改めてもらうか。


「大丈夫。あいつはそんな子じゃないから。見ててくれ」

「え?そうじゃなくて。ちょっと、奈緒くん」


「なあ、聖母(まりあ)


俺は、周りに配慮しつつ適量の声量で、彼女の背中に声を投げた。


「ん?」「呼んだかい?」


…………は?

何で2人して振り向く。


先輩の名前は”祈”で確定だろう。だって、七凪歌さんのように、苗字って事は考えにくい。何より、本人が祈と言っているし、ナギちゃんも祈さんと呼んでいる。

て事は、俺が次に言う台詞はこれだ。


「まさか、先輩の苗字は……虹花と同じ?」


先輩は無表情でありながらも、軽く左右に首を振り否定する。


「え?祈が名前では?」


俺は更に言葉を重ねると、無表情な彼女の口角が上がり、自ら真名(しんめい)を名乗る。


「祈は愛称。本名は、七五三祈(しめぎ) 舞愛(まりあ)だ」

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