ミルクボーイさんの漫才フォーマットで『伊坂幸太郎』
「どうもよろしくお願いします」
「お願いします」
「あー、ありがとうございます。今、秋の読書キャンペーンのピンクレシートを頂きましたけどもね。ありがとうございます。もう、こんなんなんぼあってもいいですからね」
「いちばんいいですからね」
「ありがたいです。ほんとにね」
「うちのおかんがね、好きな作家がおるらしいんやけど、その人の名前をちょっと忘れたらしくて」
「好きな作家の名前を?どうなってんや」
「いろいろ聞くんやけど、全然分からへんのんよ」
「ほな俺がね、おかんの好きな作家?一緒に考えてあげるから、どんな特徴を言うてたか教えてみてよ」
「魅力的な登場人物と、独特な文体、終盤に怒涛の伏線回収があるやつやって言うてたな」
「伊坂幸太郎やないかい。その特徴と言えば完全に伊坂幸太郎やないかい。すぐ分かったやん、こんなんもう」
「いやちょっとな分からへんのんよな」
「何が分からへんのよ」
「俺も伊坂幸太郎やと思ったんやけどな」
「そうやろ?」
「おかんが言うには、中高生には内容が難しすぎて手に取りにくいって言うねんな」
「ほな、伊坂幸太郎と違うかぁ。伊坂幸太郎はライトノベル並に読みやすいからね。伊坂幸太郎はあんなに分厚い本を出すくせに、一日で読み終えられるからね。伊坂幸太郎側もね、高尚な文学の役割を担えと言われたら荷が重いよ」
「せやねん、せやねん」
「伊坂幸太郎ってそういうもんやから。ほな伊坂幸太郎とちゃうがな。ほなもうちょっと詳しく教えてくれる?」
「なんであんなにインタビューで腰が低いんかが分からんらしい」
「伊坂幸太郎やないかい。インタビューもエッセイもめちゃくちゃ腰が低いんやから。でも俺はね、あれは読者を意識した言動だと睨んでるのよ。俺の目は騙されへんよ。俺騙したら大したもんや。だって、伊坂幸太郎はね新人賞デビューを飾った時に、「この新人賞に送ろうと思ったきっかけは、去年『新人賞の選考委員を務めさせてもらったが総じて退屈だった』という選評の言葉があったから、なら俺が送ってやろーじゃねえかと思った」って言ってたからね。熱いもんもってんねや。俺はなんでもお見通しやねんから。伊坂幸太郎やそんなもん」
「分からへんねん。でも」
「何が分からへんねん」
「俺も伊坂幸太郎やと思ったんやけどな」
「そうやろ」
「おかんが言うには、本格推理小説に入るって」
「ほな、伊坂幸太郎とちゃうやないか。そのデビューした小説は、喋る案山子が殺されているもんね。伊坂幸太郎はね、ミステリー小説の定義をかなり広めないと枠に入らないからね。自分の小説には「謎がない」ことで悩んでいるからね。殺人事件が起きて、探偵がトリックを暴く本格推理からはかなり遠いねん。ほな伊坂幸太郎とちゃうがな。ほなもうちょっとなんか言ってなかった?」
「メディア化の多い作家だって」
「伊坂幸太郎やないかい。伊坂幸太郎と東野圭吾と池井戸潤はほとんどメディア化されているんやから。あと、湊かなえもありました。伊坂幸太郎よ。そんなもん」
「分からへんって」
「なんで分からへんのん」
「俺も伊坂幸太郎やと思ったんやけどな」
「そうやろ」
「おかんがいうには、直木賞とったって」
「ほな、伊坂幸太郎とちゃうやないか。あれだけ売れていて、直木賞とってないからね。伊坂幸太郎は五度の直木賞候補からの落選をへて、六度目で直木賞選考を辞退したからね。伊坂幸太郎とちゃうやないか。ほなもうちょっとなんか言うてなかったか?」
「おかんがいうには初期の方が評判が良かったって」
「伊坂幸太郎やないかい。14作目の『ゴールデンスランバー』あたりから、伏線を綺麗に回収する初期のスタイルから、あえて回収せず肩透かしのようなラストを書き始めるんよな。そこで読者がだいぶ離れたし、初期が傑作と言われてるんよ。伊坂幸太郎に決まりよ、絶対」
「分からへんねん、でも」
「なにが分からへんねん」
「俺も伊坂幸太郎やと思ったんやけどな」
「そうやて」
「おかんが言うには、他の人と一緒に作品を作ったことないって」
「ほな伊坂幸太郎とちゃうがな。伊坂幸太郎は、最新作で本を読んでいると急にコミックパートが出てきて、漫画家がアクションシーンを描いているんや。他にも、阿部和重や8組の作家と大長編の本を書いたこともあんねん。この数年は一人で作成している方が少ないくらいや。ほな伊坂幸太郎とちゃうやないか。ほなもうちょっとなんか言ってなかった?うん」
「本の表紙の絵だけだと、何の話か分からんらしい」
「伊坂幸太郎やないかい。伊坂幸太郎の作品の表紙は、小説の内容が浮かばへんのんよ。浮かんでくるのは、寂しそうな顔をした小さな少年の木彫りだけ。木彫りの少年だけ。伊坂幸太郎に決まり」
「でも、分からへん」
「分からへんことない。おかんが好きな作家は伊坂幸太郎」
「でも、おかんが言うには伊坂幸太郎ではないって」
「ほな、伊坂幸太郎ちゃうやないかい。おかんが伊坂幸太郎ではないと言うなら、伊坂幸太郎とちゃうがな。先言えよ。俺が木彫りの少年の真似をしている時、どう思ってたん?」
「申し訳ないなって」
「ほんまに分からへんがな。どうなってんねん」
「おとんが言うにはな」
「おとん」
「スティーブン・キングじゃないかって」
「いや、絶対ちゃうやろ。もうええわ」
「どうも、ありがとうございました」