表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
85/86

第82話 歪なる支配体制

 エレメンティアの王宮は来る日も来る日も大忙しであった。支配者が代わったのである。すなわち、方々に打ち立てられた国旗は元より、細々とした内装に至るまでが差し替えを迫られているのだ。


 豪華絢爛なる調度品は粗方売り飛ばし、安価で質素な物を代用する。イスティリアが宝物庫に残さした品々は過半数を国民に分配し、残りは国庫に入れた。そういった作業もひとつひとつが煩雑な手続きを必要とする。為すべき事は山積しているのに、人手は限られている。なので、官位の上下を問わず駆けずり回らざるを得ないのだ。


「あいゴメンよ、ちょっくら道を空けてくれ」


 しきりに声を出しながら回廊を行くのは、重臣テーボである。彼が持ち歩く紙の山は、鍛え抜かれた体をもってして尚もフラつく程の量である。視界を塞がれて見通しも悪いので、ともかく声を出して歩むことにしたのだ。


 すれ違うメイド達が、申し訳なさそうに会釈を残していく。本来であれば彼女達が率先して行うべき仕事である。それでも一声すらかけないのは、火急の別件が差し込まれている為だ。


「ユラグ陛下。今日の分をお持ちしましたよっと」


 どうにかして執務室に潜り込むと、その暴力的なまでの紙束を机に置いた。そうして積み上がった『塔』の端に、ユラグがこめかみを押さえる姿が見える。


「テーボよ。これは何の騒ぎじゃ?」


 主に代わってユーレイナが問いかけた。口調にトゲが含まれているのは、おおよその察しがついている為である。


「こりゃあれだ。全国の貴族やら豪商から申し込まれた縁談ってやつよ」


「まったく、へつらうのが早すぎるわ。流浪時代は見向きもせんかったのに、都合の良い連中じゃ」


「そりゃそうなんだけどよ、どうしてユーレイナが怒るんだ?」


「ふん! 別にいつも通りじゃ!」


 ユーレイナが宙でふて寝すると、両者が言葉を止めた。その空隙に溜め息を差し込んだのはユラグだ。


「テーボ、全て断っておいてくれ」


「良いんですかい? どれもかしこもベッピンさんですが」


「返答としては、こうだ。『余は若輩者であり、不明の男である。未だ妻を娶る資格を得ず』くらいが丁度良いだろうな」


「勿体ねぇ気もしますがね」


「何を言うとるんじゃ。こんな無礼な連中には、鼻クソを引っ付けた返書でも送りつけてやれ!」


「鼻クソはともかく、頼むぞテーボ」


「あぁ。アッシがやるんですね?」


「他に頼める者が居ない」


「良いですよ、やりますってば」


 テーボが紙束を床へと移し、いくつかを手にとってみた。上から2、3眺めるだけでも、華やかな肖像画が眼を喜ばせてくれる。手足の長く、滑らかな金髪が美しい女。豊満さを全面に押し出した様な、悩ましき体つき美女などが、十把一絡げにフラれたのである。


 改めてテーボは思う。勿体ないと。この中の1人とでも巡り会えたなら、何をとは言わないが、毎晩捗るだろうと思えてならないのだ。彼の顔色を例えるなら、湖に弁当でも落とした時に似ている。どうにも成らぬ事を惜しむ表情そのものなのだ。


 そんな腹心が退室しようとするのを、ユラグが引き留めた。用件はまだ終わっていないのだ。


「テーボ。見合いはさておき、真面目な話がしたい」


「あいよ。何についてです?」


「大陸の情勢についてだ」


 ユラグは壁に掛けられた大地図を見た。テーボもそれに倣って同じ方に向く。


「知っての通り、僕らはかつて無い程に版図を広げた。旧エレメンティアの他にも、セントラル東部やノストールにハイランド。それからサウスエンドの一部も勢力圏となっている」


「随分とでかくなったもんですね。そりゃ、文官なんぞは不眠不休にもなりますわ」


「だが、依然としてイスティリアは別路線を取っている。同盟はおろか、領土不可侵にも応じない。何故だと思う?」


「そりゃ勿論、確執があるからでさぁ。仇同士が今さら、手ぇ繋いで仲良くなんて出来ねぇっしょ」


「最初は僕もそう思った。だけど、根はもっと深いらしい」


「と、言いますと?」


 テーボが結論をせがむと、ユラグは報告書を手に取った。


「セントラルやノストールなどから追い出された王家や領主達は、こぞってイスティリアに亡命したらしいんだ」


「ええっ? そいつはマズいんじゃ……」


「そうじゃのう。ユラグが虎視眈々と旧領回復を探ったように、奴等も同じ事を企むじゃろうな」 


「つまり、人間は二大勢力に分けられた形となっている。友好の望めない国同士によって」


 一躍大勢力へと成長したユラグ達だが、その内実は磐石と呼ぶに程遠い状態だった。エイデンとイスティリアに挟まれる立地は挟撃を受けているようにも見える。


 また、統治機構も不安定だ。領内にはユラグの支配に反発する者も少なからず居り、それが内乱の火種となっている。イスティリアを圧倒する国力と軍事力を抱えてはいても、気の抜けないシーンはしばらく続く事だろう。


「ともかく、領内の安定に努めようと思う。一日長く支配すれば、それだけ従う者も増えていくはずだ」


「まぁ、気負わなくとも良かろう。エイデンとは不可侵の密約を交わしておる。実質、敵はイスティリアだけじゃ」


「そういやよ、魔王達は大丈夫なんかい? 城を襲撃されたって聞いたけどよ」


「昨日に連絡が来た。あわや娘を拐われそうになったが、どうにか事なきを得たらしい。それどころか、侵入者を味方に引き入れてしまったとか」


「へぇぇ。そいつはスゲェな」


「おっとテーボよ、驚くにはちと早いぞ」


 ユーレイナは横やりを入れると、不敵な笑みを浮かべた。それから、テーボの訝しがる表情を見るなり、持論の展開を始めた。


「エイデンは書面で、このように言うとった。ニコラから発した金色の光が敵を貫き、改心させたと」


「うん? それってどっかで聞いた事あるような……」


「あるような、という次元の話ではないぞ。これがもし事実であれば、魔王の娘は聖属性の特性を持っている事になる。それも、そんじょそこらのモノではない。特上じゃ」


「特上の聖属性って……あぁ!」


「三聖人がひとり、聖レイリアと同等の能力じゃ」


 三聖人とは、人族が伝承する神話の中で登場する超人たちである。半人半神の彼らは人魔を圧倒する力を持ち、地上を平定した後、人族に領土と文明を授けたと言われている。その内の1人がレイリアという名の少女であり、彼女の能力はニコラのものと極めて酷似していた。


「レイリアといえば愛と協調を司る聖人じゃ。彼女は常に、金色に輝く光を振りまいたと伝えられておる。ある時は荒れた民心を安んじる時、またある時は、不届き者を改心させる時に使われたそうな」


「士官学校で習った事あるぞ。レイリアって言やぁ、凶悪な犯罪者や悪党だけでなく、獰猛な獣すらも手なづけたって」


「そうじゃ。その力は『博愛の光』と呼ばれるものなのじゃが、極めて珍しい特性での。妾も3000年程世の中を見ておるが、使い手は1人か2人というレベルじゃな」


「何だってそんなレアな聖属性が魔族、よりにもよって魔王の娘に?」


「さぁてのう。血筋か出生に秘密があるのやもしれんな」


 ユーレイナは文書に目を落とし、改めて文章を読み返した。最後の一文が琴線に触れたらしく、小さく吹き出してしまう。


「エイデンのやつめ。『何故だか分からん』と申しておる。まぁ、魔族にとって聖属性とは未知の分野であるからのう」


「いつだったか嘆いていた事があったな。『ニコラに中々特性が宿らない』なんて」


「とんでもない話じゃ。国宝級の能力じゃぞ。奴らが特性に気づいていないのは、聖属性に対する知識の欠如からじゃ。大方、健診などで調べておるのじゃろうが、医師が魔族なら百編調べても分からぬだろうよ」


「エイデンに教えてやるべきだろうか?」


「いや、やめておけ」


 ユーレイナはそれまで緩めていた顔を引き締めた。発する気配も固いものがある。


「『博愛の光』とは、実は危うい能力なのじゃ。考えてもみい、敵が全て味方になるのじゃぞ? 無闇やたらと乱発したならばどうなる?」


「世界を支配できる。たった1人で」


「その通りじゃ。聖レイリアは清廉な人物であったので悪用しなかった。だが、魔王の娘はどうかのう?」


「ニコラが、あるいは周囲の者達が野望を抱くと?」 


「やりかねんじゃろう。だから連中には、謎の能力と思わせておくべきじゃ。少なくとも、お墨付きを与えるような真似は許されん」


「だ、そうだ。テーボ、この話は内密に頼む。決して口を滑らせないように」


「あいよ、分かりました」


 そこまで話すと、執務室のドアがノックされた。メイドがユラグに来客を告げたのである。王位に収まって以来、とにかく人と会う時間が増えて辟易とさせられるようだ。


「テーボ、僕はこれから外す。見合いの件は任せたからな」


「ちゃんとやるようにな。鼻クソを忘れるでないぞ」


 席を立ったユラグにユーレイナが寄り添い、2人は同時に執務室を後にした。1人きりとなったテーボは、山積する紙束を眺めては深い溜息をついた。


「博愛の光……ねぇ」


 彼は思う。もしそんな能力を授かったとしたら、即座に悪用すると。自分好みのお嬢さんを見つけては片っぱしから光を浴びせ、空前絶後のハーレムを築いてやるのに、と。


 取るに足らない愚痴を浮かべつつ、彼は再び紙束を抱え持ち、回廊へと歩み出た。これより何百人ものご令嬢にお断りをせねばならない。もう一度だけ『勿体ない』と呟き、慌ただしさの残る通路を進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ