表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
82/86

第79話 魔王様の大返し

 空が赤く燃える。薄雲の隙間より差し込む陽射しが、次なる朝を告げた。都の住民はまだ浅い眠りに落ちているだろう。


 郊外には既に配下が整然と並び、臨戦態勢となっていた。遠くの防壁の上には、守備兵の待ち受ける姿も見える。両軍ともに、火蓋が切って落とされる瞬間に備えていた。


「陛下。いつでも出撃が可能です」


「まずは私が出よう。そなたらは牽制に徹し、ユラグ隊を見つけたなら、そちらに襲いかかれ」


「承知しました!」


 本来であれば、城攻めも配下に任せる予定だった。そこを敢えてエイデンが出張るのは、早急に戦を終えてしまいたいからだ。イスティリアの撃退はあくまでも前座である。その時間を短縮したいが為に、自らの力を振るう事に決めた。


 娘と離れて丸1日が経過した。一刻も早く居城に帰りたいと願うばかりだ。


「では始めるぞ。蹂躙じゅうりんせよ」


 エイデンの号令とともに、全軍は小隊単位に分かれて移動した。騎馬隊は槍を弓に持ち変えて、守備兵に向けて射込む。


 城内から敵の騎馬隊が飛び出してくる。だが、南北西の各門を攻めては退くエイデン軍に翻弄され、狙いを定められないでいた。馬の自力も段違いだ。追えば容易に逃げ切られ、さらに追跡すれば、その穴を別の騎馬隊が脅かす。


 そうして守備兵は一人、また一人と、弓矢によって戦線を離脱していくのだ。


「よし。そろそろ行くか」


 エイデンは魔法兵を背後に残したまま飛翔した。そして魔法によって暗雲を生み出し、街中を夜闇に引き戻した。赤黒く染まる空が、生々しい出血を連想させるようで、一層不吉なものに見えた。


「魔王に楯突く愚か者どもめ。まだ私の力を知らぬとのたまう気か!」


 エイデンは横一文字に大きく腕を払った。極めて鋭利な風刃が疾走し、門扉に直撃した……かに見えたのだが、それは見えない壁によって阻まれた。


「ほう。防護魔法仕込みか。さすがは王城という所か」


 2度、3度と攻撃してみるも、結果は同じだった。これには守備兵も歓声をあげた。魔王恐るるに足らず、といった様子である。


「今のうち、ぬか喜びに浮かれておれ」


 エイデンは手段を変えた。風刃のような広範囲の攻撃は改め、雷による一点突破を目論む。


「これならばどうだ!」


 暗雲で蠢く幾筋もの稲光が集まり、西門の真上に落とされた。ガラスの割れるような音が聞こえた刹那、轟音が鳴り響き、地面を大きく揺るがした。


 もはや魔王軍を阻む守りは無い。焼け焦げた石の破片を乗り越えて、グレイブ軍が中へ突入し、大声で勝ちを喧伝しながら駆け抜けていく。


 その事態を受けてイスティリア軍は我先にと逃げ出した。騎兵歩兵、指揮官や末端の垣根もなく、完全なる敗走を晒したのだ。街の住民たちが絶望の淵へ突き落とされるには、十分過ぎる光景であった。


「なんと歯応えの無い! ニンゲンなど相手にならぬわ!」


 暗雲垂れ込める空で、エイデンが高らかに嘲笑う。だがそこへ、示し合わせた通りに一団が駆けつけた。


「そこまでだ、魔王ォーーッ!」


 東の原野を駆ける集団は騎馬隊だった。白馬揃えの部隊は、遠目からもよく目立つ事だろう。都に取り残された人々は、そちらを指差しては高らかに叫んだ。


「味方だ! 援軍か来たぞ!」


「おい、あの旗を見ろ。もしかして……」


「間違いない、ユラグ様だ!」


「皆喜べ、ユラグ様がお戻りになったぞーーッ!」


 街中が歓喜の声で大いに揺さぶられる。人々は恐怖すら忘れ、2階3階の窓を開け放ち、喉が嗄れる程の声援を送った。先程まで息を潜めていたとは思えないくらいである。


 守備隊の逃げ去った防壁の上も、いつしか観衆が集まりだし、やがて人垣で満ちた。大した人気だと、エイデンはどこか呆れたような面持ちになる。


「ユーレイナ、魔法兵に当たれ!」


「よかろう。後ろの兵を借りて行くぞ」


 彼女は隊列から離れ、後列へと下がった。それからは向きを城外に変えた。目標はデューク隊である。


「テーボ、お前はこのまま直進。敵の騎馬隊を叩け!」


「親分はどうすんだい?」


「僕か? 言うまでも無いだろう!」


 その言葉を最後に、ユラグは馬ごと高く跳ねた。すると彼の愛馬に翼が生え、光の粒子を撒き散らしながら空を舞った。これはユーレイナの発案である。視覚に訴える事で、より強烈な印象を群衆に与えようというのだ。事実、後世に語り継がれそうな程度には、見ごたえのあるものだった。


「魔王、お前の悪行もこれまでだ!」


「来るか小わっぱめが!」


 両者が剣を引き抜き、暗雲の下で馳せ違う。激震に揺れる大気。重たく響く金属音。人々は固唾を飲んで見守りつつも、王の遺児に頼もしさを感じていた。


「よっし、オレたちゃ馬を潰しに行くぞ!」


「敵を一息を踏み潰す。私に続け!」


 グレイブ隊は狭い街中から飛び出し、城外を駆けるテーボへと襲いかかった。中距離から弓を射る。だが、その全てはテーボの風魔法により、地面に叩きつけられた。


「しゃらくせぇぞ! チマチマ戦ってんじゃねぇ!」


 テーボ隊が速度を上げた。相当に疾く、隊列も密集している。迫り来る100程の軍に、グレイブは圧倒されかけた。


「いかん。散開せよ!」


 グレイブ隊は衝突を避けた。隊列が、握りこぶしを開けたようにして、一瞬の内に広がりを見せた。


 その隙間をテーボ達に通過させた。すれ違い様に、1人2人と討たれ、馬から転げ落ちていく。そうして戦いを続けていくうちに、魔王軍の騎馬隊は徐々にだが、確実に数を減らしていった。テーボ側の被害はほとんど発生していない。


「まだまだこれからだ、気合い入れろ!」


 テーボは腹の底から叫んだ。それは配下にではなく、聴衆を意識しての事だった。


 目を東門から西門へと移したなら、こちらでも戦闘が始められている。ユーレイナとデュークによる魔法合戦だ。


「小僧よ。妾に討たれる覚悟はありや?」


「婦女子に力を振るうは騎士道にもとる。しかし、我が王の覇道を阻むのであれば、容赦はせん!」


「ほっほっほ。ハナタレごときが大口を叩きおって……」


 ユーレイナは指先に金色の光を集めた。その背後でも数百に及ぶ光が、まるで星空のような輝きを見せた。


「者共、闇魔法で押し潰す。構え!」


 こちらは総員、両手を天に向けて魔力を込め始めた。各々の頭上には漆黒の球体が生まれ、獲物を求めるかのようにして蠢いた。


「目にもの見せてやれ!」


「蹂躙せよ!」


 光線と球体が両軍の狭間で激突した。押し合いは束の間。光線が闇を切り裂き、デューク隊に向かって走った。


「回避!」


 デュークが伏せを命じた。だが反応は間に合わず、部隊の一角が削り取られた。腕を、肩を撃ち抜かれた兵達が、その場に膝を折ってしまった。


「むむっ。これは!?」


「ホッーホッホ。歯応えが無さすぎて、欠伸が出そうになるわ」


「横隊だ、2列横隊に陣変えだ!」


「無駄な足掻きを。1人残さず討ち滅ぼしてくれようぞ」


 状況はユラグ軍が優勢だった。遠巻きに見守る住民も期待がにわかに膨らみ、歓声と声援惜しまず叫んだ。


 この決戦において、最後の大仕事はエイデンにある。ユラグの手によって傷つけられ、北へと逃げ帰る約束となっているのだ。


──さてと。そろそろ頃合いか。


 エイデンは最後に派手な衝突をし、離脱しようと間合いを計っていた。その意図はユラグにも伝わり、中空で睨み合う時が続いた。


 無言のまま向き合う。あまりにも静かなひとときだ。しかし闘気は弾けんばかりに押し合い、暴発しかねない程になる。


 エイデンが切っ先を天に向け、魔力を限界まで高めた、まさにその時だ。胸元から想定外の声が聞こえた。


「緊急■■発生! 緊■事態発生ッ!」


 懐の水晶が、危急を告げて震える。エイデンは血の気が引くのを感じつつ、その声に応答した。


「私だ。何かあったのか?」


「城内に敵■侵入■ました。あまり■も強く、持ちこ■■られ■せん。大至急お戻■を!」


「よく聞こえぬ。もう一度繰り返せ!」


「大至急■■りを! この■までは御子様が……」


「ニコラがどうした! 答えよ!」


 会話は途切れた。後は雑音が聞こえるばかりで、何を叫んでも返答は無い。


 その次の瞬間には体が動いていた。身を翻し、一目散に居城を目指して飛び立ったのだ。全ての物事を置き去りにして。


 幸運であったのは、その姿をグレイブとデュークの両名が目撃していた事である。


「退け、一旦後方まで退がる!」


「撤退だ、総員すみやかに撤退せよ!」


 その言葉と共に魔王軍の全てが引き揚げていく。鮮やかな手並みは、まるで潮が引くかのようだ。ユラグ軍が、群衆がしばらく見守っていると、ついには一兵も残さず消えたのである。


「一体どうしたんだ……?」


 驚きを隠せないのはユラグである。打ち合わせと全く違う展開に驚き、浮かない顔のままで降下した。街に着地した彼を真っ先に出迎えたのは、テーボとユーレイナの2人である。


「お疲れさん、うまく撃退できたな!」


 労いの言葉が虚しく響いた。少なくともユラグはそう感じた。


「様子がおかしい。何か慌てているようだった」


「ふむ。確かに気がかりではあるが、お主にはやらねばならぬ事があろう」


 ユーレイナがアゴ先を後ろに向けた。そちらでは、喜びから手を叩き、あるいは隣と抱き合う者で溢れていた。


「ここが締めじゃ。しっかりとな」


「……分かった」


 ユラグは東門に向けて馬を走らせた。視界で防壁が大きくなるにつれて、彼を讃える声も膨らんでいった。誰もが救世主の到来を喜び、心から歓迎したのである。その騒ぎは、ユラグが馬を止め、黙したままで向き合う間も変わらなかった。


 ひとしきり群衆の叫ぶままにさせると、彼は片手を鋭く掲げ、叫んだ。


「みんな、聞いてくれ!」


 その声により、騒ぎは急速に萎み、やがて静まり返った。その代わり、群衆の全てが期待の眼を向けていた。


 新たな指導者と思しき勇壮なる青年に。


「まずは詫びようと思う。王族として民を率いる責を放棄し、皆の生命や財産、そして何よりも誇りを脅かしてしまった事。今ここで謝ろう!」


 ユラグは馬上のままで頭を下げた。驚いたのは聞く側だ。思いもよらない謝罪に対し、どう受けとるべきか狼狽えてしまう。


 だが、そのような困惑を他所に、演説は続いた。


「次に、僕は戒めねばならない。風の噂によると、魔王の統治下は楽園のごとく。何もかもが満たされた日々だと聞いている。諸君らの中には、魔族による支配を期待するものも少なくないだろう!」


 この言葉に、正体を怪しくした者がいくつか見えた。しかしユラグに責める気など毛頭無い。よりよい暮らしを求めるのは、決して悪ではないのだ。


「だが冷静に考えて欲しい。僕たち人間は弱いのか。自らよりも強大な力を持つ存在無しには、自立出来ない生き物なのか。答えは否! 自分たちが考える以上に強く、理知的な生き物であるはずなんだ!」


 ユラグは掲げた手を戻し、拳を握りしめた。その掌に自由を掴んだのか、あるいは自身の不甲斐ない過去を握りつぶす為なのか。


「僕は約束する。豊かで、公正で、太平なる世を築いてみせようじゃないか。そして、それは何者かの庇護により実現するのではない。己が手で道を切り開き、汗水を滴らせながら邁進するのだ。誇り高き我が民よ、愛する祖国よ。今一度ここに、エレメンティアを再興する!」


 城門にひとつの旗が掲げられた。長らく不在であった国旗が、衆人の眼に映り込んだ。瞬く間に歓声が沸き起こり、止む事のない賞賛で街が揺れた。


 万を超える熱意を一身に受け止める傍で、ユラグはふと北の空を見上げた。エイデンに大事はないか。彼の友を慮る呟きも、周囲を取り巻く熱狂の渦に飲み込まれて消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ