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魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
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第77話 好事凶事の混在

 季節は冬に差し掛かり、この頃はめっきり肌寒くなった。今日は珍しく暖かな陽気である。窓から差し込む陽射しが、まるで生きる活力に直結している錯覚を覚えるほどだ。


 そのような穏やかさの中、ニコラは1杯の紅茶をシエンナより受け取った。それをどうにか溢さぬよう、一歩一歩と静かな足取りで窓辺へと歩み寄る。随分と慎重な素振りだが、諸々の幼さがゆえに、茶の多くを絨毯に垂らしてしまう。やがてエイデン達の座るテーブルまでやって来ると、ニコラは満面の笑みで告げるのだ。


「こーちゃ、はいどーぞ!」


 やりきった感が満載だ。およそ半分にまで目減りした紅茶が、来客へと手渡された。対面に座るエイデンの手元には、似たような物が既に置かれている。


「ほぉ。娘御からの茶か。ありがたく貰うとするかのぅ」


 客人は大袈裟に掲げた後、これみよがしに嗅いでは顔を小刻みに振る。給仕が好評と知るなり、ニコラは両手を挙げて走りだし、シエンナの膝に飛び付いた。


 エイデンは愛娘に暖かな視線を送りながらも、口では来客に問うた。


「ユーレイナよ、首尾はどうなのだ?」


 彼女は質問されたのだが、すぐには答えようとしない。瞳を閉じ、鼻から長い息を漏らしつつ、好物の魔ッサムティーを味わっていた。


「首尾とな? 言うまでもない、大成功じゃよ。それについては既に通達済みだったろうに」


「一応、報告はすべて把握している。だが当事者の口からも聞いておきたい」


「慎重な男じゃのう。まぁ、悪いことではないが」


 ユーレイナはテーブルを大陸図に見立て、状況を細やかに説明した。2つのティーカップは、それぞれエイデンとユラグの現在地として活用され、不自然な場所に移された。


「お主らの怪演は見事にハマッておるぞ。我らの関係性を疑う者は無く、皆がユラグを守護神のように拝んでおるわい」


「人心の掌握は成ったのか?」


「成ったどころではない。軍民問わず信望は高まり、国境を越えて自治区が生まれておる。各地の王は飾り物も同然で、ユラグの言葉無しには子供1人すら動かぬという有り様じゃ」


 ユーレイナの指が机を線で区切った。それを地図に照らし合わせたなら、ノストールとハイランド、そして東セントラルが該当する。東国で影響が及んでいないのは、大国のイスティリアくらいだろう。 


「南東部にはあまり浸透しておらん。できればお主にも足を運んで貰いたい所じゃがな」


「遠すぎる。往復するだけで数日もかかってしまうのだから」


「分かっておるよ。城を長く空けたくないのじゃろ?」


「無論だ。せいぜいが一夜。それ以上は容認できん」


「その事情も理解しとるよ。じゃが、次回ばかりは気合いを入れて貰わねばならぬ」


 ユーレイナがチクリと釘を刺す傍らで、2つのカップをテーブルの中央に寄せた。ややエイデンから離れているのは、大陸の中南部をほのめかす為である。


「そうか。いよいよ祖国を奪還するのか」


「左様。お主に頼みたいのは、駐留するイスティリア軍を追い払うこと。これは兎に角スピードを、速さに重きを置いて欲しい」


「分かるぞ。人族の軍など役に立たぬ事を知らしめる為だろう」


「イスティリア相手に快勝したなら、次はユラグ率いる軍勢と激戦を繰り広げよ」


「それは、私も一軍を引き連れて戦え、という事か?」


「察しが良くて助かるわ。お主単身ではなく、軍勢によるぶつかり合いを演出した方が効果的でのぅ」


 つまりは、配下を伴った上で、全力による侵攻を目論めという事だ。イスティリアがいとも容易く敗れ去った直後、ユラグ達が撃退してみせたらどうか。誰がエレメンティアを統治すべきか、自ずと明らかになる。王冠や宝具など無くとも、人々は平伏するに違いないのだ。


「ならば、こちらはシャヨーカ軍を出す。グレイブの騎兵隊と、デュークの魔兵隊。総勢で1000程になるか」


「我らは騎兵が100の、魔法兵含む歩兵300じゃな。本気での戦であったなら、大苦戦は必至の戦力比じゃのう」


「騎兵には訓練用の槍を持たせる。魔法兵は、殺傷力の低い攻撃をさせよう。そうすれば、人的被害はほとんどあるまい」


「承知した。せいぜい派手にやろうではないか」


 それからユーレイナは、話題を愚痴に切り替えた。どうやら最近は、ユラグの回りに女が寄り付くようになってしまい、酷くご立腹のようなのだ。「妾というものがありながら」と恨みがましく語るのだが、よくよく話を聞いていると、ユラグと男女の仲に至った形跡は感じられない。


 ひとまずエイデンは、相づちを打つ事に専念した。すると、語気の荒さは次第に柔らかになり、帰る頃にはユーレイナも機嫌を持ち直していた。あちらも楽しそうであると、遠ざかる姿を見送りつつ思うばかりだ。


 数日後。エイデンが居室に籠っていると、静かにドアが鳴らされた。手元の書物を閉じて応答した。


「開いている、入れ」


 入室を許すと、見慣れぬ兵が現れた。いまだにクロウ達は出張で外している為、報告の類いは衛兵なり、若い内政官の役回りとなっている。


「夜分に失礼致します。さきほど入って連絡によりますと、ユラグ軍がエレメンティア郊外に集結したとの事」


「そうか。他には?」


「全軍を森に潜ませていますが、発覚の危険性から、明朝には出立して欲しいと要請されています」


「なるほど。話は分かった、退がって良いぞ」


「ハハッ」


 衛兵は短く拝礼すると、エイデンの傍から離れた。それからは持ち場に戻るかと思いきや、すぐに挙動が怪しくなる。やたらと辺りの様子に気を配り始め、足は地下室へと向けられたのだ。


「ヘヘッ。御武運を、エイデンさん」


 城の地下室には泉があり、それは魔界へと繋がる門の役割を持つ。男は飛び込む前に一度振り返り、不敵な笑みを晒した。


「まぁ、次に戻った頃には、この城も無くなってるかもしんねぇがな」


 誰に言うでもなく不吉な言葉を残し、彼は身を投じた。魔界の門が閉まると共に、泉の水面は大きく揺れた。まるで、この後に待ち受ける動乱を暗示するかのように。

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