第74話 いつぞやの許可
エイデンはもたらされる報告を満足していた。使い魔を通して聞こえるのは朗報ばかり。演技の評判も、グレイブ達による侵攻戦も、全てが順調であった。
「どうだクロウよ。まさに順風満帆そのものではないか」
玉座に座る姿も、どこか尊大だ。浮かべる表情も不敵な笑み。さながら千両役者のようである。
クロウは有頂天な振る舞いに不吉なものを感じつつも、口では褒め讃える事に徹した。今の所、何もかもが狙い通りであるのだから。
「我らが領土は随分と広がりました。特にセントラルの西半分を手中にしたのは大きいですな」
「もう少し苦戦するかと思いきや、アッサリしたものだったな」
「先日の死霊軍団による破壊から立ち直る前だったのでしょう。また報告によると、デューク殿の活躍も目覚ましかったとか」
「なるほど。あやつがなぁ」
「デュラハンも死霊に属する種です。敵はその姿を見ただけでも逃げ出す有り様だったそうで」
クロウは筆を手に取ると、壁掛けた大陸図を染めた。図面の3割方が赤くなるのだが、それは現在の勢力圏を意味する。居城ひとつの頃に比べれば、何十倍にも膨らんだように思う。
これより隣国のセントラルを制したなら、次は南方だ。ユラグの故国は避け、サザンランドの西方を支配下に組み込んだなら、目標達成となる。
「ユラグ殿も順調のご様子。精霊師の名声はノストールに留まらず、セントラルの一部にまで広まっている模様です」
例の大仰なる『公演』は、短い期間の中で3回催された。もちろん全てにおいて、エイデンは惜敗を演じている。その様子をつぶさに眺める『観客』たちは、毎度のように歓喜の声を轟かせたものだ。
そうしてユラグが防衛に成功する傍らで、大国は領土を削られ、すっかり青色吐息となっているのだ。人々が心の底から庇護を求めるようになるのも時間の問題だと言えた。
「さて、大陸の動向は以上となります。続いて内政について……」
「内政? 何かあっただろうか」
「劇場が完成しました。ご覧になられますか?」
いつだったか、エイデンがクロウに代わり、内政を執り仕切った事がある。その折りにちょっとした『無茶』をやらかしたのだが、劇場建設はその名残である。クロウが中止を唱えた頃には既に手遅れ。総合的に検討した結果、しぶしぶ建設に踏み切ったという経緯を持つ。
「見て良いのなら、すぐにでも行こう」
内心で心待ちにしていたエイデンは、ニコラ達を伴い、現地へと向かった。
「収容人数は立ち見を含め500名。座りだけなら300名といった所です」
クロウの言葉が壁や天井で反響し、尾の長いものとなる。ここで演奏なり演劇なりを披露したならば、野外の何倍もの臨場感を表現してくれる事だろう。
早速興味を示したニコラが舞台に上がった。そして足を鳴らし、やたらと響くのを感じると、その場で跳びはねる様になる。そして、城内との違いにケラケラと笑うのだ。
「おかしいね。ここ、おかしいね!」
たどたどしい足で何度も踏みつけにし、動きを休める度にエイデンの方へ微笑む。楽しさをお裾分けするかのようだ。
「御子様もお気に召していただけたようですな」
「うむ。まぁ、悪くはないのだが……」
「何か不備でも?」
「不備というか、見た目をもう少し何とか出来ぬものか?」
エイデンが四方に視線を送りながら苦言を述べた。芸術を披露する場にしては、明らかに殺風景なのである。
内装は、舞台を見据えるようにして木の椅子が並ぶ。背もたれのない長椅子は、意匠の欠片も見当たらない。壁は石材を積み上げただけ。灯り取りの窓も平々凡々。それは入り口から通路を抜け、舞台に至るまで全てが同じである。どこにも遊びや飾り気が存在しないのだ。
極めつけは外装だ。四角い。ただ四角い。直方体の形に石を積み上げ、入り口を設けただけの建物なのだ。それが民家であれば気にならなくとも、他を圧倒するほどに大きな建築物なのだから、愚鈍な印象すら与えてしまう。少なくとも、芸術の煌めきなど期待が持てない程には。
館内の機能はさておき、質実剛健という言葉では済まないほどの武骨さ、ある種の潔さに溢れていた。エイデンも密やかに期待していただけに、落胆の衝撃も大きなものとなった。
「レーネの案では、施設の内外問わず、きらびやかな意匠が施されるハズだったろう」
「無理です。配下にデザイナーがおりません」
「得意とする者を魔界から呼び寄せれば良い」
「資金が足りません。倹約をお忘れですか?」
「領土がこれだけ広がったのだ。少しくらいの贅沢は許してもらわねば」
「税率1割という無茶を止めるのであれば、ご随意に」
エイデンの実施する低税率・高福祉政策は、もしかしなくても財源が厳しい。ちょっとした浪費で赤字に転落しかねないほど、綱渡りにも等しい懐具合なのである。いかに広大な領地を支配しようとも、暮らしぶりに変化が全く見られないのは、そんな収支状況からであった。
「だがなぁ、それにしてもな。こんな劇場では人を呼ぶのも恥ずかしい」
「おや。どなたか招待されるので?」
「ここ最近、ニコラの歌を聴かせて欲しいとせがまれるのだ。主にシャヨーカの民だが、ここの住民も少なからず求めているようだ」
「そのようですね。私の耳にすら聞こえてきます」
「更にだ。皆にはそろそろ、新たな娯楽を提供してやりたいと考えていた所だ。しかし、ここへ集めるとなるとな」
「ふむ。確かにこの施設を広く知らしめると、沽券に関わるやもしれません」
「いっそ野外で披露してしまうか。いや、折角建てたのだから、劇場を活用していきたい……」
エイデンは一人悩んだ。劇場を立派に整えるには金が要る。つまりは税率を上げざるを得ないのだが、反発が起こることは大いに予想できた。それでは泰平の世が遠のいてしまう。
ならば諦めるしかないのか。劇場としてではなく、物置にでも活用してしまうか。少なくない金を出して、ようやく建てたのが倉庫では、割に合わないどころでは無かった。
ひとしきり考え込むと、そこは叡智の王。八方丸く収まるようなアイディアを閃いてしまう。
「そうだ。デザインが得意そうな者を拐ってくれば良いのだ」
割と強引な手段だった。一言で表せば、金の代わりに才能を徴収しようというのである。八方丸くとは語弊があったらしいが、とにかく出費を抑えつつ改善するのなら、他に選択肢らしきものは無きに等しい。
「クロウよ、私は少々外す。後は任せたぞ」
「どちらへ行かれるのです?」
「領内の街を巡る。そこで燻っている建築家などが居ないか探そうと思う」
「そうですか。そのような人材が都合良く見つかるかは不透明ですが」
「まずは行動だ。失敗したら、またその時考えるとする」
それからエイデンは出立し、シャヨーカや西セントラル付近で丁度良い人物を探し求めた。その結果どうなったか。答えから言うと成功である。いまだ世に出る機会に恵まれず、ただただ才能を腐らせる大器と巡り会う事が出来たのだ。
ただし変わり者だ。不思議とエイデンのコミュニティは、何の因果か、変人ばかりが集う宿命を背負っているようである。




