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魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
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第71話 お稽古しましょ

「いでよ、クラガマッハ!」


 エイデンの猛々しい声が辺りを震わせる。暗雲を切り裂き、空から舞い降りる一振りの剣を、誰もが禍々しき物として見るだろう。それが魔王の手に馴染むというのだから尚更である。


「きっ、貴様の悪行も、これまでだぞ!」


 ユラグが負けじと剣を抜き放つ。磨きこまれた刀身の輝きは、闇夜を照らすランタンのごとく、仄かな希望を抱かせるようだ。


 両者、真っ向から睨み合う。固唾を飲んで周囲が見守るなか、テーボが一歩飛びすさり、魔法を発動させる。土属性の、広範囲の防御に適したものだ。


「グレイト・アースウォール!」


 土気色の壁が地面から生えたかと思うと、即座に消失した。姿は見えなくとも、これにて周囲は一定の安全が保たれる。もし仮に一般人が逃げ遅れたとしても、戦闘の余波に襲われずに済むのだ。


 そんなテーボの気配りを鼻で笑いつつ、エイデンが先手を取った。


「彼我の力量差も分からぬ愚か者め! 墓の下で悔やむが良いわ!」


 全身から漆黒の衣が激しく吹き出す。行き場を求めて溢れた霧が、さながら鉄砲水のように暴れ始めたのだ。


 迎え撃つユラグは切っ先を天に向け、魔力を込めた。剣全体を金色に発光させ、まるで迫り来る闇に対抗するかのようだ。


「いくぞ魔王! 弱点の光属性を食らえ!」


「小賢しい、死ぬがよいユラグ!」


「負けるものか!」


 両者が同時に駆ける。示し合わせたように同じタイミングだ。反発する魔力で周囲が爆ぜる。それに構わず、つばぜり合いが始まろうとするが……


「はい、ストーップ! 一旦休憩です!」


 ユーミルが場違いな言葉を発すると、光景は一変した。光と闇は瞬く間に消え、両者ともに剣を鞘に戻す。それから『演者』の2名はバラバラに『衆人』の元に歩み寄った。


「なぜ止めた? 今のは悪くなかったと思うが」


 エイデンが草地に腰を降ろしながら言う。裏庭での練習も既に半日以上が経過しており、この頃には流石に疲労の色も濃いものとなった。


「うーん。派手さはあるんですけど、何か物足りないんですよねぇ」


「これで不服なのか? 見映えの方は限界だぞ」


「ユーレイナさん。どう思います?」


 ユーミルが意見を求めて振り返った。椅子に座り、優雅にも紅茶を片手に愉しむユーレイナの姿がある。


「台詞じゃ、台詞。なーんか白々しいのよ。ところどころ棒読みであるしな」


「あー、そこかぁ。私はですね、分かりにくいなーって思いました」


「ほぅ、具体的には?」


「やっぱり、技名を叫んで欲しいじゃないですか。『くらえ、ホーリィクルセイド・ストライク!』みたいなやつ」


「ええのう、ええのう。それでいこう!」


「それでいくのか!?」


 ユラグの顔が一層青ざめていく。彼はどちらかというと、寡黙な職人気質で、派手な言動を避ける傾向にある。それが演技の端々にも『恥』となって現れているのだが、生来の性質は容易に変えられない。


 それにひきかえ、エイデンは割と乗り気である。こちらは享楽的な性分のため、役に入り込むのも早かった。ゆえに、ユーミルの要望にも素直に応じたのだ。


「では私も技を叫ぶとしよう。デスサイクロン・アストラルクラッシュとか」


「うぅん被るなぁ。エイデン様はもっとシックというか、落ち着いた感じの方が良いです。短く一言で」


「分からぬ。例を挙げてくれ」


「例えば激しく斬る時に『裂斬』とか、空を飛ぶ時に『飛翔』とか」


「それは……格好良いな!」


「でしょでしょ? すっごいハマると思うんですよ!」


 エイデンほっこり。ユーミルも飛び跳ねてニッコリ。この快諾には周囲も沸き立ち、過剰な演出が更に積み上げられていく。


 そう、ユラグの心のうちなど、全く省みられぬままに。


「はい、それじゃ再開しまーす。ええと、お二方が剣を抜きましたー。魔力を籠めましたーって所から、通しでお願いします!」 


「待て、それは愛剣でやるのか?」


「あっ、ごめんなさい。訓練用のに取り替えますね」


 すぐにナマクラな剣と差し替えられる。刃を潰した、訓練時に使用するものだ。


「お待たせしました、それじゃあお願いします!」


 再開はユラグから動き出すシーンから。剣に籠めた魔力により、光魔法を発動させるタイミングである。だが、それが問題だった。


「しゃ、シャイニングスター・クリティカルストレイト・スプラッシュ……」


 まさに蚊の鳴くような声。その明らかな態度に、演出かも怒号で応える。


「はい、ストーップ! ダメダメ、そんなんじゃお客さんは納得しませんよ!」


「なぁ、せめて別の名前に……」


「はい同じシーンからいきまーす」


「……クソッ」


 それからも屈辱の一幕は続いた。繰り返し求められる演技。何度も何度もやり直されるキラリとした技名。ユラグは辛抱強く堪えた。しかし、どれほど挑戦しようと結果は同じだった。『言わされている感』がつきまとい、シーンが一向に進まないのだ。


「おいユラグ、何をやっとるんじゃ。腹を決めて真面目にやらんか!」


 ユーレイナの檄がユラグの背中に突き刺さる。それが最後の一押しだった。まだ若く生真面目な青年に、十分過ぎるほどの精神的負荷が掛けられたのだ。


 ただでさえ宿敵と肩を並べるという不条理な状況下で、慣れない演技を繰り返し強いられた挙句の罵倒である。大人しい気質の彼も、とうとう我慢の限界を迎えてしまった。


「……調子に乗るな」


 つぶやきは小さく、だが冷たい響き。それと同時に金色の光が剣に宿るのだが、それは寒気を催す程の殺意に満ち溢れていた。


「どうしたユラグ。その動きはまだ後の……」


 エイデンが間違いを指摘するも意味を成さない。怒りに我を忘れたユラグは、武器の愛剣に持ち替えるのも忘れ、ナマクラのまま斬りかかった。


「貴様さえ居なければーーッ!」


 鋭い斬撃がエイデンに向けられる。完全に虚を突く動きだったため、ユラグの為すがまま防戦を強いられた。


「落ち着け。そんな事をして何になるという」


「うるさい、黙れ!」


 互いの剣が交わり、つば迫り合いの様相となる。ユラグは相変わらず純粋な殺意をまとったままだ。これにはエイデンも呆れたような、あるいは腹立たしいような、複雑な感情を覚えた。


「お前に分かるか。僕がどれほどの苦痛を、哀しみを背負って生きてきたか。それだけを糧に、血の滲むような訓練を繰り返した辛さが、お前に分かるというのか!」


 吠えるに合わせて、剣が幾筋もの軌跡を生んだ。それを受けるエイデンは、全てを捌ききった上で反撃に出る。


「笑わせるな。貴様一人だけが苦しんでいるとでも? この世に楽な生き方など存在せぬ。命は貴賎とわず何かに怯え、苦痛を味わいながらも生きておるのだ!」


 ユラグもエイデンの剣撃を凌ぐと、すぐさま攻撃に転じた。あとは乱戦そのものの形となる。


「苦痛を味わうだと? 城で子供相手に悠々自適に暮らしてきたヤツが偉そうな口を叩くな!」


「今の言葉を取り消せ、子育てとはいつも全力だ! 貴様にこそ分かるのか。子供が熱を出した時、ミルクを吐き戻した時、誤飲の後に押し寄せる不安を! 恐ろしくて一睡もできぬ長い夜を!」


「知った事か! そんなものは全て、自虐じみた幸せ自慢じゃないか!」


「雑な一言で片付けるんじゃあない!」


 両者ともに渾身の力を込めて剣を振るった。交錯する剣筋。耐久の限界を超え、いずれの刀身も粉砕。エイデンは金属片が舞い踊る向こうにユラグの顔を見た。相手も同じようにエイデンを見据えている。


 それからも鏡合わせのような動きは続く。どちらも剣を投げ捨て、大きく振り被る。そうして繰り出した拳は、完全に同じタイミングで互いの頬に深々と突き刺さった。捨て身も同然の拳打は相手を打ちのめし、同時に自身の体には痛烈なダメージが刻み込まれた。


「グハッ!」


「くっ……おのれ!」


 痛みに顔を歪めつつも、立ち上がろうとする。そんな冷めやらぬ闘志に冷水を浴びせたのは、周囲を取り巻く人々だった。居並ぶ者全てがあらん限りの拍手にて、健闘を心から讃えるのだ。


「すっごい! めちゃくちゃ格好良かったですよ!」


「なんじゃなんじゃ。やろうと思えば出来るではないか。最初からそれを演じてくれれば良いものを」


 呆然と立ち尽くすユラグ。そこへユーレイナがフワリと降り立ち、痛々しく腫れる頬に口づけをした。すると光の粒子が辺りに舞い上がり、怪我は瞬く間に消えた。


「……余計な事を」


「何を拗ねておるんじゃ。機嫌を損ねでもしたか?」 


「うるさい」


 ユラグが横を向くと、ユーレイナが鼻息を荒くして、その顔を胸に強く抱いた。彼女の琴線に触れたらしかった。それからは離れろ、照れるなの応酬が続けられた。


 その傍らに佇むエイデンにはマキーニャが歩み寄った。遅れてユーミルも駆けつける。


「エイデン陛下。お怪我の具合はいかがですか?」 


「まぁ、騒ぐほどでは無い」


「すぐに治して差し上げますので、頬を向けていただけますか」


 マキーニャの舌が常識はずれなまでに伸び、蛇が獲物を牽制でもするように、エイデンの眼前でユラユラと揺れた。


「要らぬ世話だ。自然に治る」


 事実、既に大半が癒えていた。介抱にかこつけてアレな展開を期待したマキーニャにとって、肩を落とすのに十分な結末である。そうして縮こまった背中を押しのけて、ユーミルが話しかけた。


「いやぁ見応え凄かったですよ。もうハラハラのソワソワで!」


「そりゃあ、芝居から外れていたからな」


「それにしても最後なんか素晴らしいですね。剣が折れたら拳で戦えって感じで、格好良かったぁ!」 


「偶然の産物だ」


「いやいや、あれを使わない手は無いでしょう! 採用です!」


「なんだと?」


「お互いの力が拮抗してるって分かりやすいじゃないですか。見た目も派手だし、絶対やるべきですよ!」


 この一件を境に台本は厚みを増した。セリフ周りはより細かく、攻撃パターンもより詳細に記載が成された為だ。暗記するのに骨が折れると、エイデンは不満を漏らした。


 しかしユラグは意外にも素直に受け入れた。怒りを吐き出し、大いに暴れた事で、どこか吹っ切れたようである。ひとつの成長を迎えたのだ。英雄にふさわしい言葉を用いるとすれば『覚醒した』とでも言うべきか。


 それはともかく、ユラグは短期間でメキメキと上達するのだった。皆の目を惹きつけてやまない、救世主として振舞う演技について。

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