第69話 決戦の果てには
討伐隊はテーボを先頭とした3段に構えた。最後尾からユラグが激しい檄を飛ばす。
「最初から全力でいくぞ!」
「潔いのう。まぁ、悪くない方針じゃ」
「テーボとユーレイナは連携して、とにかく時間を稼げ!」
「任せてくんな!」
迎え撃つエイデンも準備万端である。漆黒の衣を宿し、クラガマッハは脇に構え、腹の内に八つ当たりの念を満たした。もはや伝説的な開戦は泡と消えた。仲間達との苦労も共に。
ならばせめて、派手な戦をしよう。剣を払い、辺りに突風を生じさせた。確固たる意思を言外に告げたつもりである。
「ちぃっ。素振りでこの威力かよ……」
「怯むでないぞテーボ。迷いは槍を曇らせるからのう」
「わかってらぁ、行くぜ!」
テーボが槍を低く構え、玉座の方へと疾走した。見た目に反して俊敏だ。甲冑姿にそぐわない身のこなしにエイデンは虚を突かれ、先手を譲ってしまう。
「食らえやオラァ!」
「よかろう。まずは貴様から死をくれてやる……!?」
エイデンは迎え撃とうとするも、全身が突如として引き込まれる感覚を覚えた。それで態勢を激しく崩されてしまい無防備となる。
「こ、これは。風魔法か!?」
「オレの神槍術、たっぷり味わいやがれ!」
目まぐるしく回転する槍の穂先がエイデンの左胸を貫いた。はっきりと穿たれた風穴は大きく、あちら側が覗けるほどだった。
しかし引き戻した槍には、不思議と血の一滴も付いていない。テーボは弾かれたように相手の胸元を見た。依然として穴がひとつ。明らかな致命傷であるにも関わらず、エイデンは両足で立ち上がっているのだ。
さらにテーボを失望させたのは、魔王特性の回復能力である。漆黒の衣が傷口に集まったかと思うと、瞬く間に塞いでしまうのだった。
「ちくしょうめ、効いちゃいねぇよ!」
「聞きしに勝る生命力よの。これは弱点をつくか、魔力が枯れるのを待つしか無さそうじゃな」
「魔王と消耗戦だと? バカ言え、こっちが先に干からびちまうぞ!」
「もちろん承知の上じゃ」
ユーレイナが片手を高々と振り上げると、室内の天井から床まで、至るところで金色の輝きが生じた。まるで星屑でもバラ蒔いたかのように。
「むぅ……これは!」
「魔王よ、光魔法を浴びせられる準備はできておるか!?」
掲げた手が振り下ろされた瞬間、室内は光線で満ちた。上下左右から間断無く寄せられる魔法に死角無し。全身を穴だらけにすべく、必殺の攻撃が放たれたのである。
受け手のエイデンも全力で防御に回る。細かな足捌きで光線の隙間を縫うように動き、あるいはクラガマッハを盾にした。しかし数が多すぎる。いくつかが両腕を掠め、胴体にも命中した。
聖属性の効果により、漆黒の衣の働きを阻害する。黒くたゆたう霧の隙間に、ようやく血が滴るのが見えた。
「やったぜ、手傷を負わせたぞ!」
テーボが興奮して叫ぶが、ユーレイナの顔色は優れない。
「おかしい。傷が浅すぎる。しかも腹を貫いたはずなのに、そちらは無傷とは……」
困惑が、好転を思わす血痕が隙を生んだ。その僅な気の緩みは、時として命取りになる。
エイデンは血が流れるのも省みず、素早く踏み込んだ。テーボたちが気づいた時には既に、斬り上げの姿勢に入っていた。
「やべぇ、いつの間に……」
「ニンゲンの騎士よ、風魔法の使い方というものを教えてやる!」
エイデンは斬りつける瞬間に突風を生み出した。ユーレイナは精霊であるために質量が軽く、壁まで容易く吹き飛ばされてしまう。
テーボは重装備が幸いしてその場に留まった。だが装備の薄い顔面は影響を大きく受け、首から上が仰け反りかけた。いかに槍と盾で防御を構えようと、これでは案山子も同然である。
「食らうが良い!」
「おわぁーーッ!」
斬撃を脇腹に受けたテーボは、転がりながら床に倒れた。血飛沫は無い。しかし、鎧には大きな亀裂が刻まれてしまった。
「ほぅ。両断するつもりで斬ったのだがな」
「へっ。この世には防護魔法ってもんがあるんだよ」
テーボが槍を杖がわりに立ち上がる。外傷はなくとも衝撃までは殺しきれなかった。足の痺れがすさまじい。
「では何発まで耐えられるか、その身をもって確かめてみよ」
エイデンが剣を構え直したその時だ。最後尾のユラグが声をあげた。
「そこまでだ。これで終わりにしてやる!」
ユラグは輝きに満ちた剣を携えていた。光属性の魔力を極限まで高め、発動させる個有の技だ。過去に魔界の軍を撃退できたのも、この力に依存する部分が大きい。
「邪悪なる者よ、光に滅せよ!」
剣の向きに沿って、超高速の光が筋となって駆け抜けた。それは何の妨害も受けず、エイデンのみぞおちに直撃した。魔力を司る器官を狙ったのだ。
「よっしゃぁ! これで魔王もおしまいだ!」
「愚か者め、気を抜くでないわ!」
ユーレイナが抱く違和感は、次の瞬間に確信へと変わる。信じがたい光景を受け入れるには、眼を極限まで見開かねばならなかった。
光耐性を持たぬ魔族にとって、致命となる聖属性の攻撃。しかも急所。これで魔王を倒せぬ訳は無いのだが、平然としていた。というのも、光の筋は漆黒の衣を裂きはしたものの、ローブの寸前で止められているからだ。
「そんな、なぜ斬れない!」
ユラグは膝を屈し、失望の底にへたり込んだ。疑うように己の愛剣をまじまじと見る。もはや一片の光すら残さぬ刀身は、松明の光で鈍く輝くばかりだった。
「なぜ斬れぬか、だと? 愚問だな」
「斬れないハズがない。お前に堪えられる訳がないんだ!」
「では、これを見るが良い」
エイデンはおもむろにローブの胸元をめくった。そこには、一枚の小さな紙片が縫い付けられている。
「……なんだ、それは?」
「これは我が娘がしたためた手紙。お前が斬ろうとしたのは私そのものではない。親子の絆なのだ」
「き、絆だと?」
「何人たりとて傷つけること能わぬ。たとえお前が史上最強の男だったとしてもだ」
「何ということじゃ。親子の愛をかつてない程にまで昇華させる事により、聖属性と同等の力を得たというのか……!」
魔王に聖属性の攻撃が通用しない。この事実が討伐隊の士気を著しく下げた。彼らの頭上に『敗北』と『死』の2語が過る。始終息をまいていたテーボですら、視線を落として震え上がる程だった。
「……まだだ」
ユラグが膝をついたままで呟く。小さくも芯の通った声は、静寂の中でよく響いた。
「ここで負ける訳にはいかない。こんなトコろで、負ケル訳にハ……」
辺りに不穏な空気が漂う。ユラグが自身の魔力を放出し、最後の賭けに出ようとしたからだ。
「お、おい。待ってくれよ、その力は!」
テーボが止めるのも聞かず、ユラグは体を豹変させていく。右手は剣と同化し、肘から先に刀身を宿す。次第に全身の至るところが硬質化し、鉱石の結晶のように、あちこちが歪な形に変貌した。
精人化の法である。人の身でありながら、精霊の域にまで魔法属性を高めるというものであり、大陸でも限られた人間にしか扱えない。その失伝しかけた戦闘法が、今この瞬間に実現されようとしていた。
「よさんかユラグ! 命を落としかねんぞ!」
喪失するのは魔力だけではない。力を振るう毎に生命力を奪われるという禁忌の法なのだ。人体の限界を超える負荷がユラグにのし掛かり、その声すらも鬼気迫るものに変えてしまう。
「コノママ、死ヲ待つくライナラ……」
ユラグの全身は既に結晶化を終えている。変わり果てたその姿は、金色に輝く光星のようにも見えた。
「魔王ト刺シ違エル!」
猛然と迫り来るのを、エイデンは悠然と待ち構えた。頬には不敵な笑みが浮かぶ。心底喜んでいるらしい。肌にヒリつくほどの殺気が、彼の心に眠る獣性を引き出すようでもあり、激しく吠えずにはいられなくなる。
「そうでなくては。互いに死力を尽くしてこその決闘だ!」
エイデンからは闇の衣が吹き出し、部屋を黒く染めた。そこを駆け抜けるユラグは一筋の彗星だ。勝つのは人か魔か。光か闇か。この激突が命運の分かれ道となろう。
しかし、両者はぶつからなかった。突然間に割って入った光の壁に驚き、後方に飛びすさったのである。
「誰ダ!」
ユラグが怒り混じりに吠える。
「無論、妾じゃ。阿呆めが。ともかく術を解けい」
「何故邪魔ヲスル!?」
「命を大事にせい。それに、聖属性が通用せぬと分かった今、腕力でカタをつけるのは得策ではないわ」
そう持論を述べるなり、ユーレイナはフワリと飛んだ。気安く、それこそ戯れるようにして玉座の方へ。眼前には剣を携えたエイデンが居る。もちろん、彼女は承知の上のことだ。
「水を差したかと思えば、無防備を晒すとは……。何を企んでいる?」
「魔王よ。確かにそなたは強い。だが、捨て身となったユラグも負けてはおらん。それが分かるか?」
「まぁ、全力で挑むに足る男だとは思う」
「そうじゃろう。すると、そなたにも命を落とす可能性はあるという事じゃ。愛する子をこの世に残してな」
「何が言いたい」
ユーレイナがぐにゃりと顔を歪めた。悪党の笑い方である。あまりの獰猛さに、魔王すらもたじろぐ程だった。
しかし本質は表情に無い。彼女は耳を疑うような言葉を、実に滑らかに言い放ったのだ。
「魔王よ、我らと手を結べ。さすれば地上の半分を貴様にくれてやる」




