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魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
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第67話 ひらめけ前口上

「そうか、そうか。素晴らしい事だ」


 エイデンは謁見の間にて報告を聞いた。膝の上でニコラも『すばやしいー』と、舌っ足らずながらも父を真似る。


「何か愉快そうですな」


 クロウが溜め息を混じらせつつ、使い魔ごしに言った。『魔王討伐隊が夜陰に紛れて進軍中』と告げた途端、この反応である。文官には理解できない境地があるものだと、改めて痛感させられる思いだった。


「もちろんだとも。人族が送り出した英傑を、我が居城で討ち果たすのだ。これは血がたぎる、滾るぞぉぉ!」


「たぎーーぞぉーー!」


 親子ともども殺る気満々だ。ニコラなどはお祭りのように騒ぎ、壁を登っては天井に張り付くというハシャギっぷりであった。


 この魔王対救世主という構図の戦は、魔人にしてみれば王道かつ垂涎の代物なのだ。いわゆる花形であり、魔王の名を冠する者ならば、一度は憧れる檜舞台ひのきぶたいと言えよう。


 育児に精を出してからというものの、めっきり戦うシーンの減ったエイデン。彼がにわかに色めき立つのも無理のない話であった。


「それは宜しいのですが、打ち合わせねばならない事があります」


「そうだな。大事な案件が宙ブラリンの状態になっているな」


 話がある、というのは両者とも同じであった。気が急ぐあまり、互いに間髪入れず言葉を続けた。


「防衛態勢について、いかが致しましょうか」


「格好良いキメ台詞を考えようではないか」


「えっ?」


「んん?」


 この主従、噛み合わない。意図が綺麗に擦れ違う事により、小さくない困惑が生じた。前につんのめる気持ちのまま、言葉を紡いだのはクロウの方だった。


「順を追って話しましょう。エイデン城の守りはどうされますか?」


「門を開け放て。迎撃の必要は無い。城下町の民は一所に匿い、戦地から遠ざけよ」


「迎撃なさらぬのですか? グレイブやデュークたちに救援要請は?」


「不要だ。敵が軍を率いているならいざ知らず、一騎討ちを仕掛けておるのだ。こちらとて応じねば武門の恥となろう」


「一騎ではなく、2名です。それから、精霊を連れている気配もあります」


「ハンデだ。まとめて一騎と数えてやれ」


「そうですか。まぁ、勝つ自信がおありでしたら……」


「フッフッフ。吉報を待っておれ」


 長らく片腕を担うクロウは、全てを察していた。本気で独り戦う気なのだと。こうなればあらゆる説得が無意味であることを、経験則から熟知していた。


 そして、割とどうでも良い部分にこだわる気質についても、だ。


「ええと、キメ台詞というのは?」


「精霊師どもは危険を省みず、大望を抱きつつやって来るのだ。こちらも相応の演出を考えねばなるまい」


「そうですか、そうですか。そちらについてはご随意に」


「良いのか? あとで文句を言っても聞かぬからな?」


「そりゃもうお好きなように。私は別件がありますので、これにて失礼」


 使い魔通信が切断され、壁を照らす光が消えた。それからはエイデンも早かった。暇を持て余す者達を、片っ端から謁見の間にかき集めたのである。


「お前達を呼んだのは他でもない。これより格好良いキメ台詞について、一緒に検討してもらいたいのだ」


 急遽呼び出された3人は困惑顔になる。訳も分からぬ内に連れられ、開口一番に告げたのがそれだったからだ。

この唐突な要望に対し、いち早く応じたのはナテュルだった。


「キメ台詞って、何に使うんだべぇ?」


「近々、ニンゲンの英雄が攻めてくる。その時に使う言葉を考えたい」


「えっ!? それマジで言ってんだべぇ?」


「無論だ」


 国家機密なのに口軽い。一応は内緒だとも付け加え、話は続けられた。


「キメ台詞って、そんな重要なんですか?」


 シエンナは乗り気でない。出来る事なら読みかけの小説を手に取り、没入したい所なのだ。


「最重要課題だと言って良い。歴史に語り継がれる魔王となるには、立派な前口上が必須なのだ」


「へぇ。たとえば、どんな?」


「ふむ、まずは一笑だ。『ハーッハッハ! 矮小なる種族がよくぞここまで来たものだ』などという様な」


「それをアタシたちが考えろと!?」


「そう言ったでは無いか。協力してもらいたい」


 腑に落ちきらない空気の漂うなか、最もやる気を出したのはユーミルだ。物書きに転向した彼女にとって、まさにうってつけの役目だと言えた。


「はい! 名案がありまーす!」


「よしよし。早速教えてくれ」


「こんなのはどうです? 『愚かなるニンゲンよ。無明の闇を抱き、永久とこしえの痛みに苦しみ果てるが良い』ってのは!」


「うん……うん?」


「それ、どういう意味だべぇ?」


「いやいや、意味よりも雰囲気でしょう! それっぽくないですか?」


「確かにムードは出ていた。だが文法から考えて、『永久の痛みにもがき苦しみ、絶望の淵で果てるが良い』などの方が正しいのでは?」


「うひっ! 真顔での訂正は勘弁してくださいよぉ、恥ずかしいじゃないですか」


「それと、もっと伝わりやすいものが良かろう」


 緩やかな批判とともにユーミルが引っ込む。それからはナテュルが挙手した。真っ直ぐ伸びる腕に自信の程が窺えるようだ。


「エイデン様、こんなんはどうだべ?」


「聞かせてもらおう」


「分かりやすさ重視で、『オラがシマから出てけー!』ってのは」


 よどみ無く飛び出した意見だが、お世辞にも好評とは言えず、代わる代わる苦言が並べられていく。


「……直接的にすぎるな」


「今のはちょっとナシっすかねぇ」


「申し訳ないけど、アタシもそう思います」


「総ツッコミ!? そんなにダメなんだべか?」


 縮こまって引き下がるナテュルは、シエンナに恨みがましい目線を送った。それを見たユーミルも同じように倣う。


「な、何よ?」


「シエンナちゃんよぉ、アンタも何か出すべよ」


「えっ!? そういうの向いてないんですが!」


「そんなん言い訳になんないから。早くヤベェのお願い」


「どうしてアタシがこんな目に……」


 口では文句を垂れつつも、一応は真剣に考えてくれるようだ。2人の脱落者は長考する姿を眺めつつ、トンデモ発言が飛び出すのを今か今かと待ちわびる。


 そして機が満ちた頃、その口が開いた。


「ええとですね。『我が武威の前にひざまづけ!』なんてのは、どうです、か?」


 探り探り言い放った言葉だが、思いも寄らぬ効果を発揮した。


「……良いじゃないか!」


「えっ、そうですか?」


「丁度だべぇ。シュッとしてて強そうで」


「本当に? 本当にそう思ってます?」


「やるじゃないシエンナ。流石は私のライバルね」


「いや知らんし。競いあった経験ないし」


「待て、喜ぶのは早い。今の台詞だけでは若干物足りない。もっと肉付けをして、完成に漕ぎ着けようではないか」


「オーーッ!」


「何なのよ、そのテンションは」


 彼らは謎の盛り上がりをみせた。白熱する一方の議論。アレは長すぎる、コレは淡白だと、案を出しては精査する事が延々と続いた。


 すると、いつの間にか日暮れを迎えるようになる。ろくな休憩も挟まなかった為か、疲労の色は極めて濃いものになっていた。


「よし、やっと決まったな」


「エイデン様よう。忘れねぇうちにメモした方が良くねぇけ?」


「それもそうだな。マキーニャ、次の言葉を全て書き残しておけ」


「承知いたしました」


 エイデンが記憶を頼りに全文を語り始めた。それをマキーニャが書き取っていく。


「よく来た、人族の護り手である勇士達よ。同じ時を生き、覇を競い合える事を誇りに思う」


「誇りに思う……と。続きをどうぞ」


「しかしながら、貴公らがいかに強かろうと、所詮はニンゲンの範疇。我が力を目の当たりにしたなら、恐怖に身を竦める事だろう」


「竦める事だろう……と」


 記述は順調に進められていく。だがここで、暇をもて余したニコラと嗜めるメイの声が邪魔をした。


「見て見て、トリさんだよ!」


「ニコちゃん。大人しくしてなさい」


「大人しくしてなさい……と」


 記述はまだまだ続く。


「今宵、歴史は新たなページを刻むだろう。魔族が人族に打ち克ったという記録がな」


「ねぇ、ウチカツってどういういみ?」


「後で教えてあげるから待っててね」


「待っててね……と」


「安易に祭り上げられた憐れなる戦士達よ、無知を悔やんでももう遅い。さぁ、我が武威の前にひざまづけ」


「ひざまづけ……と」


「これで全てだ」


「一言一句漏らさずに書き留めました」


「よし、これで終わりだ。皆もよく手伝ってくれた!」


 長丁場からの解放に、一同は緊張の糸を切った。


「ふぇぇーー。疲れたべよぉ!」


「後で珍しき菓子でも贈る。大儀であったぞ」


「お疲れさんでした。晩御飯なんで帰りますね」


 3人がやりきった感を携えつつ、部屋を後にした。それを見送るエイデンに休む暇はない。間もなく日が暮れるのだ。


「さてと、晩御飯の用意をせねばな」


「おとさん、まってぇーー!」


「手伝います、お父様」


 エイデン父娘が立て続けに立ち去った。広い広い謁見の間には、マキーニャただ独りが残された。彼女の手元には依然として、先ほどのメモ書きが残されている。それを一読しては不敵な笑みを浮かべた。


「実に良くできておりますよ。エイデン陛下の勇ましさと、ニコラ様の愛らしさが、存分に落とし込まれた仕上がりです」

 

 そう呟くと、紙を4つ折に畳み、胸元にしまいこんだ。これが陽の目を浴びる日を夢想しながら、時節を心待ちにするのである。


 

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