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魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
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幕間2

 魔界の最大都市には極めて巨大な施設がある。名をコンデモニウムといい、その歴史は古い。かつて人族が攻め寄せる大軍によって、魔族はあわや滅亡しかけたのだが、辛くも陥落を免れた数少ない拠点の1つである。


 しかし軍事利用されたのも過去の事。今では内装を大きく変えて議事堂として活用されている。防衛機能は皆無に近いが、象徴的意味合いは重い。それは外装に在りし日の形を残した為であり、種族の誇りと捉える者も少なくなかった。


 そのような流れを持つ施設に、百を超える魔人が集結した。魔界の最高権力で、実質的な統治を担う元老院の議員たちである。本日は定例ではなく、臨時のものだ。地上に派遣した魔王エイデンの処遇を決めるべく、激論が繰り広げられるのであった。


「エイデン王に反逆の意思があることは、明白であります!」


 議場の演壇で男が叫ぶ。高齢者が多数を占める元老院において、彼は比較的若い部類の人物だった。このようにして目立つ役目は、若手に背負わせるというのが魔界での暗黙の了解なのだ。


「かの人物には、確かに王を授かるだけの華々しい戦果を残しました。僅かな手勢で一国を滅ぼし、人間界において磐石なる拠点を築いた事は、記憶に新しい事でしょう」


 威厳と理知を感じさせる物言いは、議員達が特に気を配る部分である。なぜなら、感情論で述べていると思われてしまえば、たちまちに軽んじられるからだ。


「しかしながら、エイデン王は正当な理由も無しに侵略の手を止めております。成し遂げるだけの力を有しているにも関わらず。なぜか!」


 男はそこで良く回る口を閉じ、辺りを一度見渡した。視線は全員に向けられたようであるが、実質は主とも言うべきゴーガンと、敵方のフゴーだけを見ていた。


 それからは両手を掲げ、耳目をさらに集めながら叫んだ。趣旨の印象をより強く残すために。


「それは我ら元老院を軽んずるが為に他なりません! 最優先にすべき指令をことごとく拒み、一向に腰を上げぬのですから!」 


「まさしくその通り!」


 議席の方々から、援護するような声があがった。男の語り口調は、いよいよ熱を帯びたものとなる。


「元老院の軽視とは、魔界に君臨する『冥府の王』に対する反逆と同義。王に引き立てた恩を忘れるばかりか、その地位を悪用するとは言語道断!」


「そうだ、そうだ!」


「私腹も着実に肥やしている様子。元老院が求める七割税のうち、かの国から収められたのは、規定額を遥かに下回るものでした。その差額はどこへいったというのか。魔界と対峙する為の戦費とするのか、それとも己の栄耀栄華えいようえいがの為か」


「許すまじ、悪徳を許すまじ!」


「いずれにせよ、エイデン王の大罪は明白! 私は元老院より『討伐令』を発する事を提案致します」


「誅すべし、エイデンを滅ぼすべし!」


 演壇の男は熱い声援を受けながら自席へと戻った。場内に火が付いたような盛り上がりを見せているのは、彼の弁舌が冴え渡る為だ。ましてや、これは魔界の第一人者であるゴーガン家による策謀なのだ。わざわざ矢面に立とうなどという酔狂な者は居なかった。ただ1人を除いては。


「各々方、お待ちくだされ」


 起立するとともに別の男が口を開いた。彼の名はケンシニー。いつぞやエイデン城にて、魔界の抑えを約束した人物である。その言葉に偽りなく、今日に至るまで不利な舌戦を繰り広げてきた。そして、このような圧倒的な状況に陥っても、微塵も立場に揺らぎをみせなかった。


「認識の齟齬そごがあったようなので、私から訂正させていただきましょう。功を焦る者は、兎に角そそっかしいもの。討伐令を口にするのは、現況を正しく理解してからでも遅くはありますまい」


 ケンシニーはあくまでも冷静な口調であった。どこか悠然とした語り方のまま、なだらかな階段を降り、ついには演壇の人となった。


「まずは、人族を甘く見すぎているという点です。ここに居られる皆様方は、戦えば必ず勝てると思われているようですが、それは違います。敵を不用意に侮ってはなりません」


「何を言うか。実際エイデン王は常に勝ちを収めてきたではないか!」


 想定内の野次が飛ぶ。もちろんケンシニーが狼狽える事はなく、整然とした言葉で応じた。


「これまでの戦いについて振り返ってみましょう。地上侵攻戦、居城の防衛戦、そしてシャヨーカ戦役。これらの戦いには一つ大きな共通点があるのです。それは、すべてが奇襲である、という事です」


 議場がざわめきだす。口やかましい野次に変わって、今度は疑問をぼやく声ばかりになった。


「確かに人族は都度、大軍をもって我が軍を迎えました。しかし、それらは魔王エイデンへの対策が一切講じられていない、極々平凡なる布陣であったのです。いかに強大なる魔王種であっても、敵の出方次第では惨敗を喫するでしょう。その為に慎重にならざるを得ないのです」


「敵の出方とは、具体的に何を指すのか?」


 ケンシニーに投げられた言葉に非難の色は無い。派閥に属さない議員であれば、ポジションを気にする事なく発言するものだ。


「エイデン殿が恐れるとすれば、光の精霊師以外にありますまい」


「光の精霊師……!」


「そう。かつて我らの父祖を滅亡寸前まで追い詰めたという、精霊師の子孫を、人族はまだ戦地に送り込んでいません」


「なにゆえニンゲンが出し惜しみしているか、そなたには分かるのか?」


「罠のためです。エイデン殿が油断した隙を突いて襲撃し、亡き者とする。そうなれば、後は兵数の勝負に持ち込めるのですから」


「なるほど。つまり安易に侵攻しないのは」


「駆け引きです。人族の最強武力を、意図せぬ場面で引き出す為の」


 ケンシニーは心にもない事を、さも事実であるかのように語った。育児が理由であるのは彼も重々承知しているのだ。今ここでデタラメな説明を繰り広げるのも、頭の固い老人たちを説得するには、他に選択肢が無い為であった。


「ケンシニー殿、ならば税についてはどう説明するのだ。地上から送られてくる額面は、あまりにも安すぎるぞ!」


「それは、かの国では税率を1割としているからです」


「まことか!? 正気とは思えん!」


「信じられぬ事ですが、事実です。エイデン殿は人族の掌握という、極めて難しい統治を強いられております。人魔はただでさえ反目しあうのですから、重税で絞り上げるという方法が取れないのです」


「確かに一理ある。しかし、それにしても低すぎる」


「かと言って税を重くし、反乱や紛争を招いてしまっては本末転倒です。ニンゲンが死ねば労働力や税収が落ちるのですから。エイデン殿は綱渡りにも似た心境の中、諸々を包括的に考え、このようなやり方を……」


「手緩いぞ! そのような理屈が通る訳がない!」


 その言葉を皮切りに、ゴーガン家の息がかかった者たちが次々と反論した。議場の空気を元に戻そうとする意図が透けて見える。


「なぜそう仰るのですか? エイデン殿が人族の統治に成功すれば、以降の侵略が容易くなるのは自明の理でしょう。今は成果に乏しくとも、長い目で見たならば……」


「そこまでの権限を与えてはいない! 越権行為も甚だしく、これはゴーガン様に対する反逆としか考えられない!」


 ケンシニーは、しめたとほくそ笑んだ。質問だけでなく、野次すらも出るに任せていたのは、失言を誘う為だった。いくらか姑息な思いがしつつも、彼は勝機を逃さぬよう一気にまくしたてた。


「これは聞き捨てなりませんな。なぜ元老院の意向に背くと、ゴーガン殿への反逆となるのですか?」


「い、いや。それは」


「その理屈が通るのなら、元老院はすでに何者かによって私物化されていると看做せるのでは?」


「待て、ケンシニー殿」


 迂闊にも失言した男は、みるみるうちに青ざめていった。今の言葉も、どこか懇願するような響きすらある。


「これはどうした事か。我らはいやしくも、冥府の王より統治の代理を仰せつかる清廉なる集団であったはず。それが特定の人物が利益を得る為に奔走していたのだとしたら、これこそ明確なる反逆的行為に……」


「よさんか」 


 ケンシニーのとどめとも言える発言は、しわがれた声によって押し止められた。議場はその瞬間、水を打ったような静けさとなる。普段は滅多に口を開く事のない、ゴーガン家当主が声を発したからだ。


「ささいな失言を大事に捉えるのは止めていただこう。私に邪な野心などなく、ひとえに魔界の繁栄を願うばかりである」


 どの口が言う、とケンシニーは腹の中で毒づいた。もちろん口外したりはしない。本音を押し隠す事は、この場において初歩レベルの処世術である。


「こちらも卿の忠義心を疑うつもりはありません。そして、 高潔なる御仁であるとも確信しております」


「話を戻そう。先に私見を述べておくが、エイデン王は地上侵攻に適していないと思える。武力ではなく、気質に問題があるのだろう」


「誰しも欠点を抱えるものです」


「もちろんだ。ゆえに、より適任な者を送り込もうと思う。詳細なる人選は後ほどになるが、どうだろうか?」


 ゴーガンが言い終えると、あちこちから『異議なし』という声が起こる。ケンシニーも一度考え込むが、これ以上の落とし所は無いと判断した。最低限、討伐令の発動を抑え込んだだけでも良しとすべきであった。


 こうして結論は決まった。エイデンの立場は保留とし、別働隊を地上へと派遣する事が決定したのだ。今後の動きは相当早いだろう。元老院の威信にかけて、最短の日数で進められるはずだった。


——ともあれ、エイデン殿に知らせねば。


 ケンシニーはリガイヤ・フゴーの方を見た。視線が重なると、相手からは肯首が返ってきた。それだけでも、自分が何をすべきか把握できるほどに、両者の連携は成熟していた。


 集会が解散すると、ケンシニーは急ぎ馬車へと乗り込んだ。目指すはエイデン城。今回ばかりは書状では伝えきれないと、とにかく馬を急き立てるのだった。



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