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魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
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第62話 頼もしき仲間達

 グレイブによるデュークの評価は上々だった。仕事ぶりは堅実で奇策を用いず、いつも地に足の着いた対応をするという。古参の武官には部下であっても敬意を示し、末端兵にも威張り散らす事も無い。着任して日が浅いのだが、早くも一定の信頼を得ているのだとか。


「まぁ、一応はこの眼で見ておくか」


 エイデンは娘たちとともにシャヨーカの地へと向かった。城門まで辿り着くと、既にデュークが直属の部下を引き連れており、恭しい拝礼をもって出迎えた。


「エイデン王陛下、御子様方。遠路遥々お越しいただき、恐悦至極!」


 デュークが拝礼を解き、背筋を伸ばした正にその時だ。エイデンは背後から闘気が溢れるのを感じた。誰の仕業か見るまでもない、メイが突如として戦闘体勢に移ろうとしているのだ。


 それに呼応してか、デュークは半歩だけ片足を引いた。腰に差した剣の柄が、柔らかく警告を発するかのように、カチャリと音を出す。


──全く、しょうがない奴らよ。


 エイデンは呆れ半分になる。2人は依然として睨みあったまま動こうとしない。その静けさに反し、互いの闘気ははち切れんばかりに膨らみ続け、無言の攻防戦は続く。


──死にはせんだろうが、止めておくか。


 空気は一触即発。何かキッカケがあれば激しい斬り合いが始まるだろう。騒がしくなる前に、両者の間に割って入ろうとしたのだが。


「へぷしゅん!」


 ニコラがエイデンの肩の上で、可愛らしいクシャミをした。しかし、達人は別の意味合いとして捉えてしまう。


 先手を打ったメイが地面スレスレに剣を抜き払いつつ、低い姿勢から斬り上げようとした。対するデュークも迎え撃とうと剣を振り下ろす。


 響き渡る甲高い音。飛び散る金属片。メイは愛剣の先を砕かれてしまい、次いでゆっくりと膝を折った。


「あぁ、私の剣が……」


 嘆きの声が、デュークの剣をしまう音と重なる。それから間髪をいれず、忠義なる男は最拝礼をエイデンに向けた。


「御息女に刃を向けてしまいました。どうか厳罰をお与えくだされ」


「気にするな。そして、うちの娘が粗相をして済まない」


「とんでもない。それにしても凄まじい技の冴えでした。思わず寒気を覚えるほどに」


「だそうだ。ひとかどの男に褒められたぞ、メイ」


「いえ、アッサリと負けました。いただいた剣も壊れましたし」


「しょげるな。いずれ新しいものを用意してやる」


 比較的小さくなった肩を叩いてやる。すると、ニコラが唐突に「ケガ、いたい?」と問いかけた。エイデンとメイは傷口を探してみるも、浅傷はおろか血痕のひとつも見当たらない。


「ケガ、あっちのひと!」


 ニコラが真っ直ぐ指差したのはデュークの方である。更に言えば、彼が小脇に抱えるドクロへと向いているのだ。


「あははっ。御子様、これは怪我ではありませんよ」


「いたい? いたくない?」


「もちろん、痛くなどありません。私の種族は大人になると、このように首が離れるのですよ」


「ええーーッ!?」


 ニコラは俄然がぜん興味が湧いたらしい。エイデンの肩から飛び降りると、デュークに肩車をせがんだ。これには当人も困惑したのだが、エイデンの許可が降りると、大事そうに首元に座らせた。自身の頭よりも丁重に扱うようにして。


「さてと。そろそろ中の様子でも見せてもらおうか」


「承知致しました。こちらへどうぞ」


 デュークの先導にて門を潜り、久々に街へとやってきた。通りを見渡してみると、混乱は見られない。それどころか、あちこちから笑い声なり、景気の良い言葉が聞こえてくる。人々の暮らしぶりは良いもののように思えた。


「状況はどうなのだ?」


「住民からの反発は無く、驚くほどに協力的です。税の軽さや休日保証の甲斐あって、伸びやかに過ごしている模様です」


「そうか、それは良かった」


「強いて言えば、定期的な休日に困惑していたようです。これまで労働者は、1日すらも休み無く働いていたのですから」


「古い常識を塗り替えなくてはならん。人は誰しも幸福に生きる権利を持つのだ」


「理想実現のため、尽力いたします」


 それからも大通りを歩き続け、商店街に差し掛かった頃だ。不意に「魔王様だ!」という声が響き渡った。すると通行人が目敏くエイデンを見つけ、周囲に殺到した。通りに面した家々の窓も全て開かれる。


「本当だ、魔王様がお越しだ!」


「御子様もご一緒よ! また歌が聴けるのかしら!」


「こ、こら! お前たち、離れんか!」


 デュークの制止など物ともせず、人だかりは膨らむ一方となった。やがて通り抜けすら困難な程になり、やっとの事でエイデンたちは路地裏へと逃げ込んだ。


「まったく、驚いたものだ」


「申し訳ありません。まさかこれ程の騒ぎになるとは思いも寄らず。次からは警護の手配も進めておきます」


「疎まれるよりは良い。かといって、限度もあるがな」


「疎まれるなどと。今や街の各所に陛下の彫像が立っているのです。慕われている事は間違いありません」


「彫像? あぁ、そんな話もあったな」


 エイデンは言葉に出されてようやく思い出す。シャヨーカの長老より『ぜひとも造らせて欲しい』という要望があった事を。特に断る理由もなく、家族4人の情報を伝えておいたのだが、この瞬間まで失念していた。


「急ぎで造ったとは思えぬほどの良作です。まだご覧になってないのなら、案内致しますが」


「まぁ、見せてもらうか」


 設置数は4体、街の各所にあるという。その中でも庁舎付近であれば人も寄り付きにくいので、そちらへと向かった。


 古びた建築物が並ぶ中で、一際新しい像は不自然なくらいに目立っていた。遠目からでも置き場所が分かるほどに。


「どうでしょう。思わず目を見張るほどではありませんか」


 彫像の構図はというと、エイデンとレイアを左右にし、間に挟まれるようにメイとニコラが並ぶ。特に珍しくない概形だが、詳細までに眼を向けると思わず苦笑いが溢れてしまう。格差が激しいのだ。


「陛下の像は荒々しく削る事により威厳を持たせ、ニコラ様は極めて愛らしく表現されておりますぞ」


「まぁ、そうなのだろうな」


 威厳の為、つまりは強さの表現として造りが粗いと言うのだが、この場合は方便にもなっていない。エイデンとメイがそのように表されるのは良いとしても、レイアまでが同様に扱われるのは不自然だ。彼女は非戦闘員で、全くもって戦う術を知らないのだから。つまりは手抜きなのだ。


 一方、ニコラの方はどこまでも精巧であった。丸みをおびた頬、風にそよぐ髪、服のヨレやシワまでもが極めて克明に表されているのだ。 碑文の見出しにも『ニコラ様、ご家族に囲まれて』と大きく打ち出されている。誰を主体としているかは明らかだった。


ーー相変わらずニコラの人気は衰えぬらしい。メイに警護を任せて正解だったかもしれん。


 人気は危険と隣り合わせだ。強い光が色濃い影を作るように、不特定多数の人間から好かれる事は良い面ばかりではない。いつ何時憧れが邪念に変わるかも分からず、父として不安を抱かずにはいられない。


 不埒者には首ポロン。あのときメイが放った言葉が、今では頼もしく感じられた。


「さてと。そろそろ城へ帰ろうか」


 エイデンが娘たちに促した。すると2人とも示し合わせたように父の傍に寄り添った。


「お戻りでございますか。もう少しお待ちいただければ、庁舎でお食事のご用意もできますが」


「気遣い無用だ。街の様子を見に来ただけで、長居するつもりは無かったのだ」


「承知しました。シャヨーカは引き続きお任せください。100年経とうが、必ずや守り通してみせましょう」


「頼んだぞ、期待しているからな」


 その言葉を残してエイデンは飛翔し、娘ともども空へと身を躍らせた。街が遠ざかったと思ううちに、やがて居城が見えてきた。帰還した彼らを待っていたのは日常だ。いつもと変わらず飯を食い、遊んでは眠りに就いた。


 数日後。所用でメイの部屋を訪ったエイデンは、壁に飾られた剣を見た。切っ先が大きく欠けており、シャヨーカで破損させたものであると、一目で理解した。


「それは飾っておくつもりなのか」


 問いかけにメイは、普段通りの輝かしい笑みを浮かべた。


「あの日の屈辱を忘れない為です。そうでなくては成長できませんから」


「一理ある。だが、何やら物騒な言葉が見えるな」


 剣の真下に一文が添えられていた。赤い文字にて『血肉で贖え』と。 


「雪辱にも作法があると思うのです。先日の恥は、デュークさんの四肢を引き裂かない限りはそそげません」


「あの男は味方なのだがな、それも将来有望な」


「大丈夫です。そんなすぐには出来ませんから」


 デュークも厄介な人物に眼を付けられたものだ。彼は今後、勤務中は領地を守り、プライベートは自身を守る事を強いられるのだから。新人が背負える仕事量を超えていた。さらに言えば、メイの件は職務と何ら関係なく、私怨そのものだ。


 本来ならエイデンがたしなめ、止めるべき場面だろう。だが、彼はそれをしなかった。単純にデュークとのせめぎ合いに興味を持っていたし、ニコラの警護を思えば、メイの向上心は心強いのである。だがその一方で、成長速度によってはデュークを八つ裂きにしてしまいかねない。それはせっかく整えた防衛線の崩壊を意味する。


 デュークが勝るか、それともメイが超えるか。これは見方によってはシャヨーカの統治か、ニコラの安寧か、と言い換える事が出来るかもしれない。心の天秤がユラユラと揺れる。そして諸々を視野に入れて考え出した結論がこれだ。


——まぁ良いか。どうせデュークにはポロンする首も無い事だし。


 叡智の王は考え込むうちに、なんとなく面倒になったのである。


 よってこの日を境に、デュークとメイは言葉の通りぶつかり合うようになった。どこかでエイデンが取りなしていればマシだったかもしれないが、物事が表面化した時にはもう後の祭りなのであった。

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