第61話 リクルート日和
エイデンは書類の束を手に収めたまま、窓の外へと目をやった。思わず絵に残したくなる程の快晴だ。こんな陽気なら、家族を引き連れて行楽でもと思うが、大事な予定に阻まれている。応募者面接という責務によって。
いっその事部下に任せ、今も外を駆け回るニコラたちに合流したくなるが、その気持ちには堪えた。もちろん後々怖いからだ。
「人そのものは来るのだがなぁ……」
エイデンのぼやきが会議室に浮かぶ。彼らが求めるのは指揮官、それもいち拠点を預けられる程の熟練者だ。そうそう都合良く見つかる人材ではなかった。
訪れるものは食いつめ者ばかりで、軍学の初歩も知らないという有り様だ。当然ながら兵権など与えられない。土地を失った農夫には農地を、追放されてきた職人には工房へと案内させた。もちろん軍部に編入する事も可能だが、その場合は末端兵から始めてもらう事になる。
応募者の反応は様々だ。思案顔を見せた挙句、その大半が自身の生業へと流れていった。
「大物は釣れないようですな。やはり元老院に睨まれているというのが大きいかと」
同席するクロウが主人に同意した。横顔に徒労感を滲ませながら、言葉を続けた。
「いっその事、フゴー家を頼られては? 良き人物を貸していただけると思うのですが」
「それは私も考えた。だが、下手に借りを作りたくない」
「そう仰ると思いました。ならば、根気強く進めるしかありますまい。募集も要項を見直すべきかもしれませんな」
クロウは半ば自分に言い聞かせるように提言し、背筋を伸ばした。応募者も最後の1人が残されている。善後策については、全員と顔を合わせてからでも遅くはない。
「次の者、中へ」
エイデンが告げると、床を重々しく踏みしめる音が響いた。甲冑姿の壮健なる騎士である。ただし首から上は何も無く、本来あるべき頭は、彼自身の小脇に抱えられていた。首なし騎士のデュラハンだった。
「では、座ってもらおう」
「しっしっ、失礼しまぁす!」
容貌とは裏腹な返答だった。大きな図体に反して、声は甲高い。着席後の居住まいも慎ましいもので、両足をぴったりと閉じ、頭を両ひざの上に乗せている。
これにはエイデンも思わず前のめりになった。その所作だけでも興味深く、好奇心をくすぐるのだ。
そこへクロウが咳払いをひとつ。王の悪癖を諌めるように、聞こえよがしに放った。そして進行へと繋げる。
「ではまずは、お名前から伺いましょう」
「は、はい! 小生、名をデューク、家名はコロンと申します!」
「デューク・コロンか。どこかで聞いたような名だ」
エイデンが記憶をまさぐろうとする内に、クロウが先駆けて問いかけた。
「もしや貴殿は、ハンナ・コロンの……」
「はい、その息子です」
「それはそれは。かの高名なハンナ殿のご子息でしたか」
クロウは首を伸ばし、『逸材です』と耳打ちした。というのもハンナ・コロンとは、知る人ぞ知る女傑であり、ひとたび戦場に降り立てば縦横無尽。あげた武功は数知れず。果ては偉大なる指揮官を選出する『魔界・オブザイヤー』にて華々しい受賞歴を持つという、勇名轟く人物であった。
その実子というのなら、期待値は極めて高い。クロウがにやけ顔になるのも無理からぬ事だ。
方やエイデンは前情報など知らない。彼が着目したのは、デュークの放つ魔力の気配である。かなりの手練れだと察し、いよいよ興味を強くした。
「話を続けようか。前職では何を?」
「国境警備と防衛です。母より預かった兵を率い、領土の保全に努めました」
「率いた兵数は?」
「常時5千、緊急時は1万です」
「軍務における実績は?」
「30年の間、1度として敵の侵入を許しませんでした」
おお、という声が小さく漏れる。長期防衛とは、武力だけで達成できるものではない。知力や根気、冷静で的確な判断力など、高度で幅広い性質が要求されるのだ。彼の能力が合格点であることは、実績が雄弁に語ってくれた。
「得意とする武器はなんだろうか」
「馬上ではムチですね。下馬すると長剣を扱う事が多いです」
「馬上ムチか。割と珍しいな」
「たまに言われます。ですが、慣れてしまえば便利ですよ。リーチは槍と大差無いのに、軌道が変則的ですから」
「ふむ。理に敵っているのだな」
エイデンが何気なく放った言葉に、デュークは頭をカタカタと揺らした。頭骨が胸元を叩く事で小刻みに音が鳴る。彼なりの笑い方であった。
「デューク殿、私からも質問を宜しいでしょうか?」
「もちろん。何なりと」
「志望動機についてお聞かせ願おう。貴殿程の人物であれば、士官のクチなどいくらでもある様に思えます。なぜ我が国に?」
そこでデュークは体を硬直させ、膝上の頭を跳ね上げた。浮いたドクロが膝に戻ると、頬骨が薄く紅潮させていた。
「それは、憧れているからです!」
「憧れ……ですか。一体何にでしょうか?」
「もちろん、暗黒の覇者と謳われたエイデン王陛下です!」
「私なのか。どうしてまた?」
「魔界に残された武勇伝の数々には、幼少の頃より胸を踊らせておりました! 小生はまだ200歳にも満たぬ若輩者ゆえ、実際の光景を眼に焼き付けられなかったことが、途方もなく悔やまれて悔やまれて……!」
デュークの激しく振った拳が、膝上の頭骨を何度も何度も叩いた。割れたりはしないかと不安になるが、当人は気にした風ではない。日常的な仕草なのである。
そんな、どこかヒヤリとする空気が漂う事はあっても、面接は概ね良好であった。採用は確実であり、あとは実技チェックを残すくらいだ。
「腕前を見せて欲しい。外の練兵場に移動しようか」
「承知しました!」
言葉通りに場を移すなり、エイデンは娘たちの姿を探した。遠くに目をやれば、軽業スキルを発揮したニコラが城塔の天辺で飛び跳ね、メイが後を追いかけている所だった。
巻き添えにする心配はない。これで気兼ね無く試験が出来るというものだ。
「ではまず、馬上ムチを見せて欲しい」
「ハハッ。首有りの馬か……久々だなぁ」
極ありふれた軍馬を貸した所、デュークが不思議な感想を漏らした。彼は普段から頭の無い馬を愛用しているからだ。そんな些事は試験に無関係であり、特に追求されずに話は進む。
「では、始め!」
合図と共に馬が急き立てられた。目標は地面に突き立てた枝で、等間隔に3本ほど植えさせた。それを敵に見立てて腕を確かめようというのだ。
デュークに気負った所は見られない。悠々とムチを構え、手前の枝から順々に打ち払っていった。1本目は枝先を打ち、真後ろに倒す。2本目は根元を払い、枝を宙で回転させ、3本目は枝の真ん中を正確にへし折ってみせた。
戻る姿に気迫は感じられない。まさに朝飯前といった様子である。
「ほぉ、中々のものだな。精度は良く、扱いも巧みだ」
「陛下直々にお褒めいただけるとは……感激の極み!」
「では次に剣技を見せてもらおう」
「承知いたしました……!?」
デュークはここで初めて狼狽した。相対する様にしてエイデンが眼前で構えた為だ。
「あの、これは」
「遠慮はいらん。全力で打ち込め」
「漆黒の覇者様に、打ち込めと……」
呟くなり、呆けたようにして体を弛ませたが、それは瞬きの間。すぐに剣を強く握り直し、地に足を強く叩きつけて構えた。
「二度と無い、光栄の極みィィ!」
気迫が身体を凌駕し、魔力がひとときばかり増大した。全身も一回りは大きく膨れ、激しさを増した闘気が剣を伝い、切っ先から溢れだす。
その姿を、エイデンは懐かしむように眺めた。若い。真っ直ぐな闘気は愛おしさを覚えるほどだ。ありし日の自分と重ね合わせ、脳裏には自ずと昔日の光景が浮かんだ。
「気迫は十分か。では、かかってこい!」
「失礼致しますゥゥ!」
叫びと共に、両者の間合いは一瞬のうちに詰められた。かなり速い。踏み込みと同時に、袈裟斬りのモーションへと移っていた。実に滑らかな挙動である。
エイデンは目測する。速いだけでなく、剣には体重が存分に乗せられていた。そしてこの闘気。受け手が並の兵であれば、防ぐ盾ごと破壊されるだろう。デュークの手にする剣が、刃を潰した訓練用のものであってもだ。
軌道を読み、腰から上を仰け反らせるだけで、エイデンは斬撃を避けた。剣が空を切り裂いて地面を穿つ。デュークは面食らったように頭骨を向けるが、意気消沈には早すぎる。試験は始まったばかりなのだ。
「そんなものか? だとしたら期待外れだな」
敢えて煽る。それは咆哮によって返され、次いで激しい連撃が放たれた。
デュークの乱打は、素早く、そして的確だった。全てが容赦の無い鋭利な攻撃だ。ありとあらゆる急所を寸分違わず打ち抜こうとするのだから、生半可な技量ではない。
——流石に体捌きだけでは無理か。
エイデンも動きを変える。足の位置をこまやかに変えて目測を見誤らせ、襲い来る剣の握り手を叩くことで、斬撃の軌跡をあらぬ方へと逸らした。達人同士の激しい衝突。その重圧から、クロウなどは思わず距離をとってしまうほどだった。
——観察はもはや十分、頃合いだな。
均衡は意向ひとつで破られた。エイデンは上段に振り下ろされる剣を厭わず、懐に目掛けて踏み込んだ。まずは肘。そこへ掌底を打ち、腕ごと剣を跳ね上げる。眼前の胴はガラ空きだ。すかさず反動をつけ、回し蹴りを放つ。しかし当てはしない。胸元の寸前で攻撃を止めた。
「あ……、あぁ」
それだけでデュークの覇気は消え失せ、膝から崩れ落ちた。左手に抱えた頭骨も地面に落ち、おもむろに転がっていく。
「なかなかの腕前だ。しかし型に縛られ過ぎている。以降は柔軟な戦法を学ぶのが良いだろう」
「あ、あり、ありがとうございましたッ!」
膝を折った姿のままでデュークが何度も腰を折り曲げた。思いの丈を示すよう、お辞儀の動きは機敏なものだった。
「クロウよ、どうだろうか。一度グレイブの元に派遣してみては?」
「結構でございます。後は現場で判断していただくべきかと」
「という訳でデュークよ。そなたには現地へと向かって貰いたい、都合の良い日は……」
問いかけの言葉を言い終えぬうちに、デュークは素早く立ち上がり、エイデンの話を遮った。
「今すぐにでも働けます! 現地とは東のシャヨーカでよろしいですね?」
「その通りだが、そこまで焦る必要はない。支度を整えるゆとりくらいは……」
「身ひとつあれば十分です! では、行ってまいります!」
「あっ。おい、待たんか!」
制止の声も聞かずに走り去っていった。後に残されたエイデンたちは、ぼんやりと見送るばかりだ。
「行ってしまいましたね」
「そうだな」
「グレイブ殿には、追って連絡をしておきます」
「任せた」
毒気を抜かれたように佇む2人。しばらくすると、クロウが何かに気づいて声をあげた。
「どうかしたか?」
「デューク殿、とんでもない物を忘れていきましたよ」
「忘れ物だと……ああっ!?」
地面に転がるドクロ。もちろん彼の私物である。 自分の頭部を置き去りにするなど、ウッカリにしても度を越していた。
「まったく世話の焼ける……」
エイデンは持ち主に変わって頭骨を小脇に抱え、後を追いかけた。道すがらふと思う。デュークが活動するのに頭は必要ないのだと。視力に頼らず、魔力探知によって周囲を認識するタイプなのだと。同時に、なぜ頭を抱え持つのかについては、とうとう推測すら出来なかった。
真面目な好人物ながら、どこか抜けている青年デューク。彼が上手くやれるのか、正直なところ、エイデンたちは気が気ではなかった。その浮ついた気分は、グレイブによる「申し分なし」という連絡があるまで続いた。




