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魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
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第58話 目覚めを待つ美女

 浮き世で戦だ統治だと騒がしくする中、冥府は平穏そのものであった。死者は飢えない。そして労苦もない。その大前提が彼の地に、悠久なる平穏をもたらすのだ。


「ンゴォォ。フゴォォ」


 四肢を投げ出し、高いびきで眠る美女が一人。彼女は貴族の出であり、果ては王妃にまで登り詰めた偉人である。にも関わらず、寝姿はあまりにも豪気過ぎた。しがらみの欠如が精神に伸びやかさを与えたらしい。


 ちなみに冥界の住民達が飲み食いをし、眠りに耽るのは単なる娯楽の為、あるいは手持ち無沙汰を解消する為だ。一睡もしない者から延々と眠る者まで、個人差の現れる部分だ。この女性はというと、毎日最低8時間は眠るロングスリーパーであった。


「おいレイア、起きろ」


 眠り姫の耳に乱雑な声が落とされる。語気の強い言葉だが、事態を打ち破るには物足りなかった。


「ふへ、ふへへ。アタシこそが万夫不当ばんぷふとうの豪傑よ……」


「何の夢だよオイ。良いから起きろッ!」


 とうとう張り手が飛ぶ。緩んだ頬に分厚い手のひらは、相当な痛みを与えたに違いない。もちろんレイアも即刻に覚醒した。


「ちょっとコーエル、何すんのよ!」


「テメェこそノンビリ寝てんじゃねぇよ、今日は招魂の宵だぞ!」


「招魂の……嘘でしょ!?」


 怒りで紅潮した顔に青気が差した。次いで蜂の巣をつついた様な騒ぎになる。


「どどどうしよう! 早く準備をしなきゃ!」


「急げ急げ。そんなボサボサ頭で再会なんかしたら、百年の恋も冷めちまうぞ」


「大事な大事な日だっていうのに……もっと早く起こしてくれても良かったじゃない!」


「親切心で見に来てやったアタシに文句垂れんのか。ブッ殺すぞ」


「残念でした、もう死んでまぁーーす」


 屁理屈の制裁はシンプルだった。鉄拳によるゲンコツが唸り、レイアの頭骨を軋ませる。これには当人もクシを放り投げ、頭を抱えながら転げ回った。


 彼女は死者であるので、致命傷を負うとか、大病を患う事はない。それでも日常的な痛みだけは残されている。他にも髪は伸びないが乱れる。衣服も汚れる事はないが、シワが刻まれるなど、どこか理不尽な条理の元で暮らしているのだ。


「痛い、ほんと痛いコレ! 絶対真っ二つに割れてるって!」


 細々とした不条理は冥府の王の、「多少は刺激が無くば退屈」という計らいによるものだ。しかし今ばかりは恨み節のひとつも叫びたくなる。


「痛たぁ……。もっぺん死ぬかと思った」


「ったく世話の焼ける女だ。髪をセットしてやるから、ジッとしてろ」


「ありがとう。可愛くしてね」


「注文つけられる立場かよ。良いから座れ」


 コーエルのクシ捌きは、どこか力任せであった。それでも時間を重視しているお陰で、見映えは急速に整えられていく。


「そういやさ。アンタ、地上に戻ったら旦那さんに言うのかい? 再婚してくれって」


「うん、そのつもり……」


 前回の宵から悩むこと春夏秋冬。頻繁に言を左右に転がし、その都度コーエルに長話を持ちかけ、ようやく腹が決まったのだ。夫には新たなパートナーを見つけてもらい、残りの生を謳歌して欲しいと。


「その結果どう転ぶか分からんけど、キッチリ伝えときなよ。今回逃したら、また1年間ヤキモキする羽目になるんだからね」


「分かってるって。それにしてもコーエルは世話焼きだなぁ、他人事にそこまで口出しするだなんて」


「アンタの愚痴に付き合わされんのはアタシなんだよ! また似たような事言い出したら承知しないからな!」


「えへへ。いつもありがとうねぇ」


「感謝する気持ちがあんなら気張ってきなよ」


 髪が整えられると、次は衣服だった。コーエルの絶妙なる力加減により、シワのほとんどが消滅していく。レイアが着用するのはありふれた普段着なのだが、ギリギリ外行きもこなせるコーディネイトであるため、着替えは省略された。


「ねぇ、これで行って平気? 手抜きだって怒られないかな」


「どうせ所縁の品に触れれば変わっちまうんだ。バレやしねぇだろ」


「そっか。そうだよね」 


「つうか急ぐぞ。もう冥府の門は開いてるハズだ」


 2人は一息すら入れないままに最寄りの泉へと向かった。到着してみると、順番を待つ人の列が出来ているが、まだそれほど長くはない。


「良かった。あんまり待たずに済みそう!」


「ふぅ、ふぅ。これなら、汗拭く時間くらいは、ありそうだな」


 コーエルは額を何度も拭った。その隣に並ぶレイアは、小汗のひとつもかいていない。その代わり、彼女には整えるべきものが別にあった。


「私は良い女、良妻賢母。私は良い女、良妻賢母」


 魔法を詠唱でもするような呟きは、自己催眠である。理想とする人物を演出できるよう、自意識を高潔の域にまで押し上げるのだ。


「アンタ、毎回それやるよね。意味あんの?」


「ごめん、ちょっと黙ってて。今大事な所だから」


「ご苦労なこった。年に1回しか会えないってのに、本心で向き合わないのかい?」


「エイデンはお淑やかな人が好きなの! だからこれで良いの!」


「はいはい、そーですか」


 軽めの言い争いをするうちに順番が回ってきた。泉は細かな波紋に揺れながらも、細かな七色の粒子を水面に浮かばせる。現世へ繋がる事を示す光である。


「ほんじゃまあ、健闘を祈ってるよ」


 コエールは自らの巨体を泉に投じ、辺りに盛大な水飛沫を跳ねさせた。レイアも慌てた様子で後に続く。


「ニコラちゃん、エイデン、待っててねーー!」


 精神統一はまだ完了していない。そんなものは移動中にこなせば良いと決め込み、生者の世界へと飛び立った。 




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