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魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
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第53話 勝ち犬の遠吠え

 原野に砂煙が立ち上る。遠目でも視認できるのは、道を行く者の数が膨大であるからだ。エイデン城を発した救援軍が、シャヨーカの窮地を救おうというのである。


「よっしゃぁッ! 待ちに待った戦争だぞオラァーーッ!」


 最前を進むのは独立強襲隊のルーベウスだ。とうとう活躍の場を与えられたとあって、行軍中ですら闘う気を漲らせた。


「ったく、うるさいっての。キャンキャン喚くんじゃないよ!」


 すぐ後ろを駆けるのは蛇女のネミーリアだ。彼女は寒くなると冬眠してしまうので、比較的珍しい顔と位置付けられている。今は幸いにも夏目前だ。存分なパフォーマンスを発揮してくれる事は確実である。


「戦地が目前となったら口を慎め。奇襲という好材料が不意になる」


 強襲隊最後のメンバーであるティコが囁く。馬蹄の響く行軍中であっても、不思議と彼の声は明瞭に響いた。特別な訓練の結果なのだが、仲間達は経緯について何も知らない。


「わかってらぁ。景気づけに叫んでるだけだっつうの」


「まぁ、その気持ちは分かるよ。久々の大戦、腕が張るってもんだわ」


「それはもしかして、『腕が鳴る』と言いたいのか?」


 水を差すような言葉を受け、ネミーリアが頬を紅潮させた。


「う、う、うるさいよ! ちょっと言い間違っただけじゃないの!」


「訂正してやったのに咎められるとは、腑に落ちん」


 行楽のように騒がしくする前衛とは違い、背後に続く騎兵団は静かなものだ。グレイブに率いられた騎馬300に浮かれた様子は見えず、ただ粛々と馬を駈っている。リーダーの気質が如実に現れたが為だ。


「よし、全軍止まれ」


 グレイブは木々の生い茂る森の中で停止を命じた。それから自身は下馬すると、森の端まで出向き、茂みに身を潜めた。その後ろに強襲隊の3名も続く。


「あの砦が救援対象だ」


 彼らの眼前に見える拠点は、まさに陥落寸前であった。攻城兵器は梯子はしごくらいで、他に目ぼしいものは見当たらないが、兵の数が桁違いなのだ。ザッと見積もって一万弱の敵軍。包囲の輪も、アリの這い出る隙間もないと言える程に閉ざされている。


「おいおい、ヤベェじゃん。味方はどんだけ居るんだよ」


「聞いた話では守兵が2000との事だが、だいぶ減らされたらしい。半数も残っているかどうか」


「寸での所で間に合った。急ぎ、大まかな作戦だけを決めて突入すべきだ」


「そんじゃオレは目の前の敵をやる。ティコとネミーリアはそれぞれ西門、南門の背後から襲え」


「勝手に決めんじゃないよ、犬っころが」


「うっせぇ、皮剥いで小洒落たサイフにしちまうぞアバズレ」


「やれるもんならやってみな。アタシの魔法で悪夢を……」


 脇道に逸れかかるのを制したのはティコだった。彼だけが強襲隊の良心だと言っても過言ではない。


「お前達、その辺にしておけ。グレイブ殿、我らで東南西の門前を駆逐する。騎兵隊には北門の敵を頼めるだろうか」


「よかろう。ならば一斉に攻撃を仕掛けたい。合図は誰が?」


「もちろんオレ様よ。そりゃもう景気良く、派手にぶちかましてやるさ」


「フンッ。しくじるんじゃないよ室内犬」


「テメェこそボサッとすんじゃねぇぞ!」


「良し、話は決まりだ。ルーベウス殿の合図で敵の背腹を突く。では散会!」


 皆が静かに移動を開始する中、ルーベウスは引き続き茂みに隠れた。腹の中ではゆっくりと数をかぞえる。そうして頃合いを見計らうと、茂みから身を踊らせ、一直線に包囲軍の傍まで駆けた。


 敵は誰もが砦に注視するばかりで、ルーベウスの登場に気づくものは居ない。それが不満でならないが為に、彼は大仰なポーズを決め、それはもう音高に叫んだ。


「やいやいやい! 我こそはエイデン軍最強の男、ルーベウス様だ! 腕に覚えのあるやつはかかって来い!」


 その声で1人2人と振り返るが、眼を丸くするばかりで現状を理解出来ていない。なぜ魔族がここに、といった所だろうか。


「カァーーッつまんねぇやつらだな! もういい、これでも食らいやがれ!」


 怒声を放つとともに両手を真っ赤に染めた。それは彼が最も得意とする炎魔法の煌めきで、掌に魔力球を浮かべると、乱雑に投げた。光球が地に着地すると爆炎が巻き起こり、熱風がたちまちに周囲を焼き焦がした。


「うわぁ! 火、火だァ!」


 思いもよらぬ攻撃に、早くもセントラル軍は算を乱し始める。及び腰の兵が離脱しようと試みるも、背後は石壁、左右は味方の部隊が塞いでいる。活路といえば正面の魔人を討ち取るだけなのだが。


「オラオラァ! 歯応えが無さすぎんぞボケが!」


 ルーベウスは拳からカギ爪を突きだし、白兵戦に身を投じた。恐るべきは切れ味。鋼鉄の装備が布でも裂くように切り刻まれてゆく。そして異様なまでの俊敏さ。人の目で視認出来る速度を超えており、懸命に繰り出した反撃も虚空を突くばかりだ。


「ヤベェぞこいつ! 逃げろォ!」


「いやだっ! 死にたくない!」


 勝ちに慢心した軍とは意外に脆い。特に包囲の外側に陣取る兵などは顕著だ。生存を確信した為に、生き抜こうとする気迫よりも生への渇望が勝ってしまうのだ。


 逃げる兵が周囲の陣形を掻き乱し、いよいよ混迷は深まっていく。それが前線まで波及すると、城攻めの基本連携すら崩れ、守兵が盛り返すまでになってしまう。


「尻尾巻いて逃げるくれぇなら、しゃしゃり出てくんじゃねぇよ!」


 トドメと言わんばかりに、いくつもの火球を生み出しては放った。あちこちで巻き起こる爆炎が、敵兵を紙切れか何かのように、10人20人と吹き飛ばしていく。戦線は完全に崩壊。武器も軍旗も放り出すという有り様で逃走していった。


「見たか! このルーベウス様こそ大陸最強よ!」


 高らかな笑い声が西門に響き渡る。それに追随するような声も無いままに。


 南門を任せられたティコは、遠目に爆炎が上がるのを見た。手のひらで愛弓を撫でつつ、モウモウと立ち上がる黒煙を睨む。


「よし、我らも行こうか」

 

 大人の体ほどに大きな弓を手に、ティコは歩きだした。敵兵が気づく様子は無い。それもそのはず、彼は狩人が持つ特異魔法の『擬態』を発動させていたのだ。こうなってしまえば陽炎も同然の姿となり、よほど接近せねば知覚する事は不可能である。


「この辺りから始めようか」


 ティコが大弓を引く。持ち手には手の代わりに片足を引っ掻け、弦は両手と歯で噛み締める事で、弓を張りつめさせた。つがえた矢も一矢ではない。投てき用の槍程に太く、大きな物が10本ほど並べられているのだ。


「食らうが良い、そして永遠に眠れ」


 一斉に放たれた矢も『擬態』の恩恵を受けている。よって、不可視の矢がセントラル軍の背後を襲う事になる。最初は誰も異変に気づかない。しかし、風切り音とともに周囲の仲間たちが崩れ落ちるのを見て、何らかの攻撃を受けていると悟る。


「敵だ! どこかからか攻撃されているぞ!」


 下士官が悲鳴にも似た声をあげた。後陣の兵たちが一斉に盾を展開するが、無駄である。ティコは防備の固まる面には目もくれず、位置を大きく変え、敵陣の横腹を狙い続けた。よっていくら防御態勢を取ろうとも、一矢すらも防げないのである。


「ぐはっ。こ、これは、毒なのか……」


 さらに恐ろしい事に、全ての矢じりに神経毒が仕込まれている。かすり傷でも身体の自由を奪える程の猛毒だ。そんなものが姿を消して、雨あられの如く射込まれるのだから、セントラル兵からすれば悪夢でしかなかった。


 そうして攻撃にさらされ続けた結果、全ての指揮官は戦闘不能となった。こうなれば城攻めどころではない。隊列も無く引き揚げ、その途上で城兵から弓を射掛けられることで、輪をかけて多くの被害を出した。これにて南門の駆逐も完了した事になる。


 それと同じ頃、東門にネミーリアが姿を現した。彼女はルーベウスのように単身切り込む事も、ティコのように遠距離攻撃を繰り返す事もしなかった。ただ風を読み、効果範囲を測ると、手のひらに深緑の光を宿した。そして光をフゥっと吹くなり、風に流されるまま戦場に散らした。すると、それまで勇ましく争っていた敵兵に異変が生じだす。


「お、おい! 急に暗くなったぞ?」


「一体どうしたことだ。日食でも起きたのか!?」


 瞬く間に騒ぎが広がっていくが、そんなものは序の口である。ネミーリアが見せる幻覚は、これより真骨頂を見せるのだ。


「空を見ろ! 龍が飛んでいるぞ!」


「しかも一匹や二匹なんかじゃねぇ! とんでもねぇ大群だ!」


 彼らは一様に同じ幻を見た。それがゆえに、荒唐無稽な内容であっても信憑性が生まれてしまうのだ。空から降下する龍を避けようとして、梯子からは兵士が転げ落ち、地上の軍も我先にと逃げ出した。


「あっはっは! 他愛のない連中。まるで赤子の手を真似るようだわ!」


 ネミーリアは極めて上機嫌である。攻撃は面白いくらいに成功し、更には言葉の誤りを正す男も居ないのだから。彼女の高笑いは、面妖な戦場に長々と響き渡った。


 最後に残るは北門である。指揮官のグレイブは、西門で起こった爆炎を見るなり、短い号令を叫んだ。


「我らがエイデン王の為に! 続け!」


 直槍を手にした騎兵隊が動きだす。微塵の乱れも見せないのは精強さの表れだった。しかし重々しい馬蹄の響きだけは制御できず、やがて包囲軍に感づかれ、奇襲が発覚してしまう。


「隊長、背後から敵が来ます! 500に満たない小勢です!」


「後陣の兵を当たらせよ。守りに徹し、無理に討ち取ろうとするな!」


 包囲軍は最後列に長槍兵を配備した。その穂先を揃えて向ける事で、騎兵の突撃を防ごうというのである。


 もちろんグレイブにすれば想定内の反応だ。短くハンドサインを後ろに送り、配下に指示を出した次の瞬間には、馬ごと高く跳躍した。それは軽々と敵兵の頭を飛び越し、防備の整っていない中軍の付近に躍り出た。後続の味方も同じようにして続いた。


 それからの戦いは一方的だ。包囲軍は城攻めだけを想定していたため、騎兵は少なく、歩兵主体の編成であったのだ。馬の機動力に何ら対応できず、されるがままとなった。


 更に刮目すべきはグレイブたちの技術力だった。槍術に派手さはなくとも、神速かつ精密無比。間断なく突き出される槍の穂先から逃れる術は無く、正面に立ちはだかった兵はすべからく突き倒されてしまう。そこへ援護とばかりに砦からは一斉射撃が降り注ぐのだ。包囲軍の被害はみるみる内に大きくなり、部隊は半壊。ついには潰走にまで至った。


「エイデンが臣、グレイブが北門を解囲したぞ!」


 微々たる損害しか出さなかった騎兵隊は、存分な勝鬨かちどき をあげた。まだまだ余力を残している事を知らせるようである。そんな声を辺りに響かせていると、別門に派遣していたルーベウスたちも集結した。


「おう、グレイブのおっさん。上手くやったみてぇだな」


「無論だ。そなたたちも終ったのか?」


「当然でしょ。完璧な仕事ぶりだったっつうの」


「そうか。ならば救援は成功したという事だな」


「おおい、ニンゲンども。助けてやったぞ、門を開けろ!」


 ルーベウスが守備兵に声をかけた。しかし、彼らは出迎えるどころか、守りの姿勢を弛ませようとすらしなかった。


「何だよ。戦いは終わったんだぞ、労いの酒くらい寄越せってんだ!」


 なおもルーベウスが吠える。しかし、門は固く閉ざされたままで、一向に動きだす気配は無かった。そんな折に、防壁の上に見知った顔が現れた。使者団の一員であった、あの男である。


「魔王軍の皆様方、ご助力痛み入る」


「なぁにが痛み入る、だよ。気取ってんじゃないよ」


「ワシの心情としては今すぐそちらに出向き、肩を抱き合って喜びたいところだ。しかし、兵どもが怯えてしまったが為に、それすらも叶わんのだ。開門は出来かねる」


「ハァ!? つうことは何かい、アタシらを敵だと思ってんの?」


「そこまでは言わん。だがそなたらは、あまりにも強すぎたのだ」


「クソが! こちとら遠路はるばる助けに来てやったんだ。こんな扱いを受けるんだったら、見捨てりゃ良かったよ!」


 憤慨したルーベウスが一足先に駆け出した。すぐにティコが後を追うが、今回に限っては嗜めるような真似はしない。ネミーリアも足元に唾を吐き捨てた後、脇目も振らずに走り出した。


「シャヨーカの民よ、そして兵たちよ。我らは私欲なく、義によって参じたのだ。その真心が信じられぬと言うのか?」


「すまぬ。心苦しい事この上無いが、出来ぬものは出来んのだ」


「そうか。この一件が両国の溝とならぬ事を祈るばかりだ」


 グレイブは片手を挙げて配下に指示を出した。それだけで騎馬隊は粛々とした行軍を開始する。


 エイデン軍が西の方へと遠ざかっていく。その軍勢が立ち去るのを、シャヨーカの兵たちは複雑な気持ちのままで見送った。ただ無言のままで、ずっと。

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