第49話 人族の王が嗤う
阻むものの居ない空をエイデン親子が飛んでいく。やがて眼下には見慣れた街が見えた。以前にタピオ夫妻と知り合った街である。そこから視界を大きく転じれば、離れた所に城がそびえ立つのを知る事が出来る。
「お父様、あそこが憎き敵の住まう城です」
「ほぅ……これはまた」
エイデンは返答に困った。空から見下ろす人族の城とやらは、拍子抜けするほどに貧相だったからだ。
建材は木が主体で燃えやすく、低層建築の為、至る室内に矢が届きそうだ。防衛機能といえば、狭い敷地を空堀で囲うだけ。これが領民の金を搾り取った末に建てた城と思うと、怒りよりも憐れみが込み上げてくる。
「まだ急ごしらえの砦の方がマシではないか……」
元来、人族は技術・開発力で魔族に対抗してきたものだ。堅城となれば、それこそエイデンでも容易く陥とせないほどの工夫が、随所に散りばめられていたりする。それに引き換え、このみすぼらしさ。メイの顔を立てる必要が無いのなら、炎魔法の一撃で壊滅させられる自信がエイデンにはあった。
「さてと。どうやって領主の元へと向かおうか」
「堂々と名乗り、正面から伺いましょう」
「良いのか。それでは警備兵と真っ向から戦う事になるぞ」
「構いません。暗殺による攻略ではなく、弔いの為ですので」
「お前の戦だ。乗ってやろう」
「ありがとうございます」
敵前で飛び回るのは目立ちすぎる。郊外で降り立つと、城を見据えながら歩きだした。足音が次第に大きくなるのを、エイデンは微笑ましい想いで聞いた。初陣特有の緊張感とは、懐かしさとほろ苦さが甦るものである。
やがて、衛兵の顔が判別できるまでになると、敵が警戒を露にした。得物の槍を握りしめるのが遠目でも見えるようである。
「止まれ、何者だ!」
「ここはトルルード王の城だ。用無き者は立ち去れ!」
吊り橋の左右を守る男たちが、口々に警告を発した。不審がられるのも無理はない。剣を引っ提げただけのメイはさておき、簡素な覆面を身につけているエイデンは、明らかに怪しげであった。魔族であることが知られるよりはマシなのだが、衛兵は今にも突きかからん程にいきり立っている。
しかし、この状況にあっても、メイの態度は揺らぎもしなかった。向けられる純然たる殺意を、微風か何かのように受け流したのだ。
「私はメイ。前の冬に、むざむざと殺された農夫の娘です」
「何だと? では貴様は、行方知れずとなっていた……」
「ご存じなら話は早いですね。今日はその恨みを晴らしに参りました」
「何言ってんだ、ガキの分際で」
「おい、捕まえるぞ。そうすりゃ特別に恩賞が貰えるかもしれん」
「それもそうだな。コソコソ隠れてりゃ良いのに、バカなやつ……」
無造作に差し出された腕に、目映い煌めきが走った。メイの抜き打ちによる一撃が、男の腕を枯れ枝のようにへし折ったのだ。返す刃でもう一人の胴を横に薙いだ。それだけで鉄の鎧は容易く砕け、腹に痛撃を見舞われた男は悶絶して膝を折った。
「この、クソガキぃ……」
「いでぇ! 腕がぁーーッ!」
「父様。入り口は制圧しました。参りましょう」
「そうだな」
メイは誇るでもなく、軽い足取りで侵入した。異様な武威を見せつける娘に対し、エイデンは苦笑いを浮かべたままで追随する。
「侵入者だ! 討ち取れ!」
乱入を見咎めた衛兵が、狭い通路に次々と押し寄せる。散発的に2人3人と、隊列を整えず、無策にも突っ込んできたのだ。攻城戦を意識していない練度の低い動きだった。
ーーこれでは止められんな。
とエイデンは思う。予見した通り、神速とも呼べる動きで駆け回るメイは、他を圧倒してみせた。
これには敵兵も困惑するばかりだ。繰り出した槍は虚しく空を突き、床を抉るばかり。その隙を見逃しては貰えず、鋭い斬撃が飛んでくる。何をされたかも分からぬ内に大怪我を負い、戦闘不能に追い込まれるのだ。まるで悪夢でも見ているかのような錯覚をおぼえた事だろう。
「順調だな。まさに、手玉に取るというやつだ」
頃合いを見計らって話しかけた。
「子供だと甘く見られてました。次からは、これほどスンナリとはいきませんよ」
メイは疲れを見せるどころか、息を切らしてすらいない。体力にはまだまだ余裕がありそうだ。
「無闇に当たるな、隊列を組め!」
新手の集団は指揮官が付いていた。号令と共に、大きな盾を構える兵が横に並んだ。その固い防備の裏に幾人かの敵が潜り込む。何らかの対策を講じたのは明らかだった。
「父様、そちらに流れ矢がいくかもしれません。お気を付けて」
「私の心配など無用だ。それよりも、やれるか?」
「一息で蹴散らしてきます」
メイは全力で駆けると、体勢を極めて低くした。その体に向けられたのは無数のボウガンだ。
合図、そして一斉射撃。捌ききれぬと判断したメイは、跳躍して全てを避けた。壁をかけ上って、足場を強く蹴る。その次の瞬間には盾を飛び越し、弓兵の後ろ側に躍り出てみせた。
あとは蹂躙が待っていた。守りの弱い射手が次々と倒されていく。勇ましく剣を抜いた指揮官も、肩を砕かれて気絶した。遺された盾兵も憐れなものだ。防ごうにも装備ごと破壊され、強烈な一撃を食らい、恐れをなして逃げても背腹を討たれてしまうのだから。
「よくぞここまで鍛えたものだな。圧倒的ではないか」
エイデンは素直に誉めた。呑気に拍手するのも、揶揄するつもりは無く、心からの敬意を現した結果だった。
「いえ、ここの兵は弱すぎます。いくら倒したところで何の自慢にもなりません」
「辛辣だな。足元に転がる連中も立つ瀬が無かろう」
「か弱い領民をいたぶるだけが能の人たちです。気にかける必要すらありません」
エイデンは軽口が通じない事に、小さな苦笑いを浮かべた。やはりこれは、メイにとって特別な戦いなのだ。冗談めかした物言いは疎まれるだけだろうと、胸中で溢した。
「急ぎましょう。逃げられると厄介ですから」
メイは身を翻すと、手当たり次第に扉を開けた。探すのはもちろんトルルード王だ。この人物を討たずして復讐の完結はあり得ないのだ。
時おり現れる敵を蹴散らし、ドアを開ける事を繰り返す。すると、ようやく非戦闘員であるメイドたちを見つけた。
「ヒッ! 殺さないで!」
部屋の隅で震えるのは3人だ。同じ服装に身を包んでいるものの、年齢はバラバラだった。メイと変わらぬ少女から、老婆までと幅広い。
「ここにも居ませんね」
エイデンはメイが立ち去ろうとするのを制し、室内に足を踏み入れた。恐れおののく女たちを極力怯えさせぬよう、遠目で膝をつき、静かに語りかけた。
「安心しろ、お前たちに用は無い。主人はどこだ?」
「こ、こ、国王様でしたら。3階の居室に」
喘ぐような声に縋るような色がある。嘘をついてるようには思えなかった。
「協力感謝する。それから、戦えぬ者たちは外へ逃げよ。城内に居ては危険だ」
「わ、わかりました」
年嵩のメイドが頷くのを見て、エイデンたちは3階を目指して駆け抜けた。階段を昇っていくと、高低差を利用した敵が待ち受けるのだが、やはりメイが容易く蹴散らしてしまった。
やがて階段を昇りきった。ここまで来たなら道はひとつ。目の前には大扉だけがあり、他に部屋らしきものは一切無かった。
ーー危なくなれば手助けするつもりだったが、要らぬ心配であったか。
扉を乱雑に開け放つメイを眺めつつ、ボンヤリと考えた。もはや盤面はチェックメイト。後は敵将を倒すだけである。
「な、何者だ!」
中から裏返った声を発したのは、小太りの男だった。戦慄で顔も大きく歪んでいる。とても戦士とは思えず、エイデンは勝利の二文字を心に浮かべた。
「あなたに殺された農夫、ゼンジの娘が復讐に参りました。お覚悟を」
メイが剣を掲げた。その切っ先はトルルードの首に向けられ、篝火の光を熱く反射した。だが、ここで予期せぬ事が起きた。絶体絶命であるはずの男が、不敵にも嗤ったのである。
「なんだ。てっきり中央からの刺客かと思えば……クズどものガキであったか」
「嗤うのを止めなさい」
「待て、メイ。なにやら様子がおかしい」
エイデンは飛びかかろうとするメイの肩を掴んだ。魔力の淀みらしきものが見えるのだ。宵闇が眼前の男に集まるようで、凶々しさすら感じられる。人族の、しかも魔法に疎いと思しき男に出来る芸当では無かった。
「狼藉者よ。その異様なまでの強さに敬意を表し、特別に見せてやろう。高貴な身分の、選ばれし者にのみ与えられた『神水晶』の力をな!」
トルルードの胸飾りが光を発したかと思うと、突如として影が迫った。エイデンは咄嗟にメイを抱きかかえ、魔力を爆発させた。足元から吹き上がる魔法の壁により、謎の影は宙でとまった。予期せぬ攻撃を寸でのところで凌いだのである。
「天井から離脱する、掴まれ!」
今の攻撃で穴が出来、夜空が見えた。迷いは無い。一直線にそちらへ飛び、広い空間へと身を置いた。
「逃げるなァァ。さっきまでの、威勢は、どうしたんだァァ?」
トルルードの体は膨張している。手足も胴も、その全てが激しく歪みながら、当ても無く膨らみ続けた。
それに耐えきれなくなったのは城の方だ。巨大化した男を支えきれず端から崩壊し、ついには完全に潰れてしまった。逃げ惑う人が地上で群れを成す。対してトルルードは、この時には既に、別の種族と言うしかないまでに変貌していた。
「この力は一体……!?」
エイデンは記憶の片隅に引っかかるのを感じ、同時に狼狽した。数百年も昔、幼少期にまで遡る話を、今になって現実のものとして目にしようとは思いもよらなかったからだ。
「お父様、何かご存知なのですか?」
胸に抱かれたままのメイが問う。エイデンはすぐには答えず、眼下の瓦礫に蠢くトルルードを見た。無数の触手の上に、自重に負けたようにして潰れる胴体、その中央に鎮座するようにして頭が乗せられている。
自分の眼が信じられず、その姿をひたすらに注視した。だが脳内で弾き出す結論に変更は無い。それほどに、記憶に焼きつけられた光景と酷似しているのだ。
「こやつは、かつて魔界を揺るがした魔王種の成れの果てだ。何故このような所に……!」
「魔王種……父様と同じ、魔王なのですか!?」
「定義上は同格という事になるな」
「そんな。それほどまでの……」
エイデンは決断を迫られた。攻め滅ぼすか、それとも退避するか。いずれにせよ、隙を見せられる相手では無い。焦りが思考を鈍らせ、さらに吹き荒れる強風が塾考を阻害する。それを忌々しく思いつつも、八つ当たりするだけのゆとりも、今や贅沢なものとなりつつあった。




