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魔王様は育児中につき  作者: おもちさん
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プロローグ

 城内の会議室には何人もの男が集まっていた。篝火は存分に炊かれているのに、妙に薄暗く見えるのは参席者のせいであろう。烏人族と呼ばれる彼らは、長い髪も羽織るローブも全てが黒い。そのくせ肌だけは青白いので、顔と手先だけが押し出されるという、なんとも不気味な光景が広がっていた。


「忙しい中、呼び寄せてしまって済まない」


 年嵩の男が静かに述べた。頬は痩け、肩もすっかり痩せ細っている。そればかりか、彼らの誇りともいえる髪艶すら失っており、一同は長の様子に不安を覚えた。魔族の中でも一際華奢な体つきが、今は輪をかけて小さく見えてしまう。


 その佇まいを前に、若い衆などは堪えがきかず、余計な口を挟んだ。


「クロウ族長、本日はどのようなご用件で?」


「城の改修を終えた話であれば、すでに存じておりますぞ」


「違う。そのような小事ではない」


 クロウの眼光がギラリと光る。疲れきっていた初老の男とは思えぬ程に鋭く、誰もが息を飲み込んだ。


「今朝方、本国の魔界より使い魔が来た。元老院の通達だ」


 その言葉に、周囲にはさざ波のようなざわめきが広がった。またもや難題を吹っ掛けられたと予感したからである。


 思えば苦労の多い一団であった。彼らの主君であるエイデンは武力に秀でてはいても、政治力は皆無だ。その結果、上役に睨まれてしまい、左遷を申し付けられる事となった。


 いや、あれはある種の死刑宣告だ。何せ国軍の助力なしに、人間世界に拠点を造れと命じられたのだから。援護は一兵すら無いという状況では、四方全てが敵であり、寄せ集めの私軍では歯が立たなかった。彼らがこうして一城を築けたのも、ひとえに主君エイデンの戦働きによるものである。


「死に損ないの爺どもめ。次は何を……」


 悪態に偏った呟きがあちこちから漏れた。しかし、怨嗟の言葉に溢れる室内は、クロウの発言で一変してしまう。


「早合点するな、一応は吉報だ」


「……と言いますと?」


「エイデン閣下を地上殲滅軍の総司令官に任ずると、位も王に封じるとの事だ」


「ま、まことにございますか!?」


「無論だ。伯爵から王とは前例のない昇進である。その栄誉はもとより、言外に込められた責務も決して軽くはない」


 その言葉で、浮かれた面々の顔が引き締まる。さすがに参謀役を担う者共だ。たった一言で状況の危うさを把握して見せ、次いで、事実確認の質問が飛ぶ。


「エイデン閣下には、どのような土地が新たに授けられるのですか?」


「この地上だ」


「それはつまり……人族を駆逐したうえで統治せよ、と?」


「無論だ。切り取り自由というものであろう」


「本国からの支援や援軍は?」


「触れられていない。だから、期待はするな」


「それは、名ばかりの官位では……!」


 座は再び静寂に包まれた。人族の軍を相手取るには戦力が絶望的に乏しいからだ。頼みの綱であるエイデンは、居城から一歩たりとも離れようとしない。現状では人族の駆逐など不可能に等しかった。


ーー我らだけで何が出来る。


 ようやく拠点を設営し、守り抜くのがやっとという中で、殲滅軍の肩書きは重たすぎる。もはや防衛だけでは許されない。今後は敵地を切り開いてゆかねば、大きな罪に問われかねないのだ。


 そう思い至ると、一同は意気消沈した。クチバシにも似た自慢の前髪も、心なしか形が崩れたように垂れ下がっている。座が静まり返るなか、クロウは重たい口を開いた。


「確かに難しい立場に追いやられた。しかし、我らが為すべき事に変わりはない」


 長い息がひとつ。それに吸い寄せられでもしたかのように、一同の耳目は十二分に集められる。


「聞け、者共。さかしいだけが取り柄の、力無き我らを重く取り立てたのは誰か?」


「それは、偉大なる我らがエイデン閣下!」


「地上はおろか、魔界すらも統べる、次代の王に相応しきお方は?」


「それは、勇壮なる我らがエイデン閣下!」


「事の成就を天秤にかけるな。我らは最善を尽くし、王の一助となる事のみを考えよ!」


 男たちは拳を固く握り、狭い室内を歓声で満たした。そして口々に物資の再分配だの、軍の再編だのと言い合い、室外へと駆け出していった。


 1人残されたクロウは、再び訪れた静寂を心地良く感じていた。滾るような活気の残り香がそうさせるのだ。


「さて、この老骨もそろそろ……」


 彼が席を離れようとしたその時だ。開け放たれた扉の向こうから悲痛な叫びを聞いた。


「誰か居ないか! ニコラの様子がおかしい!」


 それを耳にするなり、クロウは長い溜め息をついた。いつもの病気かと思う。それは御子のニコラではなく、主の持つ悪癖を指すものだ。


 今や魔王の名を冠するエイデンが居城を動かないのは、何も勿体ぶる為ではない。彼は絶賛子育て中であり、職務の大部分を中断しているからだ。誰がどう説得を試みようとも無駄だ。乳飲み子を置いて外出などもっての他だと言って、聞く耳を持たないのだ。


「医者だ! 魔界一の医者を呼んで参れぇぇ!」


 それからも、エイデンの声が幾度となく辺りに響き渡る。もはや恥も外聞も無いという様子だ。その藁を鷲掴みにしかねない程の醜態は、老いた体を冷ますのに十分過ぎるものだった。


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