生霊の話 その3
ついに僕自身にも生霊の魔の手が迫ってきた。
これは僕自身が体験した話である。
かつてある会社に勤めていたのだが、
そこの社長が強い念力を出す人だった。
念力と生霊というのはほぼ同じものと言っていいかもしれない。
僕はその社長が強い念力を出していることには
会ってすぐに気付いたのだが、
その会社の社員は全員、そういう、
目に見えない力を信じないというか、
過剰に怖がるような人ばかりで、
社長にいいように「支配」されていた。
ある日、僕と社長が2人だけで、
夜遅くまで残って仕事をすることがあって、
気が付いたら深夜12時を過ぎていた。
社長が「俺はもう帰るよ」と言って、
少し2人で立ち話をしていたのだが、話の内容が、
だんだん「目に見えない世界」の話になっていった。
その時、会社の出入り口から、「何か」が入って来た。
「何か」と言っても、姿形はない。
会社はビルの5Fにあり、
会社の出入り口はガラス張りのドアで、
そのむこうにはエレベーターがあるのだが、
エレベーターの扉が開いたわけでも、
ガラスのドアが開いたわけでもなかった。
ちなみに深夜だったので、そのドアには鍵がかかっていた。
そのドアのあたりから、ガチャン、バタン、という音がして、
ガサガサガサ、ドンドンドン、という音が、僕の方へ近づいて来た。
ガチャンというのはドアが開くような音、
バタンというのはドアが閉まるような音、
ガサガサガサというのは「何か」の足音、
ドンドンドンというのは、その「何か」が、
横の壁にぶつかりながら、
こちらに近づいてきているような感じの音だった。
それらの音から、人間ではないように感じた。
にわとりのような動物が、壁にぶつかりながら、
こちらに近づいて来て、僕の横を通り過ぎ、
会社の奥の方へ消えて行った、というようなイメージ、
まさにポルターガイスト、騒がしい霊といった感じであった。
あまりのことに、僕は、しばらく絶句していた。
僕は色々なオカルトな話を人から取材してはいたが、
僕自身がそういう体験をしたことは一度もなかった。
その僕が、今、ついにそういう体験をしてしまったのだ。
しかもかなりディープな感じの体験であった。
すると社長が「今、何か入って来たな」と言った。
ああ、やはり社長にもわかったのか、
つまりこれは現実の体験だったのだな、と思った。
それからしばらく、別の話をして、社長が、
「じゃあ、俺は帰るから」と言った。
僕はまだ残ってやらなければならないことがあったが、
会社の奥へ入っていった、あの「何か」と
2人きりで残業するのは嫌だった。
「社長、さっき入ってきたヤツは?」と聞くと、
「ああ、あれは心配しなくていいよ、
そんなに悪い奴じゃないから」と言われた。
「そんなことまでわかるのか」と思ったが、
悪い奴じゃないと言われ、僕は少し安心した。
そして、社長のことをちょっと頼もしく思ったのである。
社長は帰って、僕は午前3時頃まで1人で仕事していたが、
特に何も起こらなかった。
後日、Yさんに会って、このことを話したのだが、
「ああ、それは、その社長さんの生霊だね」と言われた。
社長は自分の生霊を会社のドアから入って来させていたのだ。
「へえ、生霊って、そんな使い方もできるんだ」と思ったが、
「でも、何故?」とも思った。
どうもそれは、社長が僕をビビらせて、
自分の方が格上であることを思い知らせ、
僕を支配下に置くことが目的だったようである。
実際に僕はその会社で、試雇期間3ヶ月と、
その後1年契約して、合計1年3ヶ月働いたのだが、
その間、想像を絶するくらいにこき使われた。
しかし、さすがの念力社長も、
社会のルールまでは曲げられなかったようで、
契約期間終了後に契約の更新を断ったら、
呪い殺されるようなこともなく、
僕はその会社から解放された。
それから5年くらい経って、
居酒屋で何人かで話していた時、
生霊の話になって、
「そういえば強い生霊を出す人がいてね・・」
と、その社長の話をしました。
その話の途中、僕の話を聞いていた人が、
持っていた小皿を落としてしまい、
店中に響くような大きな音が出たんです。
それは、周りのテーブルの人までが、
振り向くような大きな音で、
僕達は3時間くらいその居酒屋にいましたが、
その店でそんな大きな音を聞いたのは、
その一度きりでした。
僕のテーブルにいた人はみんな、
「社長の生霊が来てる」と思いましたよ。
みんな自然に思いました。
そうとしか思えないタイミングと、
音の大きさだったので。
話はそれで終わりじゃないんです。
その数日後、僕が銀行の窓口で、
番号札を取って待っていると、
「おう、久しぶり」と、
声をかけてくる人がいました。
それは例の念力社長だったのです。
その会社を辞めてから5年くらい、
一度も会ったことはなかったのに、
なんでこのタイミングで。
こういうのを「偶然」と言う人は多いけど、
「偶然」という言葉は、
あまりにも強引過ぎる解釈だと思います。
僕が知らないだけで、
世の中には念力を駆使して、
色々な情報を集めたり、
人を支配したりして、
それで「社長」をやっている人も、
案外たくさんいるのかもしれないと思いましたよ。